Aufgabe und Liebe - 3




 開かれた扉から姿をあらわしたのは、アンジェリークに面差しのよく似た、けれどアンジェリークとは違って薄茶の髪をした、あきらかに一般家庭の主婦と分かる女性だった。
「お母さん!」
「アンジェ!」
 二人は互いの姿を認め、呼び合うと抱きしめあった。アンジェリークにしても母親にしてもほぼ一年ぶりの再会だ。ましてや、もしかしたらもう二度と逢うことは叶わないかもしれないと、実感までは伴わなくともその思いの上で別れてからの、まさかの再会。会えるとしたら、それはアンジェリークが女王試験に落ちた時だけだと、今はこの場にいない父親も含めてそう思っていた。だから、母親は、娘は女王試験に落ちてしまったのだと思った。
 娘を抱きしめながら、母親はふと、その娘のすぐ後ろに立つ、長身の、しかも明らかに軍人だとわかる青年── オスカー── の姿に気がついて繭を潜めた。なぜ軍人が娘についてきているのかと。
 それに気付いた青年が、母親に向けて敬礼をして口を開く。
「Ms.リモージュの母君でいらっしゃいますね。小官は王立派遣軍総司令部所属、総司令部付のラフォンテーヌ中尉であります。女王補佐官殿より、次代の女王補佐官となられることが決まられたお嬢様の護衛をするようにとの命令を受け、ご同行させていただきました」
「次代の、女王補佐官……? アンジェ、おまえ……」
 そう言葉にしながら、アンジェリークの母親は腕を回したまま、それでも娘の躰を少し離して、どういうことなのかと、問いかけるような言葉を発した。
「あ、あのね、女王試験を一緒に受けたロザリアと、途中色々あったけど、とっても仲良くなったの。親友って言っていいくらいに。それで私たち、一緒に頑張っていきましょうって、そう約束したの。ただ、私、たぶん試験結果は、ロザリアに決まってるようなもんだろうな、ってそう最初思ってて、……たぶん、私、女王試験のこと、どこかですごく軽く考えてたんだと思う。そんなつもりは全くなかったけど。でも結果、こういうことになって、そうしたらもう二度とお母さんやお父さんに会うことはできないんだ、ってそう思って……、どうしよう、もう一度会って、きちんと挨拶しておきたいって思ったの。でも無理だろうなって諦めかけてたら、ロザリアが私の気持ちを察して女王補佐官のディア様に話してくれて、今日と明日の二日間だけだけど、自宅に戻ってきちんとしていらっしゃいって、そう言っていただけたの」
「そう、そうなの。とてもいい、かけがえのないお友達ができたのね。アンジェ」
「ええ、そうよ、お母さん。ロザリアは私にとって誰よりも大切な、私を理解してくれる友達、ううん、親友。そんな人を得られた今回の試験を受けることができたこと、私、最初はなんで私なんかがって思ってたけど、今はとても感謝してる」
 それはアンジェリークの本音だ。自分が女王になることは話せていない。来るまでの間にオスカーに話したように、自分の口からではなかったが、彼が自分が望んだように話してくれたから、その一点については嘘をついてしまっている形になっているが、それ以外、女王試験に対しての考え、ロザリアのことは本当にそう思っていることだ。そしてまた同時に、どう話をしようと悩んでいたところを、先にオスカーが説明してくれたことで、自分から言わずに済んだことを、心の内でオスカーに感謝しながら、アンジェリークは自分の思いを母親に告げた。
「つきましてはMrs.リモージュ、ご迷惑をおかけいたしますが、お嬢様の護衛のために、本日と明日の二日間、できるだけお嬢様のお傍にいることをお許しいただきたいのですが」
 オスカーのその言葉に一瞬驚いたように目を見開いた母親だったが、次の瞬間には我を取り戻したように、幾分かの同様を見せながらも返答した。
「そ、そうですね。娘の護衛が貴方、えーと、ち、中尉さんの任務なんですもの、当然のことですわね。
 それでアンジェ、貴方、今日と明日、どう過ごすつもりでいるのかしら? それ次第で私たち、私やお父さん、それに、貴方の護衛として着てくださっているこの中尉さんの行動も変わってくると思うのだけど。
 って、その、いつまでも玄関先で話していることではないわね。とにかくまずは中に入って。中尉さんもどうぞ」
「は、恐れ入ります」
 アンジェリークの母親は、娘と、その護衛だという中尉という仮初の立場できているオスカーをリビングに通した。
「今、お茶を淹れてくるからここで待っていなさい。中尉さんもどうぞお掛けになって」
 ソファに座った娘のすぐ後ろに立ったままのオスカーに向かって、母親はそう声をかける。
「いえ、小官はあくまで護衛役であり、女王補佐官となられるお嬢様とは立場が異なりますので、このままで結構です。どうぞお気遣いなく」
「でも、今の娘はまだ正式にそうなったわけでないのでしょう。だったら、まだただの女子高生ですもの。どうぞ遠慮なくお掛けになって。アンジェ、貴方からも勧めてね」
 そう告げると、母親は奥のキッチンへと向かった。
「あの、オスカー様、どうか座ってください
 母親の姿が見えなくなって、やっとアンジェリークはオスカーの名を呼び、自分の隣を示した、ここに座ってくださいと。
「オスカー様、今は王立派遣軍の中尉という立場でいらっしゃるとはいえ、守護聖様でいらっしゃるオスカー様を立たせたままになんてできません。母が言ったように、今の私は、まだ高校生でしかないんですから」
「では、お言葉に甘えて遠慮なく」
 そう告げて、オスカーはアンジェリークの隣に、少し間を空けて腰を降ろした。
「でも、すごいですね、オスカー様。私も何も知らなかったら、本当にただの軍人さんだと思ってしまいます」
「これでも、守護聖として聖地に上がる前は、故郷の星では士官学校を出て、短期間だったが実際に軍に所属していたからな。ただ、その時の階級は中尉ではなく少尉だったが」
 制帽を被り、軍服に身を包んで、背筋をしっかり伸ばし、長い足を組むこともなく座っているオスカーは、女王試験の間過ごした空中都市で見ていた、暇があれば女性を口説いたり、女性に取り囲まれている炎の守護聖オスカーと同一人物とは思えない。アンジェリークが言ったように、きちんと訓練を受けた軍人の一人としか見えない。それは、オスカーが告げたばかりの、彼の過去の経験ゆえなのだろうが。
 そんなことを思いながらオスカーを見上げていたアンジェリークだったが、そこへ母親が湯気の立つカップと、手作りと思われるクッキーを載せた皿を持ってリビングに入ってきて、アンジェリークは慌てて母親の方へと視線を移した。
 母親はまずはオスカーに、そして娘に、最後に自分の座るソファの前にそれぞれにカップを、中央に皿を置いてから二人の前のソファに腰を降ろした。
「どうぞ召し上がってくださいな。急なことで、たいしたものではありませんけど」
「はっ、ありがとうございます」
 オスカーはそう応えたが、カップを手にすることはなかった。その様子に、アンジェリークは思った。現在のオスカーは本来の炎の守護聖としてではなく、あくまで女王補佐官に次代の女王補佐官となるアンジェリークの警護を命じられた王立派遣軍の一中尉としてある。故に、アンジェリークの警護の任についている自分が、先にカップを手にすることはないのだろうと。そう思い、申し訳ないと思いつつ、アンジェリークは先にカップを手に取った。そのカップを両手で包み込むように持つと、ゆっくりと口をつけ、一口飲んだ。
「美味しい、お母さんの味だわ。一年ぶりだから、なんだかすごく懐かしい感じがする」
 笑みを浮かべながらそう口にするアンジェリークを目に留めながら、オスカーは遠慮がちに自分の前に置かれたカップを手にした。
「それでアンジェ、さっきも聞いたけど、この後、どうする予定なの?」
「うん。まずは、今一度自分の持ち物を確認して、持っていきたいものとか、整理しようかと。最初に聖地に上がった時は、まさかこんなことになるなんて思ってなかったから、持っていきたいものがまだ残ってるかもしれないし。午後は、今日は土の曜日だから、高校の友達に連絡をとって、会えるようなら、最後に会っておきたいなって思う。……あ、でもそうすると、警護についてくれてるオス……、じゃない、ちゅ、中尉さん、どうしましょう……?」
 言いながら、アンジェリークはオスカーを見上げて問いかけ、それに対してオスカーはなんでもないように返した。想定済みだったとでもいうように。
「念のために、あまり目立たないような私服も用意してきていますから、それに着替えて、お友達には分からないように影から護衛させていただきます。お嬢様が持ち物の整理をしている間に着替えておきたいと思いますので、どこか場所をお借りできますか?」
 アンジェリークの言葉を受けて、オスカーは母親に尋ねた。
「それでしたら、2階の娘の部屋の隣がちょうど客室になっていますの。今夜はこちらにお泊りになられるのでしょう? そちらをお使いくださいな」
「そ、そのような、客室などと……。ご迷惑でなければ、今夜はお嬢様の部屋の前で過ごさせていただければ……」
「隣の部屋ですもの。よほどのことでなければ問題はありませんでしょう? どうぞご遠慮なさらずにお使いくださいな」
「……は、はあ……」
 母親とオスカーの遣り取りの間にカップの中身を空けたアンジェリークは、座っていたソファから立ち上がった。
「じゃあお母さん、私、部屋に行ってるわね」
「分かったわ。母さんはこちらの中尉さんと少しお話ししたいし、昼食の用意が整うまで、きっちり忘れ物のないようになさい。これがこちらに戻れる最後になるのでしょうから」
 最後の方は幾分寂しげに告げた母親の言葉に、アンジェリークは、さすがに笑ってとはいえず、「ええ」とだけ返して、リビングから2階の自室へと階段を駆け上がっていった。





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