平成17年7月7日(木)

「ねえー、お母さんが元気な内に台湾へ二人で連れて行かない?」
6月の中旬頃に妹から電話があった。
元来思いやりがありる妹からの素敵な提案であった。
勿論「いいわねえー、是非そうしましょう!」と思いつかなくともその気だけは
十分にある、やしのみは即同意した。
思い立ったが吉日で、とんとん拍子に事は進んだ。

妹は、結婚前は旅行会社に勤めており、計画は全て、お任せ。
加えて従兄弟がJ○Bに勤めており、お勧めのコース等々、詳しく内容を
机上で聞くことも出来、それこそ事はスムーズに運んだというわけである。

母の思い出の地・・・台湾

part1

「悪いわねえー、姉のクセにおんぶに抱っこで」とメールすると、
「何を言うの、やすべ(やしのみのこと)は働いているでしょう。
私は専業主婦なんだから、暇なんだからやってるわけだし、そんなこと
気にしないで!大体姉とか妹とかこだわり過ぎるわよ。」と一蹴された。
「いえいえ、都合の良い時ばかり姉ぶっていては悪いからさ、じゃあ、
悪いけどよろしくねえー」と、本当に全てお任せの旅行計画となった。

今日はいよいよ出発日だ。
いつもの習慣で、前日は2時半頃まで起きていて、ちょっとまずいなあー!
と思いつつ、はやる心のせいか6時には起床できた。
しかし、用意など全く出来ておらず、ポンポンとスーツケースに暑いだろうと、
数だけは衣類を入れ込んだ。
あれとあれを着て、こんな格好でというコーディネートなんて
考える暇もなく・・・

とにかく、パスポートとデジカメだけは忘れないようにと何度も確認する。
そして、前回の台湾旅行で、失敗したバッテリー切れがないように、
充電器もチェック!
ある程度用意ができた時点で、妹に電話をした。
2時間前に集合ということで、2時には成田空港の第一ターミナルの
○○カウンターに集まらなければならない。
「もうすぐ出るわよー。大体2時間で着くと思うから、12時半頃には
空港に着くと思うわあー♪」
妹の声ははずんでいる。
4日から母は川崎に住む妹の所に来ており、車で成田まで一緒に
行けるので、楽チンなのではと、妹の母への気遣いである。
やはり、妹は根っからの思いやりがあるのだなあーと感心する。

当然の事?
そう、その当然がやしのみにはない。
姉妹でこうも違うなんてね、いやお恥ずかしい話である。

混み具合によって、多少時間差があるのは仕方なく、お互いに着いたら
携帯へ電話を入れようということになった。
第一空港ターミナルは、とても分りにくい。
といよりも、ナビがおかしくて、右に折れる信号が分りにくく、
つい通り過ぎてしまった。
どこでターンできるかなあ?あったあった!
小さな建物に小さな駐車場だったが、かろうじて、ターンすることが
できた。
ああー、良かったあー
どこまで、行かされるのか不安だったが、良かった、良かった♪

目的地に無事到着である。
アレッ!前に止めてある車から出てきたのはなんと!!
こういうことってあるの?
妹ではないか!
ほとんど同時に示し合わせたように、出発地点は違うし、混み具合も
違うのにも拘らず、同時に到着だなんてね。
入り口を間違えた結果がこうである。
ナビのせいにしたけどねえ。(笑)
こんなこともあるのねえーと、お互い目を丸くして驚いた。
月曜日に、妹の家にやって来た母は、まるで子供のように、
なんだかんだって、とてもうきうきとして、はしゃいでいたそうだ。
「お母さん、大丈夫?」と声をかけると、「だいじょうぶよ〜♪」と
にこにこして答えた母を見て、きっと小さい頃の遠足のような気分
なんだろうなと、嬉しくなってしまった。

今回の旅の目的は・・・
実はかねてより、母が行きたかった思い出の地への訪問だ。
えっ!思い出?
そう!かつて、台湾が日本の植民地だった時代に、母は
小学生の頃から台湾に住んでいる父のもとに、嫁いだのだった。
18歳という若い身であった。
現在母は85歳だから、引き算をすると、なんと67年も前のお話である。
日本が戦争に負けて、着の身着のままで、故国へと引き揚げた。
今まで築き上げた財産は全部没収されて、持たされたのはたったの
1000円だけだった。
やしのみのおじいちゃんが創業した勝山商会は、何の跡形もなく
消えてしまったと同然であった。

使用人を雇い、立派な2階建ての赤いレンガ造りの家に住んだ、裕福な
生活とはサヨウナラだ。
いわゆる引揚者となったわけである。
幸い、母の実家は健在で、日本に帰国後は一族郎党ころがりこみ、
難は逃れたが・・・
母は7人兄弟姉妹の長女で、その時の母の働きぶりは大したものだった
と、長男の叔父は今でも、時々口にしている。
その時の苦労は窺い知れぬものがあったに違いない。

しかし、今までも、台湾には行きたかったろうに、我々子供に一言も
言うことなく、また、子供は子供で、実は一度だけ誘ったことが
あったのだが、何かの事情で行けなくなり、それ以来、昔の事で、
忘れてしまったのか、それっきり二度と勧めるワケでもなく、今に
至っていたのである。

母の年齢がそうさせたのか、行く気になった母の、そう、まるで
幼児に返ったのかの如くに、喜びはしゃいでいるサマを見るにつけ、
ああー、本当に良かったわー
「行きたいわねえー」じゃなく、ついに、「行きましょう!」になって!と
今更のように思うのであった。

海外旅行が、勿論生まれて初めての母は、何をどの位、持って
行けば良いのかも分らず、(台湾へお嫁に行った時は別として)
妹からスーツケースを借りた時も、えーっ!こんなに大きいのを
持って行くの?と我々から見れば小さめのその旅行バッグを見て
驚いたらしい。
妹は、大丈夫よ、きっと帰りには、お土産を買うし、足りない位に
なるからと言うと、そうかしらねえーとそれでも、首を傾げて
いたそうだが・・・結末は?

昼食は何処にしましょう?
日本から離れるせいか、全員一致でお寿司に決定。
といっても三泊四日の短い旅なのですが・・・
要するに皆お寿司が好きなわけでして・・・

大きなスーツケースは、何かと邪魔になるので、荷物預かり所に
預けた。
一個につき500円だ。

無難なとことで、松竹梅の竹を頼んだ。
一応中とろ入りだ。
しかし、やしのみは脂肪が多いとろは苦手。
妹がそっといくらと交換してくれた。

母や妹はほとんど好き嫌いがないというのに、私だけどうして、こうも嫌いなものが
多いのだろう。
まあ、食べられないわけではないけれど、おいしいと思わないから・・・
つまりは、我儘なのかもしれない。
しかし、母は実に満遍なく何でもよく食べる。
この事だけでも、元気の秘訣その1だ。

税関は、個々にチェックだ。
「ハイ、お母さん、ここは各人だから、これ持ってね。」
それまで、パスポートと航空券を自分のものと一緒に保管していた妹は、
母に渡す。
スムーズに全員通過。

やしのみのパスポートは、手続きが面倒だからと、期限は10年有効に
設定している。
8年前に作成し、その頃の写真と今と比べて、あまりにも格差のある様子に
はねられないかしら?と少々心配していたけれど、ヨカッタ、ヨカッタ!
まあ、前回も大分変化ありの顔だったけどさ。
でも、税関署員は、どこを見て判断するんだろう?
歳を取るとだんだんしょぼくれてくるし、口だって義歯になると口元が
変るわけだし、太ると本来の骨格は見えなくなるし、髪形もその時によって、
変る。
分らない所といえば、そうかあー、鼻かもしれないわあー
パスポートをチェックする署員を見ながら、そんなことを思った。

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日程表

7/7(木)
キャセイパシフィック航空
成田 発 16:00
台北 着 18:30
     (時差 1時間)

着後:ホテルへ
SHANGRI-LA FAR EASTERN PLAZA
    (遠東国際大飯店)

NO.1

成田空港にて 母と妹です。

アップしても顔が見えないのがねえ。。。 壁|・m・) プププ

空港ではほとんど写真を撮っていなくて残念!

つづく