なんと半年振りにお洒落な秋を迎えるという夏の終わりに髪を染め直した。
もう我慢の限界である。
「自然がいいわよ~やっぱり」と茶に黒に白にと三色入り乱れた髪のまま、我慢に我慢を重ねて、
ここまできたが、やはりもうここまで!
染めると髪が痛み、ただでさえ、小さい頃から細くて柔らかい髪の毛は今やもずく状態。
切れ毛に枝毛がわんさかで、もうこれ以上髪を傷めるのはよしましょうと試みた半年間であった。
久し振りに帰省した娘に「まま、どうしたのぉーその髪は!」と驚かれても、尚且つ我慢を
していたのだが、6センチも伸びてポッキー状態になった髪をしみじみと眺め、
ああーやはり私には到底無理!と美容院にかけこんだのだった。
「気になるのでしたら、間をおいて1ヶ月おきにトリートメントを間に入れるといいですよ。」と
アドバイスを頂いた。
ええーええー、そういうことも分っちゃいるけれどね・・・
うーん、男性は白髪が出てきてもそのまま自然なままで済んでいる人が多いっていうのに、
女性の場合は殆どの人が染めようとするのは何故?
歳を重ねているのだから、そのままでいいのでは?
男性には我慢ができても何故女性は我慢できないのだろうか?
美意識の問題なのか?
まあ、汚いよりはきれいな方がいいに決まっているけれど・・・
髪を染めようとしたその日、早く会社を退けようとする私に「あれーっ!今日は早いなあー
どうしたの?」と珍しがられ「いやあー、髪の毛を染めようと思ってーもうこんなに
伸びちゃって、みっともないからー」と返答した。
果たして返って来た言葉は「そうだよー、染めた方がいいよー、昨日もせっかく若いって
言われたんだからねえ。」
「えっ!なにーそれー!」確かに昨夜、歓迎会で出てきた酔いに任せての美辞麗句ではあったが・・・?
心の中で複雑な気持ちだった。
何を云わんとしているのか?
若い?うん?白髪頭なのに若い?
これじゃあ自己満足だ。
要するに、若いというのはお世辞であって、もっと言われただけのきちんとした身だしなみをせよ
ということではないか。
決して「いいよーそのままで」という返事は誰一人として返って来なかった。
夫に「ねえ、このままでいいわよねえ。」と問うと「いいんじゃない。問題ないよ。」という
言葉しかこの半年の間、返っては来なかった。
人の審美感というのは格差万別ということか。
でも、多分夫もそれでいいとは心の中では思っていなかったに違いない。
「今日は染めて帰るから、遅くなります。」と電話をした時にも「あっ、そう」という単純明快な
一言であった。
うん?要するにどうでもいいってこと?
分った!何を言ってもこうと決めたら動かない私の気持ちを、この何十年夫婦している間に
学んだに違いない。
「逆らうのは止そう!」ってね。
しかし、職場は正直である。
自分だけの問題ではないのである。
たとえ、営業職でなく、事務職であっても、取引先や銀行の担当者他上司との接客も日々
あるわけで、いわば会社の玄関先が汚いといい感じはしないであろう。
まあ、汚いと感じる度合いは千差万別ではあるだろうけれど・・・

白髪頭だから、尚更髪の毛の手入れには力を入れていた。
ムースたっぷり、シャンプー、整髪はこまめにしたつもりだ。
といっても、真っ白の素敵な銀髪ではなく、まばらに見える白いモノは何故か、きれいにしている
つもりでも、うす汚く見えてしまうらしい。
本人はそういう状態に慣れてきたつもりだった。
しかし、不思議である。
そんなある日、客観的に第三者として自分をじっくりと眺めた時、「美を追求して何が悪いの?」
と開き直っていたのである。
「人間、何事も諦めてはお終いよ!」と、翌日には仕事をさっさと済ませ、美容院へまっしぐら!
いくつになっても「きれいねえ」という言葉には憧れる。
たとえ、お世辞であっても嬉しいものである。

とはいえ、またいつなんどき、心変わりするやもしれぬ乙女心、いや老婆心(ろうばごころ
と読んで欲しい)だとは思う。
一見お洒落ではあるが、内実はもずく状態。
一見ぶざまではあるが、内実回復したいい髪。
さて、どちらを選ぶかは難題である。
願わくば、もっといい染料ができればいいのだが・・・

自分らしくとは思いつつ・・・人間は中味よ!と思いながらも美に憧れる、乙女心。
あらーっ、また言ってしまったわ!
美容院の方曰く「いつまでも自分は二十歳の若い娘って思わなくてはダメなのよ。
それが若さの秘訣よ~♪」
うんうん、こころは十分に若いのですが・・・
毎日鏡を見る度にこの髪の毛どうしてくれるー!!!
この皺どうしてくれるー!!!と嘆く今日この頃である。

女心と秋の空・・・
猛暑の夏ともお別れだ。

平成18年8月31日

白髪頭に挑戦?

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