鳥の目を過ぐるが如し

つい先日今年は申年だという話を書いたような気がする。
1年があっという間に過ぎ去った。
まさに、鳥が目の前をさっと飛び去るようである。
時は目まぐるしく正確に刻んでいるわけだが、どうもこれは本当なのかと疑いたくなるほど早い。
年を取ると共に時間は早く感じられると言うのは、してみるとやはり頷ける。

2005年が幕開けして、早1ヶ月が過ぎようとしているのだから・・・
心を新たに誓ったことは守られているか?
いやはや、1ヶ月にして降参である。
早寝早起きをと思いながら、不規則な毎日が続いている。
悪循環である。
昨日の疲れがどどーっと出るのが10時頃。
ソファーで2時間ドラマを見ようものなら、1時間持てばいいほうだ。
30分もすると目がとろりとなってきて、いつの間にか夢の世界だ。
それが意識してではなく、このいつの間にかというのが曲者だ。
今から寝るぞーではないのである。
瞼と瞼が時を構わず仲良くなるのだから、始末に終えない。
周りはいい迷惑である。
分ってはいるのだが、自然現象なんだものと開き直り、たまに見かねた連れ添いは堪忍袋の尾が切れて
「なんで、僕が起きてるときにグースカ寝て、僕が寝る時に起きるのか!僕のことが・・・」とくる。
「ううーん、絶対そんなことはないわよ」と必死で真面目に訴えるが、信じてもらえない。
そういえば、大昔の新婚当初には絶対こんなことは有り得なかった。
してみればやはり愛してない?
いえいえ、決してそんなことはございませぬ。
やはり、これは年を取った証なのでしょう。
では旦那様はなぜ眠くならないのか?
疲れ方は同じとして・・・うーん、やはりこれは体力の差か?
それとも精神力の無さ、緊張感の不足からくる出来事なのかもしれない。

結婚して子供を生み、そして子供が育った後は巣立ち、今は夫婦二人に犬一匹の生活。
おおーっ!いけない!いけない!
先が読めてくる。

鳥の目を過ぐるが如し・・・
この時をこの一瞬を、今を大事にしなくてどうする!
反省は今の内だ。こうしている間にも時は過ぎ行くのだから・・・
理想と現実は難しいが、努力は欠かせない。
反省・・・

ところで、話は変わるが、「酉年」の「酉」とはお酒を盛る器を表した象形文字だそうだ。
そういえば、酉にさんずいを付けると、「酒」になるではないかっ!
ということは、酉と鳥とは実は何の関係もないのだろうか?
干支とは中国から来たものだ。
古い文献によると中国では、元旦を「鶏の日」としている。
最古の文献「詩経」にも鶏は登場しており、正月に関する歌に鶏がしばしば出てくるらしい。
如何に鶏が愛用され、大事にされていたかが分る文献である。

鶏(鳥)に関する故事もかなりある。
今日のテーマの「鳥の目を過ぐるが如し」もそうであるが、その他こんな諺が・・・
「鳥の両翼車の両輪」・・・
今のこの現状の有り難さを噛み締め、やはり、運命共同体として、この先も譲り譲られ、
持ちつ持たれつつ生きてゆくしかなさそうである。
なんと贅沢な悩みをのたまもうているのか、これも心から反省である。

「鳥の目を過ぐるが如し」肝に銘じて今年も開け行く。

平成17年1月31日

back

next

home