雲ひとつ無い晴天の空。 その下に広がるは、肥沃な大地を育み続ける恵みの大河。 その長江の水面に浮かぶ頑丈な大型船。 その船上には神妙な面持ちの猛者たち。 水の流れにより時々起こる揺れを受け止めながら、船は静かに進んでゆく。 甲板の上、きちんと身支度を整えたを中心に、5人は円状に座り込んでいた。 先ほどから誰も口を開こうとしない。 「きゃあああああああああああああああああああああああぁ!!!」 「どうした!!」 「何かあったか」 「「!!」」 悲鳴を聞き駆けつけた太史慈と周泰であったが、この二人もまた走馬灯をクルクルと回すことになった。 男達の目に飛び込んできたのは、男の体にはあり得ない白くて柔らかそうな、二つのふくらみだったのである。 「・・・女・・だとは・・・・」 永遠に続くかと思われた静寂を破ったのは、意外にもいつも寡黙な周泰だった。 「・・ああ・・だから服脱ぐのイヤがってたのか・・・」 「・・なんというか・・驚いたな」 一人が言葉を発すると、誘われるように他の者も口を開きだした。 しかし皆一様にテンションは低い。 は何も言わずにうつむいている。 「・・まさか呂蒙殿があのような声をあげるとは・・・」 「あ、あれは!動揺したせいで!!いつもはあんな、・・・って今はそんなことどうでもいいだろうが!」 あの悲鳴、呂蒙だったらしい。 「・・・なぜ黙っていた?」 周泰が聞く。 その声はいつもより穏やかで、を怯えさせないようにとの彼なりの気遣いが伝わってくる。 「・・・まさか、間者の」 呂蒙の言葉の途中で、は下を向いたままブンブンと頭を振った。 ちがうちがう、というように。 それを見た呂蒙は慌てた。 「わ、わかっている!・・・お前は、そういう奴ではない」 「・・・・黙ってちゃわかんねぇぞ。・・・・ん?」 そう言って、うなだれている小さな頭に甘寧が優しく手を置くと、は消えるような声で喋りだした。 「・・・かった」 「え?」 「・・・男だと思われていたこと・・最初気づかなかった」 「「「「???」」」」 「・・ここに来る、ずっと前から男の格好していたから、これが当たり前になっていた・・。自分の性別、見た目ではややこしいことを・・忘れていて」 ・・・言い出せなかった、とはいう。 「なんで昔から男装などしておったのだ?」 「・・・・今まで過ごしてきた環境では・・女の装いは面倒なことになりやすい」 彼女の言いたいことを、4人は頭の中で簡単に整理してみた。 女は危険が多いので男装・覆面 → 初めての呉軍朝議での男扱い → 自分の格好が男装だったことを思い出す → 今更言い出せない → 隠し通そう 「「「「・・・・・・・・・・」」」」 防衛目的として選んだ男装を手段だったことも忘れるくらい慣れてしまったは、他人からどう見えるかはもとより自分でも男とか女とか意識せず過ごしてきたらしい。 「クッ・・・」 呂蒙が赤くなった両目に腕を当て、感極まって叫ぶ。 「なんと不憫な・・年頃の娘だというのに!」 の強さは、生き延びる力の強さそのものだと、以前陸遜が言っていた。 そう聞いたとき恐ろしく腕の立つ少年の境遇に痛ましいものを感じたが、それが少女だったと知った今、その思いは一層深くなる。 せっかくの綺麗なつくりを着飾るどころか覆い隠し、埃と血にまみれた日々を日常としていたを、可哀想に思った。 「・・女では武将として仕えるのは・・・難しい、ですよね・・」 がポツリと言う。 「・・・・・今まで、ありがとうござい」 「殿!!なにを言い出すか!!」 「ばっっっっかやろううぅ――――!!!!辞めるなんていわせるかぁぁ!!」 呉軍から出て行こうとするの発言を、甘寧と太史慈が滝のような涙を流しながらさえぎった。 そうだそうだと言いながら、呂蒙はおいおいと泣いている。 「殿には俺から頼み込んでやる!!絶対何とかしてやるからな!!」 甘寧は、ガシッと(完全に勢いに押されている)の両肩をつかんで叫び、その後ろで周泰が頷きながら目頭を押さえている。 結局、全員で男泣き。 事情を知らぬものが見たら、ひいてしまうような、 ・・いや、恐らく知っていてもひくであろう、むさくるしい光景が、呉の空の下に広がっていた。 |