「これとこれと・・あとこの文書もだな」 「うげぇ!まだそんなにあんのかよ!」 たまった書類にうずもれながら、甘寧は苦手なデスクワークに追われていた。 そんな彼の元へ、呂蒙は更に仕事を届ける。 「普段から少しずつやっておかんからだ」 見るからにコツコツな感じの呂蒙は、夏休みの宿題ためちゃった小学生状態のこの男に渋い表情だ。 さっきから書類とにらめっこしていた甘寧は、かたまった体をバキバキとならしながら椅子の上で伸びをする。 「あーあ・・・。どうしてっかな・・・」 甘寧の言葉に、呂蒙も天井を見上げてしんみりした。 「・・・戻りはいつになるのだろうな」 「食いモンや水が合わなくて体壊したりしてねぇかな・・・?」 「そ、そんなっ無事だろう?便りがないのは元気な証拠だというし・・・!?」 「ゲ、泣くなって!」 おいおいおいおい。 便りも何も、まだ出発してから一週間も経ってない。 ツッコミ役がいない彼らは、どこまでいってしまう。 甘寧は深く深くため息を吐いた。 「呂蒙のオッサンが行きゃあ良かったのに・・・。そしたらこんな心配しなくて済んだのによ」 発言内容といい、オッサン呼ばわりといい、ムカつき所多数。 「重要な会議が連日控えておるのだから仕方あるまい。俺から言わせれば に白羽の矢が刺さってしまった原因は、ここまで仕事を溜めこんだお前にもあるのだぞ」 これが全部片付いておれば蜀行きは間違いなく甘寧だった、と山積みの書類を忌々しげに呂蒙は突付く。 「・・寂しがってないだろうか?あやつ人見知りする方だからな・・・」 と、さっきからしょうもない心配をしているバカ二人だが、今頃戦闘真っ只中であろう陸遜の話題はカケラも出ない。 が尋常じゃなく愛されているのか、陸遜が尋常じゃなく人望薄なのか。 しかし、彼の手によって何度も命の灯火を消されそうになっている二人に、陸遜を気遣えという方が無理な話だ。 まずもってありえないが、このまま戦から帰ってこなければ呉は少し平和になる とほんのチョッピリ☆諸武将から期待されている彼って一体なんだろう。 甘寧は書き損じた紙をグシャグシャと丸めて放り投げた。 「あ〜ちくしょう、早く帰って来ねぇかな!」 ******************************************* 呉の武将達からの愛を一身に受けている当のだが、調子を崩すことも、ホームシックにかかることもなく、すこぶる元気に過ごしていた。 「どうぞ遠慮せずどんどん召し上がってください」 君主劉備が、呉からやってきた諸葛瑾らをもてなすために開いてくれたささやかな宴の席。 蜀の一部の武将や重鎮たちと囲む卓の上には、点心やら酒やらつまみやらが所狭しと並べられている。 暖かい心遣いに一礼し、は用意された料理に箸をつけた。 宴が始まりしばらくたった頃、諸葛瑾は酔いがまわってすっかりいい塩梅に仕上がっていた。 鼻を赤くして、ニコニコと上機嫌である。 彼は絡んだり愚痴をこぼしたり、といわゆる酒癖の悪い人間ではないので、周りを不快にさせることはない。 「なんだ?飲んでおらんのか?どれ、一杯ついでやろうかの」 隣の席のが茶をすすっているのに気付き、諸葛瑾は酒をすすめた。 上司(?)の好意をは杯で受けようとしたが 『いいですか?私が近くにいない時はお酒を飲んではいけませんよ?』 という陸遜の言葉を思い出し、慌てて首を振った。 「どうした?遠慮せんでいいぞ」 「・・・いえ、今回酒は・・・。約束しましたので」 が下戸ではないことを知っている諸葛瑾は首をかしげる。 「約束?誰かな?」 「陸遜さ」 「そうだな酒はやめておこう!」 早っ。 が言い終わる前に、光速で諸葛瑾は注ごうとした酒を引っ込めた。 名前だけだというのに、聞いた瞬間体内アルコール蒸発。 「陸遜」、なんと恐ろしい言霊であろうか。 もはや呪文である。 一瞬にして抜けきった酒を補充するかのように、諸葛瑾はラッパ飲みを始める。 今浮かんだ恐ろしい人物の影を消し去りたいのだろう。 そこへ何も知らない槍族3人がやってきた。 「殿。こんな席で茶など飲まず、こっちはいかがかな?」 が断る前に、諸葛瑾が目を血走らせて馬超の酌を止めた。 「いやいやいやいやいや!まだ15ですからな!!な!!なぁ!!!?」 鬼気迫る彼の迫力に一瞬押されながらも、まぁいいじゃないか15といえども立派な武将だろう、と更に勧める。 「いや!本当に!ウチのは子供同然で!」 今にも血管がブチ切れそうな勢いの諸葛瑾であるが、3人は彼の言った聞き慣れない女の名前の方に気をとられた。 「「「・・・?」」」 3人はキョトンとした顔で諸葛瑾を見つめている。 そんな青年達の反応に、最初の自分達と同じく彼らがを少年だと勘違いしていることに諸葛瑾は気付いた。 自分を含めた呉国の連中はもう皆わかっていることなのだが、何も知らない者がを見たらどういう風に思うかということを彼はすっかり忘れていたのだ。 「そうかそうか、これは失礼。この子はつい以前のクセが抜けずにきっとと名乗ったんですな。言い忘れていましたが、というのはこの子の通り名というかあだ名のようなものでして、本当はといいましてな」 諸葛瑾は横の席へと視線を移す。 3人も一緒に視線を動かした。 「少年のように見えますが、女の子ですよ」 うん、というように視線の先のが頷いた。 おんなのこ? しばらく3人組はボケッと彼女の顔を見つめていたが、みるみるうちに顔色を変えた。 「「「も、申し訳ない!てっきり男だとばかり!!」」」 確かにずいぶん綺麗な子だと思ったが、あれだけの手練れがまさか少女とは想像もしなかった。 とはいえ、年頃の娘をつかまえて男と勘違いしたなど無礼極まりない行為。 とんだ失礼を!と言いながら彼らは何度も頭を下げ続けた。 そんなに必死に謝られると、弱ってしまうのはの方で。 「あの・・・どうか気になさらず。非はこちらにありますので・・・」 それによくあることだしな、と隣の諸葛瑾が付け加えた。 ちょっと前、呉でこれに似たような光景が繰り広げられたばかりである。 言わなかったも悪いのかも知れないが、誰かに会う度にわざわざ性別を告げるのもおかしな話なので今でははっきりさせないとマズイ場面や相手にだけ言っておくことにしていた。 当然、勘違いしたまま過ごしている連中がかなりいると思われるが、は全く気にしていない。 今でこそ戦闘の際に動きやすく有利なので好んで着ているが、元々男として認識してもらう為にはじめた男装である。 女と見られることがまず無かった彼女にとっては、男扱いはごく自然な流れだった。 今更そんなことで、彼らを責める気など毛頭ない。 戦では勇ましい猛将のはずの彼らが真っ青な顔で取り乱すその様子がなんだかおかしくて、は困ったように少し笑った。 それは彼女が蜀を訪れてから見せる、初めての笑顔で。 きゅんっ 「う」とかなんとか言いながら、男達は両手を胸に当てた。 今、エンジェルが彼らのハートに、黄忠ばりの3本矢同時射撃をかましたと思われる。 うずくまりつつある3人を見て、ずいぶんと気に病んでおられるなどと都合よく受け止めた諸葛瑾、ちょっとフォロー。 「は、そのまま男と思っていただいても別に構わないそうですが」 「「「いや、もう、そういうわけには!!!」」」 そうだよな、恋の矢刺さっちゃってるんだもんな。 今更ソレ抜けって言われてもなぁ。 「「「殿!!今後ともよろしく!!」」」 と熱気に満ちた握手を求められたので(何故)1人1人に応じたが、全員妙に体温が高かったのがちょっと気になったであった。 |