「変だ」

 ウンコ座りのままそう呟いたのは、呉の暴走列車・甘寧である。

 「何だいきなり」

 呂蒙は振っていた己の武器の手を止め、唐突に口を開いた甘寧を訝しそうに見る。
 甘寧は朝からずっと鍛錬にも参加せず、顔を歪めて座り込んでいた。
 単細胞に手足をつけたような(陸遜評)彼にしては珍しく、何かに悩んでいるようである。

 「変なんだよ、とにかく」

 「変、とは何がだ」

 どちらかというと変なのはお前だろうよ、と思いながら呂蒙は再び槍を振り始めた。

 「アレだよ」

 呂蒙の方を見ることなく、甘寧は答えた。
 その視線は一点を見つめたまま、動かない。

 「まったく・・・・一体さっきから何見て・・・」

 呂蒙はやれやれと溜息を吐き、甘寧が凝視している方向へ顔を向ける。

  
 その視線の先には、庭をのんびりと歩いている男の姿。
 10日前に(ひと騒動を起こしつつ)舞い戻ってきた大殿・孫堅である。
 帰ってきたときの大騒ぎといったらもう、一国が揺れ動くほどであったのだが
 当の本人は全くお構いなしで、何事も無かったように君主としてカムバック。
 まったく報告が無かった失踪時と同様に、国王復帰の今回も公的な事情説明はなしだ。
 おかげで孫堅は、詳細を知らされていない家臣や民から様々な異名で呼ばれているらしい。


 「復活の虎」「霊界から追い出された男」「黄泉がえり」  

  
 いつの間にやら、一度本当に死んだことになっている。

 自称ミステリーハンターとして遺跡を巡っていたはずが、もはや自分自身がミステリーとなってしまった孫堅であった。

  
 

 そんな世界ふしぎ発見君主の姿を遠巻きからじっと見つめながら、呂蒙はひとつ頷いた。
    
 「ふむ・・・確かに変だな」

 「だろ?」

 「ああ・・変だ。今日の殿の着物の柄は」



 
「そうじゃねぇ――――!!!」



 甘寧は思わず立ち上がり、派手すぎるとか何とかブツブツ言ってる呂蒙に全力で突っ込んだ。

 「大体殿じゃねぇよ!俺が見てたのは」
  
 あっちだ、あっち!と甘寧が何度も指を指す。

 「ん?・・・ああ」
  
 なるほど、木の陰に隠れて見えなかったが、殿の向かいにもう1人。 
  
 「も居たのか」

 どうも散歩中の孫堅に捕まり、話し相手となっているらしい。
 離れているため会話の内容までは聞こえないが、何か話しかけられる度にはコクコクと頷いている。
  
 首を傾げ、呂蒙は振り向いた。
  
 「別段変なところなどないが・・・普通の柄ではないか」
 
 「だから着物の柄じゃねぇっつ―の!いい加減そこから離れろよ!」   
  
 チャームポイントの羽もちぎれる勢いで、甘寧はグシャグシャと頭を掻きむしった。
 もどかしい気持ちで一杯。 
   
 対して呂蒙は、恐ろしいほど目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。

 「着物の柄でないならばっ・・・・」

 そして、掠れたような声と共に甘寧に食って掛かった。



 「自体が変だとでも言うつもりか!!どこがだ!!咲き誇る花のように、そして妖精のように愛らしいではないか!!」



 比喩がくどい。
 歪んだ、底無しの愛情である。     


  
 「当ったり前だろうが!!保護条例が発令しそうなくらいに可愛いのは今日も変わんねぇよ!!」



 甘寧も負けてなかった。
 
 大の男2人が、競うように可憐さを必死で語る(しかも稚拙な表現)姿は大層暑苦しい。
 ツバまで飛ばして、みっともないったらありゃしない。

 「俺が言ってんのはそういうことじゃなくて、の態度がおかしいんだよ!!」

 なにやら一生懸命になってしまった甘寧は、ゼエゼエ息を切らし大声でそう叫んだ。
 への賛美が原稿用紙にして11枚目分に突入しようとしていた(トリップ中)
 呂蒙は、その発言でようやく正気に返る。

 「態度・・・?」

 「おぅ・・・なんかよ・・孫堅様に対して、ちょっと変なんだよアイツ」
  
 甘寧はそう呟きながら、2人が立っている庭の方をチラリと見た。
  
 「ぎこちない、つーか・・・不自然つーか」

 うまく言えないんだけどよ、と甘寧は首の後ろを乱暴に掻く。
 呂蒙は右の眉だけをわずかにひそめ、考え込むように腕を組んだ。

 「う〜む・・それは、ホラ・・・の人見知りのせいではないのか?まだ接してから日も浅いし・・・」
  
 が初めてここへやって来た当時の様子を、呂蒙は思い出す。
 今までの恵まれたとは言いがたい境遇のせいか、突然与えられた馴染まぬ居場所のせいか。
 ――――大きな宮廷の中で、小さな体はこわばった空気に覆われていた。
 頑なに閉じられたその表情に、笑顔がもたらされるまでずいぶんと時間がかかったものである。
 すっかり慣れてしまった今では、いくらか感情表現が多彩になったものの
 初対面の人間に対しては、少しばかり硬くなってしまうようだ。

 そんなが、戻ったばかりの新しい君主に人見知りしている(主人相手にそんな)としても不思議ではない。

 だが、甘寧は首を振る。

 「いや、そういう感じじゃねぇんだよな」
  
 あっさり否定され、腕を組んだ姿勢のまま呂蒙も庭へと視線を動かす。   
 しばらくの様子を穴が開くほど観察してみることにした。  
  
 遠慮がちに君主の姿を見上げる。
 何度も頷く。
 首を傾げる。
 一瞬うつむく。
 また、見上げる。  

 「・・・・何か、変だな」

 わずかだが、呂蒙も違和感を抱いた。
 なにかが、妙だった。
 どこか違う。
 しかし、それがどういう風に、とは言い表すことが出来ない。  
 呂蒙は、何だかよくわからないがおかしい、という甘寧の気持ちをようやく理解した。

 自分の真意が伝わったことに安堵した甘寧は、力が抜けたようにその場へしゃがみ込む。

 「・・どうしたのか気になってよ。あいつ、もしかして1人で悩みでも抱えてんじゃねぇかなって・・・」

 ぎこちなくとも、やっと笑うようになったのだ。
 涼しく可愛らしい声を、少しずつ聞かせてくれるようになったのだ。
 せっかく開き始めた咲きたての花のような心を、つまらないことで曇らせてたまるものか、と甘寧は思っていた。
 だから目の届く範囲の不安要素は(過保護だと罵られても)すべて先回りして排除しておきたい。
 それは、呂蒙も同じだった。
 おそらく呉将全員がそう思っているだろう。

 「・・・聞いてみるのが一番だろうな」

 本人に、と座り込んでいる甘寧に呂蒙は顎で促す。
 甘寧が顔を上げると、殿に深々と頭を下げ、こちら側へ歩いてくるの姿が見えた。
  
 「・・おし!」

 決意を固め、甘寧は勢い良く立ち上がった。