呉国の初代暴れん坊、孫堅は息子に負けず劣らずやんちゃな人だった。
 海賊退治で名を馳せ、狩りに出ては素手で虎を倒してくる。
 老け込むことなく、いつでも現役選手な殿様であった。
 
 ・・・・生きていた頃は。

 ある戦で、孫堅は劉表の罠にかかり落石の下敷きとなった。
 それ以来彼の姿を見ることはなくなり、数日後に出された
 「今日から俺が殿だぜぇ」
 という孫策からのおふれによって、家臣らは大殿の死を確信したのだ。

 だが今、目の前で笑っているのはまぎれもなく孫堅本人である。

 「と、殿・・・ご、ご逝去されたのではなかったのですか?!」
  
 「なんだ、俺は死んだことになってたのか?」

 気の毒なぐらいオロオロしている呂蒙の問いに、孫堅は息子を見る。
 「そんなこと言ってねーぜ」と孫策はしかめっ面で答えた。

 「しかし・・・罠で岩石に・・・」

 「死なないだろその程度じゃ」


 普通は死ぬ。


 「岩に埋もれてあおむけになってた時、空が妙に青くてな・・・・突然旅に出たくなったんだ」

 腰に手を当て、孫堅は眩しそうに天を仰ぎ見た。
  


 「そうだ、エジプトに行こう・・・ってな」



 「意味分かりません」

 孫堅が相手でも陸遜の突っ込みは容赦がない。

 「とにかく遺跡見に行ってきただけだぞ俺は。いわゆる・・アレだ、
ミステリーハンターだ」


 世界ふしぎ発見?


 どうやら、孫堅は遺跡オタクだったらしい。
 しかも戦を途中で放り出していってしまうぐらいだから、相当なものだと思われる。
 思い立ったが吉日とばかりに、岩から這い出した呉の大将はそのまま息子に国を託し砂漠の地へと旅立ってしまったのだ。

 どうでもいい話だが、孫堅の夢は自分の墓をピラミッド型に建てることである。
 本当にどうでもいい。
  
 「で、では・・孫堅様は未だご健在で・・・」

 周瑜が口元を(甘寧のハチマキで)拭いながら呟くと、当たり前だと言わんばかりに孫堅は大きく頷いた。
  
 「俺がここにいることが何よりの証拠だろう」

 その通りなのだが、なんとも納得いかない。
 あまりに馬鹿馬鹿しい話である。

 あの時、大殿の孫堅が死んだことを知った(誤解だったわけだが)武将達は涙や暗い顔ひとつ見せずに呉の君主の座を受け入れた孫策に深く感じ入っていた。

 殿である前に父である人を失ったにも関わらず、家臣たちの前で気丈に振る舞う孫家の長男。
 きっと心配をかけまいと、ただ独りで泣いたのだろう。
 呉国の行く末は、われわれが命を懸けて守らねば。
 強くあろうとする若君の為にも・・・・・!
  
  
 配下武将達は唇をかみ締め、密かにそう誓った。
 あんなに固く誓ったのに。  


 
「あの時の涙を返せ――――!!」  

  
 「いつも泣いてんじゃねーかよ呂蒙は」

 呂蒙は孫策の肩をガタガタ振った。
 もちろん泣きながら。
  
 そんな光景を見ながら、やれやれと尚香は溜息を吐く。
  
 「策兄ったら、みんなに説明してなかったんじゃない。そりゃ慌てるわよね・・・って、あれ権兄?」
  
 尚香が同意を求めて、隣のもう1人の兄へ振り向いたが
 彼もまたホロホロと泣いていた。

 「・・・・知らなかったの?権兄も」
  
 手で顔を覆いながら、孫権は頷く。

 「権兄・・孫家だよね?」

 「・・・・多分」

 すっごく可哀想。
  
 「あっはっはっは!!なんだ権、また兄弟でのけ者か!!」

 まったく笑うところではないが、孫堅は大爆笑である。   
  
 「その変わらぬ力関係に、父は嬉しいやら情けないやら!」

 子供たちへの不安を微妙に含んだ発言を豪快に吐き、無駄に元気な父さんは剣を納めた。
 自軍の兵士をことごとく蹴散らした剣だが、そのあたりのことは何も考えてないようだ。
 下っ端は報われない。

 「まぁ、何はともあれご無事で何よりです」

 半ば呆れつつも、陸遜は帰ってきた初代突撃君主に敬意を表して頭を下げる。
 それに笑顔で応えた際、孫堅は陸遜の隣に立つの存在に気がついた。  
  
 「お、誰だその小さくて綺麗なのは」
  
 美しい少年だ。
 黒い瞳が、妙に心惹かれる。

 「殿が遺跡で彷徨っている間に武将として迎え入れたんですよ」
  
 「女の子なんスからね!手荒なことしないで下さいよ!」

 トゲのある言葉の陸遜と、さっきまでひっくり返っていた甘寧が壁のように彼女の前をふさいだ。
 ああ、過保護過保護。
 しかしこの殿はそんなことお構いなしである。

 「おお女子だったか!てっきり男だと思ったぞ!」

 「と申します。お初にお目にかかります」

 もう誰が殿なんだがわかりゃあしない状況だが、とにかくは深々と孫堅へお辞儀をした。
  
 「か、良い名だ!以後よろしく頼むぞ」

 孫堅はそう言って、髪が乱れるほどにの頭をグシャグシャと撫でる。
 手荒なことすんなって言ってんのに!
 ギャーギャー騒ぐ甘寧と陸遜をよそに
 撫でられたは、乱れた頭を直すでもなくボンヤリした顔で孫堅の姿を見つめていた。



 ヒヒーン

 「ようやく辿り着いたぞ」

 「・・・・・遅くなった」
  
 「どうにか間に合ったようだな」

 
 孫策らに遅れること数十分後。
 全然間に合っちゃいないが、馬に乗った3名はようやく現場に到着した。

  
 「で、その道場やぶりってのは・・・」

 黄蓋らは、馬に跨ったまま見下ろした視界の中に孫堅の姿を見つけた。
 直後、
一話分ほど遅れた絶叫が響く。



 
「ああ孫堅様――――?!なぜ生きて――――!!?」




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