バタバタバタ

 ガッシャガッシャ

 ドスドスドス


 駆け出した孫策たちを追って一斉に走り出した呉将らであったが、周泰・太史慈・黄蓋はかなり置いていかれていた。
 足が遅いのである。
 みんながみんな同じ速度で走れるわけではない。
 俊足揃いの呉軍の武将の中で、彼らは重量トリオとして鈍足を誇っていた。

 「・・・・離された」

 「もう、前の連中の後姿が見えないな」

 「毎度のことながら、寂しい気持ちになるわい」

 高すぎる身長が仇となったか周泰。
 敵軍から密かに「ロボットさん」とか呼ばれちゃってる鎧男・太史慈。
 鍛えすぎた筋肉番付の黄蓋。

 それぞれがそれぞれな理由で重い三人。
  
 「よし、馬で行こう馬で」

 そして彼らはクルリと方向を変え、馬小屋を目指し始めた。
 とても遠回り。
  
 「今後は鐙を持ち歩くことにしよう」

 「おぉ、それがいいな!」

 「・・・・名案だ」

 その前に韋駄天靴を装備したらどうなのか。
  
 とにかく、事件が解決してしまう前に到着できるよう頑張れ3人。





  

 「・・・あれー?誰もいないよー?」

 「え?あら・・本当。どなたもいらっしゃいませんね」

 江東の華・二喬が扉からコッソリ顔をだした。
 本来なら今頃議論が交わされているはずであろう会議室は、誰一人の姿もなく静けさが広がってる。
  
 「おっかしいわねー・・・どこ行っちゃったのかしら」

 姉妹の背後から孫家の末っ子である尚香も室内を覗き込むが、やはり無人だ。

 「せっかく、連れ出して遊びに行こうと思ったのに」

 軍議中でもお構いなしか、この姫は。
  
 「もう終わっちゃったのかな?」

 「それはちょっと早すぎない?それに何なの・・・この部屋の乱れようは」

 あちこちで椅子は倒れ、卓に書簡が広がり、床に筆と墨が散らばっている。
 誰かがひとしきり暴れたのだろうか。
  
 「・・・・・ま、大体予想はつくけど」

 思い当たる人物が多すぎる。
  
 「でも、誰もいないというのは・・・・どこに行ってしまわれたんでしょうか・・?」
  
 大喬が不安げに部屋の中をキョロキョロと見回している。
 確かに議論白熱(しょうもない口喧嘩)後、誰か彼かが大暴れ、というのはこの国では珍しくないことだが、
 いきなり参加者全員が消えてしまうことは今までない事例である。

 「あ!」
  
 会議室で尚香と大喬が途方に暮れていると、何かを見つけたような小喬の声が廊下から響いた。
  
 「なになに!?」
 「どうしたの小喬?」
  
 2人は慌てて廊下へと出ると、小喬はひどくはしゃいだ様子で床を指差す。

 「周瑜様の
血の跡発見!!!ねぇ、これ辿っていけばどこ行ったかわかるよ!!」

 そこには点々と続く、赤い滴りが・・・。
 美周朗が体を張って生み出した、命懸け道しるべである。
  
 「まぁ!よく見つけたわね小喬。それを頼りに進んでみましょう」

 「たまには役に立つじゃない!周瑜の吐血グセも」

 「えへへ〜。目印で道を進むなんてヘンデルとグレーテルみたいでメルヘンチックだね〜」
  
 本気でそう思うのか小喬よ。
  
 そうして可憐な(見た目は)乙女達は、血の匂いに導かれて彼らの後を歩き出した。





 「おぅおぅ、派手にやってくれたぜぇ」

 誰よりも早く飛び出した特攻隊、孫策・甘寧は当然ながら現場に一番乗りで到着していた。

 「相当腕が立つみたいっスね」

 城を守る門の周囲は、まさに死屍累々。
 目を回してひっくり返っている兵で溢れ、足の踏み場がないほどだ。
    
 ドカーン

 「うぉわ!!」

 戦場の様なその光景を呑気に眺めていると、新たな犠牲者が3名ほど彼ら目掛けて吹っ飛んできた。
 甘寧、直撃。
 一般兵ともども、ピヨピヨと目を回した。
 孫策は間一髪でそれらを避け「危ねぇ危ねぇ」と呟いて兵士が飛んできた方向へ顔を上げる。

  
 突然、静けさが訪れた。
 さきほどまでの喧騒が嘘のように、全ての音が掻き消えた。 
 争うような声も剣を交える音も、もう聞こえてこない。
 進入阻止の為に集まった衛兵は、さっき飛ばされてきた3名で最後だったのだろう。
  
 孫策の視界に映るのは、宮廷の外と内をつなぐ赤く巨大な門と、激しい戦闘によって舞い上がった砂の霧。
 少しずつおさまってゆくその土埃の中から、徐々に人影が浮かび上がる。  
  
 「お前が道場破りか。けっこう強ぇじゃねーか」
  
 孫策は未だ輪郭がぼやけたままの男の影に、ニィと笑いかけた。

 「待たせたな、俺がラスボスだ」

 そう言って、心底楽しそうに孫策はファイティングポーズをとる。
 しかし男は仁王立ちの姿勢そのまま、静かに口を開いた。
  
 「・・・・ずいぶんと早いラスボスの登場だな。もう少し勿体ぶったらどうだ?」

 「これがウチの流儀・・・って・・ん?」
  
 応えかけた孫策は、何かに気付いたように言葉を切る。
 
 「い、今の声・・・」
  
 やけに聞き覚えがあった。
 思わず孫策は、武器を握る腕を下ろして構えの態勢を崩す。
 そんな彼の背後には、遅れて辿り着いた仲間達が押し寄せていた。

 「伯符ー!!無茶はよせ!」
 「兄上、自重されて下さい!!」
 「殿ーー!!」
 
 孫策追尾隊、第一組到着。  

 「あ、いた!!兄様ー!」
 「周瑜様見っけ☆」
 「どうされたんですか孫策様!」
 
 呉娘トリオも、ほぼ同時に到着。

 「ど、どうした甘寧!やられてしまったのか?!」
 「周瑜様、それより口の周り血だらけだよー!コレで拭いて」
 「おぉ・・小喬は心優しいな・・・さすが我が妻」
 「・・っておい!!それ俺のハチマキだろうがぁぁぁ!」
 「あ、甘寧起きてんじゃん」

 ぎゃあぎゃあと一気に騒がしくなった場の空気に、男は思わず笑みを洩らした。
  
 「相変わらずだな賑やかだな、この国は」
  
 その声の主に、集まった者全員の視線が注がれる。
 そして、驚愕の声が一斉にこだました。


 
あああ――――――――?!!


 「息子達よ、元気だったか?!」    

 呉の門番達を片っ端からなぎ倒したその男は

 -------孫家の大殿、孫堅文台

 隣国まで届きそうなほど鳴り響く絶叫もどこ吹く風。
 江東の虎は、上機嫌で観衆に手を振った。

 真のラスボス、登場。