「久方ぶりだな・・・やはり懐かしいものだ」

 ズタボロな身なりの男は門の前で仁王立ちのまま、そう呟いた。
 うす汚れた布を頭から被り、人相がはっきりとわからない。
 しばらく手入れがされていないであろうその口元は、無精ひげに覆われている。
 言っておくが呂蒙ではない。
 彼は毎日剃っても剃りきれないだけだ。
 
 「お前も疲れただろう、俺も疲れた」

 ”フランダースの犬”のような台詞を吐きながら、男はかたわらの馬をさする。
 ずいぶんと険しい旅を続けてきたのだろう。
 またがることも出来ないほどに、その馬はやせ衰えていた。

 「好きなだけうまいモン食って、じっくり休むことにしよう」

 馬の手綱を引いて、そのままスタスタ門をへと歩き出す。
 しかし、どう見ても小汚い浮浪者のようなその男を、門を守る衛兵が見過ごすわけも無い。

 「おい、止まれ!」 

 衛兵達はさえぎるように行く手を立ちはだかったが、挨拶を交わすように男は軽く手を挙げる。

 「おーおつとめご苦労さん」  
  
 「あ、どうも・・・って待てぇ!!」

 あまりに自然な男の仕草に、うっかりそのまま道を空けそうになった衛兵だったがすぐさまハッと我にかえった。

 「こ、この先がどこかわかっているのか?!」

 わかってなきゃ来ないだろ、と男は涼しい顔で答える。

 「貴様のような輩が足を踏み入れる場所ではないぞ!一体何をするつもりだ!」

 「・・何って・・・とりあえず、くつろがせてもらう予定だが」

 悪びれもせずしれっとそう言い放った男を、衛兵達は危険人物と認識した。
 すぐさま訓練された兵が取り囲むように男の退路を断つ。
 完全に戦闘体制である。 

 「覚悟しろ、ここは通さんぞ!」

 「・・・ほぅ、これは力ずくで通れ、という意味だな・・・」

 ふむ、と男は都合のいいよう勝手に解釈した。

 「よ-しいい度胸だ。望み通り相手してやろう!!」 

 四方八方から武器を突きつけられた危機的状況にありながら、ボロ布を纏ったその男は顔色一つ変えていない。
 たじろいだ様子もなく、逃げ出す気配も全くなかった。
 なんだというのだ、この飄々とした様子は。

 「・・・しかし簡単にこの俺は討ち取れんぞ!?」

 男は腰に差した剣を一気に抜き、少年のように笑った。
  




 「・・なぁ、何か騒がしくねぇか?」

 いつものように呉の宮廷で、形ばかりの軍議が開かれていた昼下がり。
 退屈しきって、顎ヒゲをくるくると指に巻きつけていた孫策が突然そんなことを言い出した。

 「伯符、いくら会議が面倒だからと言ってそのような・・」

 スキがあればすぐに軍議から逃げ出そうとする君主に、やれやれと周瑜はお説教を始めたその時。

 ドンドン!バン!

 激しく叩いた音と同時に、会議室の扉が乱暴に開かれた。
  
 「何用だ!?今は軍議中だぞ!!」

 一応、そんな感じで呂蒙は大声を上げてはみたが。
 軍議とはいっても、部屋の端で黄蓋が素振りなんかしてるぐらいである。
 重要度は学級会程度だ。

 「大変申し訳ありません!しかし、一刻も早く手を打たねば・・・!」

 会議室の扉を破ったその兵は、今さっきコテンパンにのされました、というように全身ボロクソにやられている。
 倒れそうになる体を必死でひきずってここまで来たのだろう。

 「・・なっ・・どうしたその姿は?!何があった?!」

 「ふ、不審な男が宮廷に押し入ろうと暴れ・・て・・・我らでは相手になりません、どなたか早く援護に・・」
  
 ガク。
 兵士はそこで力尽きた。

 「お、おい・・・待て・・し、し、死ぬな――――!!」

 「死んでねーって」
  
 目を閉じた(気絶してるだけの)兵を抱え、今にも号泣しそうな呂蒙に甘寧がとりあえず突っ込んでおく。

 「我が軍の兵士達が束でかかっても敵わないとは・・・」
  
 この孫呉に正面から楯突くとは一体どこの痴れ者か、と周瑜は眉間の皺を深める。
  
 「とにかく、事態の収拾が先だな。誰でもいい、至急その者を取り押さえろ」

 その声にいち早く動いた者がひとり。


 
「俺が行くぜぇぇぇ!!」


 あんまり軽々しく動いてはいけない身分の男であった。

 「お前は行くなぁ!!」

 君主の暴走に、周瑜は全力で制止した。
 しかし、孫策の目はどうしようもない位にキラキラリ☆と輝いている。
 誰の声ももう、届かないであろう。  

 「道場破りは俺が止めて見せるぜぇぇぇぇ!!」

 馬鹿殿、本領発揮。 

 トンファーを振り回して、孫策は微妙に誤った内容を口走る。
 彼の脳内で、勝手に設定が書き換えられしまったのらしい。
 きっと最近、そういった類の熱血武術系マンガでも読んだに違いない。
 武将=門下生か?

 「目を覚ませ伯符!お前は君主だ、師範じゃない!!」

 アハハハハと自分の世界へにどっぷり浸っている殿の肩をつかみ、周瑜は髪を振り乱しながらガクガクと振った。
 そのままあちらの住人になられては、国単位で路頭に迷う。

 「そうっスよ!この喧嘩・・・ヘッドが出るまでもなくこの甘寧が!!」 

 「お前もヘッドとか言うな!!」  
  
 馬鹿、1人追加。

 道場だったり、暴走族だったり。
 呉国はずいぶんと手広い。

 「呉の看板はそうやすやすくれてやるか――――!!」

 「ヘッド!俺がブッ潰してやりますぜ――――!!」

 周囲の迷惑もかえりみず、ノリノリの2人はそれぞれ何かにとり憑かれたまま門へと猛ダッシュ。
  
 「お、おい!待たんかー!グファッ」(周瑜吐血)

 一応あんなのでも主は主。
 いくら孫策がわんぱく育ちだからといって、単身で(おかしなヤンキーもついてるが)の突撃を放っておくわけにはいかない。
 仕方なく家臣たちは全員で後を追った。