「よぉ、小娘の割りにやるじゃねぇか」
 「相当な腕前ですな。恐れ入りました」

 他の受験生らから口々に賞賛の言葉を受け、そのたびは「どーもです」と頭を下げた。
 彼らが見上げる先には、すでに終了した午前の部の試験成績が張り出されている。
 
 ・評点95

 第一種目「剣豪」で、は並居る猛者どもを抑えトップに立った。
 やはり予想していた通り、剣での試験は彼女にとって難しいものではなかったようである。
 他の屈強な武将候補達に比べ、体も小さく腕も細い。
 外見だけ見れば、とても敵をなぎ倒せるようには見えない小娘。
 そんなが剣豪の試験においてぶっちぎりの評点、という結果は各方面に驚きを持って伝えられた。
 軍関係者である試験官達もの腕を高く評価し、将来有望な若手の存在に期待を寄せているほどだ。
 まだ一種目しか終えていない段階で、すでに登用確定ムードである。

 しかしそれも致し方ない。
 何しろ合計100点という合格ラインの中で、現在95点。  
 もうほぼ合格しているようなものではないか。 
 誰もがの登用はまず間違いないと思っている。
 だがの表情に、余裕はない。
 全然ない。
 微塵もない。
 むしろ陰っている。

 ほぼ全員が彼女の合格を確信している中で、当の本人は自分の評点に焦りを覚えていた。
 全武将候補中、最高点の評価だが、素直に喜んでいられないのである。
 はここを100点で通過してしまうつもりだったのだ。
 だが、わずかに届かず95点。
 たかが5点。  
 されど5点である。
  
 他の者にしてみれば、受かったも同然の評点であるが馬未経験なにとって、5点は大きい。
 周りの武将達から褒め称えられつつも、は冷や汗脂汗がダブルで噴出し真っ最中。
  
 (くそ…!途中で足の小指がつらなければ100点いってたかも知れないのに…!!)

 剣豪の割りに意外と軟弱である。

 切ない思いで成績表を眺めていると、背後から
 「馬術は得意なんだ!次は楽勝だな!」
 などと受験生達の明るい声が響き、羨ましいを通り越して妬ましく思ってしまうであった。

  
 妬ましく思おうが恨めしく思おうが、お構いなしに時間は進んでゆくもので、いよいよ最大の難関である「馬術」の試験が開始された。
 前から順々に、各自与えられた馬で試験へと向かってゆく候補生達。
 列の後ろの方で並んでいたにとって、この時間はかなりの苦痛である。
 例えて言うならば、予防接種の順番待ちのような気持ち。
 待たされて嫌な汗を長くかき続けるくらいならば、一番乗りでとっとと終わらせた方がなんぼかマシである。
 こういう試験は大体先の試験の成績順で行われることが多いのだが、この伊達家はよりよって何故かクジ引き。
 その為、中途半端な番号を引き当ててしまったはしばらくの間「募りゆく緊張の重み」という胃酸がジャンジャカ放出されそうなものを抱えたまま、大人しく待つほかなかった。

 「…次の者、前へ」

 めいっぱい気を揉みまくった待ち時間の後、ようやくまで順番が回ってきた。
 試験はこれからだというのに、はもうすでに疲れきっている。
 内なるストレスとの闘いで、体力の残りゲージは黄色く点滅。  
  
 「お前の馬だ、そら」    

 試験官から手綱を持たされ、はまじまじと馬を見上げた。
 生まれて初めての本物の馬との接触。

 (でかっ)
  
 至近距離で感じるナマの馬は、予想を大きく超える迫力である。 
 後ろに立ったら蹴り飛ばされる、という話を聞いたことがあるのでそっと顔の方へ近付いたら、ものすごい鼻息をかけられた。
 「ヒィィィィィ」と内心ビビリ倒していたが、今更逃げ出すわけにもいかない。
 果敢にも馬の顔を撫でてみたりして、顔の引きつりをどうにか誤魔化した。 

 「…っせーの、よっと」

 今まで乗ったことがあるといえばせいぜい自転車くらいのビギナーさんは、完全なる自己流(でたらめ)で馬に跨った。
 完全なる素人が美しく華麗に乗れるわけもなく、馬の首に飛びつくような格好である。 
 明らかに気合で乗りました、というようなの動きに試験官は首を傾げた。  

 「変わった乗り方をするな、お前」  

 彼にしてみれば軽い気持ちだったかも知れないが、にとってかなり痛いところを突いた発言である。
  
 「ウッ…これは、その」

 まさかここまで来て、いやー初めてなもんで、なんてことを言えるはずもない。
 しばらく返事に詰まっていただが、やがて大真面目な表情を作ってみせ、

 「英国式です」


 
ウソっぱち。


 だが試験官は、そうか英国式かハイカラだな、と妙に納得したような顔でしきりに感心していた。
 本当に申し訳ない。
 それにしても、とは周りの受験生を見渡した。
 他の者の跨っている馬に比べ、の馬は素人目にも立派な馬である。
 薄茶の毛並みは柔らかく、妙な風格がそこはことなく漂っていて、とても凛々しい。
 その美しい姿は、いかにも早く駆けそうである。
 こんな高そうな馬に乗ってもいいのだろうか、とは跨りながら見下ろした。
 ランダムであてがわれたのだから、まさかあの小十郎が裏で何らかの糸を引いたわけでもなかろう。
 
 というかこの場合、あんまりご大層な馬に乗せられても、ド素人のには手に余る。
 そんな早く駆けられても、制御できる技術などない。
 本当ならばロバあたりをお願いしたいところだ。
 フゥと息を吐いて、はとにかく手綱を握った。

 「えーと、…ん?お前か、さっき剣豪で最高評点だった奴は」  

 試験官は受験票を確認し、笑顔でを見上げた。
  
 「両種目とも首位というのは今までないそうだから、ここで頑張れば伝説として名を残せるやも知れんぞ」
 「…残るかもしれませんね、アハ」

 開始5秒で落馬という、まれにみる黄金伝説がね!
 心でそう呟きながら、は力なく笑った。



  ・


  ・

 
  ・



 独眼竜アイでの姿を捕えた政宗は、なんとか彼女が馬に跨ったのを確認して安堵の息を吐いていた。
 馬についての経験や知識など皆無であるはずの
 すべて、勘や運動神経といった己の本能に頼っているのだろう。
 乗り方こそ無茶苦茶で素人まるだしだったが、馬の背に跨った姿は意外とサマになっている。
 初めて馬術に挑む者とは到底思えない。
 生まれついての素質か。  
 それとも、ただの気のせいか。
 (多分後者)

 どちらにせよ、先ほどの種目「剣豪」で見せたあの身のこなしは本物だ。
 正直、驚いた。
 この伊達家に武の力をもって仕えたいと申し出るほどであるから、そこそこの腕だろうとは思っていたが。
 まさか、あれほどまで使えるとは。
 あんな緊張感のない顔からは想像も出来ない(政宗様失礼)

 「政宗様」
 「小十郎か」
 「ご所望の物、お持ちいたしました」

 小十郎は懐から、筒のようなものを取り出し、政宗に差し出した。

 「うむ。いい加減、わしの目も疲れてきたからな」

 そうぼやいて、政宗が覗き込んだのは南蛮渡来の望遠鏡なるものである。
 本格的に、覗きスタート。
 そのまま微動だにせず、しばらく碧眼にレンズを当ていた政宗だったが、そのうち探るように口を開きだした。

 「…おい…あんな馬、わしの軍におったか…?」  

 あんな馬、とはもちろんが跨っている馬を指す。

 「馬…でございますか?」
 「見てみろ」

 ずい、と望遠鏡を押し付けられ、小十郎は主に言われるがまま筒を覗き込んだ。
  
 「おや、この馬は…」
 「おかしいだろう」  

 政宗とて、膨大な数にのぼる自軍の馬をすべて把握しているわけがない。
 自分の愛馬や小十郎などの身近な家臣のものならばまだしも、それ以外となると管轄外である。
 しかし、が跨っているその馬には何か違和感を感じた。
 このような試験に使われるにしては、あまりに立派過ぎる。
 まわりの駄馬に比べ、明らかに違う高級感。
  
 冬ミカンの山の中に、マスクメロン(5千円也)がひとつゴロンと置かれているような異質さである。

 「…どこかで見たような気がするんだがな」

 政宗がそうポツリと呟くと、望遠鏡から目を離した小十郎が振り返った。
 「政宗様もですか?私もいま、そう思っていたところなのですが」  
  
 見事な薄茶の毛並み、逞しく力強い脚、それから蹄。
 遠くのを指差し、政宗は傍に控えていた家臣を呼び寄せた。

 「おいお前、あの馬知ってるか?」

 その若い侍は目を細めながら、受験生が群がる馬術場へ視線を送る。
  
 「はっ…どちらの馬で…ああ、鷹姫様が乗ってらっしゃる馬でございますね」  
 「どういう経緯でうちに来たんだ?」

 すると男は何かを思い出すように顎に手を沿え、ゆるゆると語りだした。

 「ええと、確かあれは…つい先日政宗様が乱入された戦で拾ってきた馬だとお見受けいたします。立派な馬でございましょう?織田に奇襲をかけた際、その本陣の外れでどういうわけだか―――今はもう外してしまいましたが、妙に派手な鞍を背負った、その馬がポツンと一頭と佇んでおったのです。どの軍の馬かは存じませんでしたが、乗り捨てられるには勿体無いほどの名馬だと思いましてね、そのまま連れて参りました」

 「先日の戦…」
 「…織田軍」

 政宗と小十郎は眉間に皺を寄せながら、男の言葉を繰り返した。
 一つの嫌な予感めいたものが2人の胸中によぎる。

 「おい…もしやその馬、」
  「そうそう、確かその時あの武士が近くで大いに暴れていたのを覚えてます。ええと、なんと言いましたかな、同じく派手なあの男…ああ確か…前田慶次、とかいいましたっけ