雲ひとつない、抜けるような青空。
 運命を左右する伊達軍登用試験の当日、文句のつけようがないほど晴れ渡っていた。
 前途洋々な未来を予感させる、気持ちのいい空模様である。
 幸先の良いスタートなどと勘違いしてしまいそうだが、この世界へ飛ばされた朝も同じような晴天だった。
 いい天気だからといってあまり浮かれてもいられない。
  
 「よっと」

 さんさんと差し込む日差しを浴びながら、は背伸びをした。
 試験を控えた緊張であまり寝られないかと思っていたが、杞憂に終わった。
 寝られないどころか、ピクリとも動かず朝までぐっすりである。
 超熟睡。  
 不安で寝付けないような細やかな神経は、あいにくと持ち合わせていなかったようだ。
 おかげで、体調はすこぶる良い。
 準備は万端である。

 「さて行くか」

 は腰の脇へと視線を落とした。
 そこには一本の太刀が差し込まれている。

 昨日まで、は武器を何一つ持っていなかった。
 元の世界では自分用の刀というものがあったのだが(当然祖父からの贈り物である)
 なにしろあの日は通学途中だったので、丸腰のままこちらへ来てしまったのだ。
 というか、の時代はたいていの人間が丸腰である。
 携帯のような感覚で、個別に真剣を持っている家の方がおかしい。  
 そういうわけで手ぶらなは試験官あたりから刀を借りて受験しようなどと、のんきな事を考えていた。

 だが今朝、目覚めたら枕元に置かれていたのである。
 濃い紫の布にくるまれた、美しい刀が。
 握ってみれば不思議なほどしっくりとなじみ、細腕でも難なく扱える軽さ。
 は、絶対に政宗からだと確信した。
  
 「勝手に使え」

 刀と一緒に添えられた一枚の紙片。
 その文面と勢いのある筆跡が、あまりにらしかったからである。   
 不器用な当主の温かい心遣いには心底励まされた。

 刀を握り締めつつ「政宗様ありがとう」と手を合わせ拝んでいると、突然視界が暗く陰った。
 何事かと天を仰ぎ見れば、巨大な鷹がの真上を飛んでいる。
 武蔵だ。
 飼い主と同様に、彼もまた気遣ってくれているのだろうか。

 「武蔵…お前も応援してくれるのかね」

 手を伸ばし、は和やかに話しかけたが。


 
キ ケ ー ッ !


 「ギャッ!!痛っ痛…!痛いって!!こンのッ・・
クソ鳥――――!!」

 
ガッツガツ突付かれた。

 武蔵の中では狩りはまだ続いているらしい。
 ほんの一瞬でも、心温まってしまった自分が憎い。
 命の恩人(鷹)の激しすぎる激励に命を落としそうになりつつ、ふらつく足取りでは試験会場へと向かった。





 「あの…政宗様…どうかされたのですか?」

 そう声をかけたのは、試験官を担当している家臣の1人である。
 彼の背後では政宗が、動物園のライオンのように行ったり来たりをずっと繰り返している。
 いつもは姿形に不似合いなほどどっしり構えているというのに、今日の主人は妙に落ち着きがない。
 その不審さに耐えかねての発言だった。
 そもそも、たかが登用試験ごときに当主が顔をだすことなど異例のことである。
  
 「別にどうもしておらぬ」

 政宗は苦虫を噛み潰したような顔で返事をした。
 不機嫌さが前面に押し出されている。
 「うっわー思いっ切りどうかしてるんじゃん」と家臣は思ったが、口答えが許されない雰囲気を前に沈黙するしかなかった。
 しばらく政宗は押し黙ったまま廊下を歩き回っていたが、やがて足をとめ乱暴に腰を下ろした。
 そして、吐き捨てるようにクソッと呟いた。
  
 何故わしが緊張せねばならんのだ

 政宗はどうしようもなく苛苛していた。
 今までならば特に気にも留めていなかった自軍の登用試験。
 だが今回は違う。
 妙に浮ついてしまい、朝餉も落ち着いて食べられない始末である。

 次から次へ、おかしなことばかりする奴だ

 出会いからして妙である。
 真昼間に、天から降ってきたのだ。
 正確には武蔵が放り出したのだが、それにしたって鷹狩の標的になる時点でいかがなものか。  
 あげくに武将としての登用試験。   
 小十郎とのやり取りを障子の外で聞いていたあの時(100%立ち聞き)よく乱入しなかったものだと政宗は自分で自分を褒めてつかわした。
 太刀ひとつ持たぬ身で、何を言い出すのか。  
 慎重そうにみえて、後先を考えない娘である。
 本来ならば「馬鹿め!」と一喝してやりたいところだが、一度好きにしろと言ってしまった手前いまさら口をはさめない。
 ならば放っておけばいいものを、政宗はの為に上等な刀を一振り用意してやった。

 見捨てられないのだ。
 放り出すことが、どうしても出来ない。
 今も、修行なしで試験を受けて怪我でもしたらどうする気だ、と義理もないのに心配している自分がいる。
  
 同情からを保護してやりたい気持ちになってるわけではない。
 政宗は「行き倒れた身寄りのない少女」という立場に深い憐れみを感じるほど情け深くはないのだ。 
 この思いは情が絡んだものではない。 
 では一体何故、あの娘がこうも気にかかるのか。
 その不可解さが彼の苛立ちの原因である。  
 政宗にとってという娘は正体不明なものを沢山抱えた、ひどく不思議な生き物だった。

 「わけがわからん」

 政宗はそう呟き、拳で膝をたたき付けた。

 
  
  
 試験会場には、すでに腕自慢の若武者達がひしめいていた。
 年に一度だけ開かれる登用試験。
 どの顔にも緊張の色が浮かび、空気全体が浮き足立っている。
 想像以上の受験者の数に、はまず驚かされた。
 さすが名門である。
 圧倒的に男が多いが、チラホラと女性の姿も見受けられ少し安心した。
  
 「おい、あそこにいらっしゃるのは政宗様ではないか?」
 「ご当主みずからこのような試験に出向くとは…!」 
  
 聞くとはなしに受験者たちの会話が耳に入り、は思わず振り返る。
 彼らの視線を追うと、仏頂面で鎮座している政宗の姿が目に入った。

 「おい、何だか緊張するな」
 「直々に見ていただけるとは・…感激だ」
  
 奥州を瞬く間に平定した伊達家の若き当主。
 皆、彼の元で仕えたいがためにここへ集っているのだ。
 会場全体に緊張が走る。
 だが同時に、彼らを包む士気も上昇した。
 ”あの独眼竜の目に止まれば…!”といったところだろう。
 だが残念ながら、当の政宗様にそんな気はさらさら無く。
 いま彼の独眼竜サーチはある1人の人物を探すのに大忙しで、それ以外は全てスルーである。
 まったくかみ合わない、政宗の視線と若者達の熱意。
   
 そんな様々な思いが見事すれ違うなか、いよいよ試験の時刻となった。  
 仕切り役の初老の男が立ち上がり、開始を告げる。
  
 「それでは本日の試験内容を発表する」

 そういうと彼は懐から紙片をとりだし、ゆっくりと読み上げた。

 「ひとつめ…剣豪」

 は安堵の息を洩らした。
 恐らく一番得手な課目ではないだろうか(やったことないけど)
 とりあえずが小さくガッツポーズをしていると、もうひとつの種目を知らせる声が響く。

 「ふたつめの種目…」

 は顔を上げた。



 「馬術」



 ガッツポーズが力なく崩れた。
 やはり、晴天に気を許してはいけないのである。