「失礼します鷹姫様」

 が荷物を整理していると、小十郎が現れた。

 「ここを出てゆかれるとか」

 いつもと変わらない笑顔の小十郎は、の前に腰を下ろす。

 「これ以上迷惑かけるわけには、いかないですからね」

 はそう言いながら、畳んだ制服をカバンに押し込んだ。
 荷物の整理とはいっても、持ってきたものはごくわずかなのですぐに終わってしまう。
  
 「小十郎様にも大変お世話になりました。このご恩は…」  
 「あ、それは少し待ってください」

 深々と頭を下げようとしたの言葉を、小十郎は身を乗り出し遮った。

 「実は鷹姫様に就職の話を持ってきました」

 ”鷹姫様”という仰々しい響きに”就職”というリアルな言葉が見事にミスマッチだ。

 「政宗様からお話してもらってもいいんですが、ややこしくなりそうなので」

 確かに。
 いつ話が横道にそれるかわかったもんじゃない。
 最終的に「馬鹿め!」という展開になり、結局大事なことを言いそびれそうである。

 「働き口の世話まで…何から何まですいません」

 恐縮しながらも、はありがたやありがたやと拝むように両手を合わせた。
 祖父に育てられ、染み付いた年寄り臭さがこんなところで顔を出す。
 そんな彼女に、小十郎は更に目を細めた。

 「…この伊達家で働いて頂くのはいかがですか?」
 「へ」

 思ってもいない言葉に、の動きは一瞬止まる。

 「何の働きもしていないにも関わらず、あのような待遇を受けることが耐えられないのですよね?」
 「え?あ…はあ、まぁ」

 その通りであるが。

 「でしたらその分、労働して下さいませんか。これならここに居る理由ができる」

 
にっこり、という効果音が(太字で)彼の背景に見えた気がする。
 反論のスキが微塵もない理論と笑顔だ。
 なんとも言い難い迫力がある。

 「え、ええと」
  
 まったくそのような展開は考えていなかったので、の頭は真っ白だ。

 仕事は欲しい。
 寝床も確保したい。
 伊達家に恩返し。
 ここで働くことが出来れば、すべてがいっぺんに叶うではないか。
 なぜ気付かなかったのだろう。
  
 今すぐにでも食い付きたい大変おいしい就職話だが、は首を縦に振ることを躊躇した。  
  
 「あの、小十郎様」
  
 小十郎に向けられたの瞳には、わずかに不安の色がある。     
   
 「政宗様は…それでもいいと言ってくれますかね?」 
 
 にとって、それが一番気にかかる問題だった。
 もともと伊達家にいるのが嫌で出ていくわけではない。
 むしろ快適な空間だった。
 戦国時代にやってきてしまったことを忘れそうなほどに(問題)
 ここで仕事を得られるなら、にとって一番の理想的な職場である。  

 だが、政宗は許してくれるだろうか。
 さっき、彼の残れという言葉をは思いっきり拒否してしまった。
 最後に見たのは怒ったような諦めたような、そんな顔だった気がする。

 「もう、愛想つかされちゃったかも知れません」

 が困ったようにそうこぼすと、小十郎は心から可笑しそうに笑った。

 「口では何だかんだ文句はつけるでしょうがね……必ずお許しくださいますよ」
 
 ”傍に置ければ理由は何でもいいでしょうから”と、心で小十郎は呟く。
 は、何故そこまで自分を引き止めてくれるのか不思議に思ったがそんなことはとりあえずどうでもいい、と深く考えるのをやめた。
 細かいことまで気にしていられるほど、今の彼女に余裕はない。

 「で、仕事なんですが」

 帳簿のようなものを小十郎はめくり始める。

 「城で働く腰元たちはいま現在定員オーバー気味でして…」
 「あ、いいですいいです」

 は手の平をブンブン振った。
 女中としてではなくても、雇ってもらえるなら何でもいい。
 そう思ったのだが。

 「ではこれはいかがでしょう。法螺貝吹き係」
 「…ほ」



 
法螺貝?




 プア〜ンプアァァ〜ン




 合戦の最中に鳴り響いて、雰囲気を盛り上げるアレである。
 


 「…ごめんなさい吹けません」
  
 なんでもやるとは確かに思ったが。

 「吹いたことがないのですか?」
 「あ、ありません」

 すいません学校で法螺貝は習いませんでした。
 せいぜい縦笛くらいでした。 
 改めて、ここは戦国なのだと思い知ったである。

 「そうですか…まぁしかし、練習すれば3年後くらいには吹けるようになりますよ」

 なんて気の長い話だ。
 が返事に窮していると、小十郎は小声で囁く。

 「吹くフリでもいいんですよ」
 「意味無いじゃないですか」

 なんでこの人、そこまで法螺貝を吹かせたいのか。
  
 「うーん法螺貝は駄目ですか…」
  
 きっぱり断られた小十郎は残念そうに帳簿を閉じる。    

 「では鷹姫様、お得意なことなど何かございますか?」

 小十郎にそう問われ、の頭にはひとつしか浮かばなかった。

 自分が得意な分野で伊達家の役に立てるようなこと。

 「…剣術?」

 驚いたように、小十郎の目がわずかに開かれる。

 「剣が、使えるのですか」

 頷きながら、この為だったのだろうか、とは思った。
 道場の家に生まれ、剣の道を叩き込まれたのは今この時のためだったのかと。
  
 師である祖父は恐ろしく剣の腕が立ち、また恐ろしく厳しい人だ。
 ご近所から「最後の武士」などと囁かれ、悪ガキ共が肝試しに来るほどである(大半は顔を見ただけで泣いて帰った)
 そういった評判のせいか門下生は誰一人おらず、祖父による容赦ない指導はにすべて向けられた。
 ただ厳しいだけならば別にどうってことはないのだが、さすがに武士と呼ばれる男は一味違う。  
 ある程度レベルが上がると「魂で斬れ」などと精神論を語りだし、竹刀ではなく真剣を握らせるのである。
 子供が行う修行の域を軽く超えている。
 下手したら国家権力に捕獲されそうな話だ。
 おかげでは小学校の頃のあだ名は、「武士道」であった(本気で嫌だった)

 しかし今がいるここは、まさに武士の時代。
 最後の武士に育てられた身としては、この世で剣を振るうことが自分の役割のように感じられた。
 (そうでもなきゃ、法螺貝を吹かされるハメになるかも知れないし)←本音

 「伊達軍の戦力として、雇ってもらえませんか」
 「…登用試験というものを受けていただくことになりますよ?」
  
 小十郎の言葉には、黙って頷いた。