伊達家に保護されて早や二週間。
 初めは起き上がるのが精一杯のだったが、今ではすっかり体力も戻り
 寝てばかりいることを苦痛に感じるほど回復していた。
 衝撃的事実を告げた政宗公は、あれから毎日のようにの部屋にやって来る。
 ちょうど良い退屈しのぎなのだろう。
 ただ、その度「あまり騒がれると、鷹姫殿のお体に障りますよ」と小十郎にたしなめられているが。

 「おい、また来るぞ!」

 そう言って、いつも政宗は引きずられつつ退場する。
 口は悪いが彼は面倒見がいいのかも知れない。
 そんなやんちゃ当主の撤収役・小十郎も何かとの世話を焼いてくれる。
 当主が型破りなせいだろうか。
 周りを固める武将や家臣は反対に、皆真面目で実直だ。
 (さぞかし政宗に手を焼かされ、胃の痛い毎日を送っていることだろう)
 総じて礼儀正しく、どこの馬の骨とも知れない小娘に対してもそれは変わらない。  
 最初こそ戸惑ったが慣れてしまうとあまりの居心地の良さに、はすっかりリラックスしきっていた。
 要するに伊達家での待遇は、素晴らしく良かったわけである。
  
 しかし、長々とここにいる訳にはいかない。
 衰弱しきっていたからこそ、政宗は拾ってくれたのだ。
 元気に回復した今、ここに留まる意味も理由も権利も無い。
 その好意の上に胡坐をかいていつまでも居座わっていては、恩を仇で返す行為にほかならないだろう。
 立ち上がる力を取り戻したは、そろそろ身の振り方を考えねばならなかった。
 これからどう生きてゆくか、である。

 以前は学生という身分だったが、こちらの世界で考えるとくらいの年頃の娘は奉公に出ているのが当たり前だ。
 のんきに勉強が仕事などと言える時代ではない。
 自分の生活は己の手で支えてゆかねばならないのだ。
 慣れない世界で生き抜くということは、かなり不安なものである。
 身寄りもなければ知り合いも当然いない。
 頼れるものなど何ひとつないが、それが逃げようもない現実である。
 それに今のままでは、命の恩人である政宗に礼をすることができないだろう。
 すぐには無理でも、出世払いで勘弁してもらおう、とは考えていた。
  
 その為にも、やはり職に就くことはどうしても必要だった。


  

 「別にこのまま居れば良かろう」

 不機嫌そうな声が部屋に響く。
 目の前には、腕を組んだ姿勢でこちらを睨みつける隻眼の当主。
 今にもビームが発射されそうな片目の眼力に耐えつつ、は口を開く。
  
 「もうすっかり元気になりましたし、いつまでもタダ飯食わせてもらうわけにはいきません」

 は悩んだ末に出した結論を、早々翌日に切り出した。
 しかし、政宗は思いっきり顔を歪めてその申し出に首を振るばかりである。

 「ここを出てどうする気だ。行くあてがあるのか」
  
 政宗は知っている。
 が見知らぬ土地からここへ迷い込んだこと。
 帰るすべが全くないこと。
 頼る親類縁者など何もないこと。
 他でもない、床に伏していたの口から聞いた話だ。
 ダテに毎日顔をだしていたわけではない。
 伊達だけに。
 
うわー寒ー。

 「行くあてはまだないですけど、どうにかします」 

 これ以上迷惑をかけられない、というつもりで言ったのだが政宗にはそれが気に食わないらしい。
 今まででも充分苦みばしっていた表情が、ますます険しくなってゆく。  

 「お前は何か?この伊達が女一人を養うぐらいで揺らぐ身代だと思っているわけか?」

 顎をやや突き出し、責めるような口調の政宗には焦った。

 「あ、いや。そういうことではなく」 

 だって、伊達家の懐具合など心配しているわけではない。
 小娘1人を扶養していくぐらいこの軍にしてみれば大した負担ではないだろう。
 しかし、これは金云々の話ではなく気持ちの問題なのだ。  
 何の苦労もせず、立派な部屋で上げ膳据え膳の生活を送れるほどの神経は太くはない。

 「お前はここに居て、たまにわしの相手でもしてればそれでいい。生活を保障してやる、と言っているのだぞ」
  
 この屋敷に留まることで得られる安泰な生活。
 まるで武家の姫様のような暮らしぶりだ。
 こんな素性も知れない女に対して勿体無いくらいの申し出である。

 だが。  
 は、まっすぐ政宗のしかめっ面を見返した。
 見つめたまま、小さく首を振る。
 
 「何故だ!」

 思わず、政宗は立ち上がった。
 声こそ荒げなかったが、自分の出す破格の条件に全く応じようとしないに苛立ちを隠せない。

 「ありがたい話ですが…私にはありがたすぎるんです」
 「ありがたすぎる?」
 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」

 そう言われて育てられた、とは云う。
 役割を果たしてこその人生だ、と。
  
 「…」

 しばらく政宗はをじっと見下ろしていたが、やがてふっと視線をはずした。
 そして、彼にしては珍しく諦めたような溜息を、大きく吐く。

 「…おかしな奴だ。普通の女なら泣いて喜ぶ処遇だぞ」
 「すいません」

 とりあえず謝ってみる。

 「ふん…好きにしろ」

 プイとそっぽを向き、政宗は大股で部屋を出て行った。
 相変わらず俺様な感じだが、ヘソを曲げたような後ろ姿は妙に可愛らしい。
 帰りがけに独眼竜ビームを乱射されてはたまらないので、もちろん黙っていたが。
  


 「おや、政宗様いかがされました?」

 いつものニコニコ顔で、小十郎は主人を呼び止める。
 機嫌悪なオーラを撒き散らしている当主を見かけた場合、まず他の家臣ならばそっとしておくのだが、彼は別である。
 政宗の肝が鋼鉄ならば、小十郎の心臓はダイヤモンド製だ。
 穏やかな表情の下には、サイボーグのような精神力がある。
 そうでなければ、政宗の右腕などつとまらない。
  
 「あれがこれ以上わしの世話にはならんと」

 小十郎と視線を合わすことなく、そっぽを向いたまま、政宗は答えた。
 アレとは何ですか、などと聞くほど小十郎は野暮ではない。
  
 「出てゆかれるのですか?」
 「若いうちの苦労は買ってでも…などとほざきおった」  
  
 小十郎は、吹き出しそうになるのをぐっとこらえた。
 の台詞に笑えた訳ではない。
 しばらく世話をしていた2週間で、がどのような性質の人間か小十郎には分かっていた。
 彼女は権力や財産の奥で守られるのを望むような、安っぽい娘ではない。
 その外見からは考えられぬほどに、根っこはたくましく出来ている。
 がそういう事を言うのは、何となく予想できた。
 小十郎が可笑しかったのは、それを面白くなそうに語る政宗の表情である。
 名門伊達家の頂点に君臨する若き当主・伊達政宗の威厳など、どこにもみられない。
  
 「思い通りにならない鷹姫様に腹を立てているわけですか」
 「どういう生き物なんだ、あれは」
 「まっすぐな気性をお持ちなんでしょう。あまり抜け道など考えぬ種類の生き物ですよ」
    
 政宗様と同じではないですか、と小十郎は続けて呟いた。
 ますます政宗は顔をしかめ、舌打ちした。

 「それに政宗様の傍にいるのが嫌だというわけでもないでしょう。基本的に意味なくちやほやされる贅沢暮らしが向いてない方なのかと」
 「…わかっておるわ」
  
 自分自身がその手で拾ってきた女だ。
 何かによっかかって生きようとするタイプでないことは、政宗だって知っている。

 どこか違うのだ、他の娘とは。他の人間とは。
 取り立ててどこがどうだとは説明できないが、とにかく違う。 
 だから面白くて、傍に置いておきたいと思っただけだ。

 それなのに、どうしてうまくいかない?
 どうしてこんなに腹が立つ?

 胸の内で駆け巡る、もやもやとした不愉快な何かを掴みきれない。
 政宗は唇を強く噛んだ。



 「政宗様」
 「なんだ」
 「思春期ですね」
 「死んでこい」