「ようやく起きたか!!遅いわ馬鹿め!!」


 ブホッ
  
 いきなり、大声とともに壊れんばかりの勢いで襖が開けられて、のんきに粥などすすっていたは思い切りむせた。
 人の良さそうな青年が部屋を去ってから、間もなくのことである。
  
 「なんだなんだ。いくら腹が減っていたからと言って、そんなにがっつくこと無かろう」
 
 むせているのは一体誰のせいだ。  
 ゴホゴホ咳き込みながら、は必死で胸を叩く。
 原因である声の主は愉快そうに笑い、ズカズカ部屋に侵入してきた。
  
 「あんまり目覚めないから、そのままくたばるかと思ったが…」

 男はそのまま布団の脇にドカッと胡坐をかいた。
 息切れしているの、涙目に映ったその顔。

 「あ」

 を担いだ、あの眼帯の少年だった。

 「眠っている間に飲ませた薬湯が効いたらしいな。顔色も悪くない」

 驚き顔のをジロジロ眺め、うんうんと彼は頷いている。 
 今だチャンスだ。
 飢えていたせいで、さっきは自ら質問タイムを逃してしまった。
 今回こそ、とは口を開く。

 「あのですね、これは」  
 「うむ、放っておいたら死にそうだったんでな、わしが拾ってやった。ありがたく思え」

 の台詞を最後まで聞こうとせず、みなまで言うなという勢いで少年は返答した。
 気を失ったあの後、はここへ運ばれて手厚い看護を受けていたらしい。
 抱え上げられた時は本気で売り飛ばされると思ったが、とんだ勘違いだったようだ。
 それにしても、なんだって一体こんなに偉そうなんだ。
 どう見ても子供なのに、つい敬語になってしまう自分も悲しい。

 「武蔵にも礼を言うんだな。お前をわしの前に連れて来たのはあいつだ」
 「むさし?」

 はて、なんの話だろう。
 この少年に会う前に、誰かに助けられた覚えはない。  
 が首を傾げると、ニヤリと笑って彼は口笛を吹く。
 その直後、突然窓から黒く大きなものが部屋の中に飛び込んできた。

 「うっわ!!」

 その物体は少年の頭上で動きを止め、彼の伸ばした腕へと降りる。
  
 「コイツが武蔵だ」

 大きな。
 大きな鷹。
 羽を広げれば2メートル近い体長がありそうだ。  

 「天狗山付近で鷹狩りをしてたら、武蔵が急にいなくなってな。しばらくしてお前を掴んで戻ってきおった」
  
 獲物といえば、いつもはせいぜい野兎か狐くらいなんだがな、と少年は面白そうにを見る。
 
 「人が獲れたのは初めてだ」
 「…」
  
 峠で倒れた後、体が浮いていたのは別に死にかけたからではなく。
 鷹に狩られていたわけですか。
 要するにエサ扱いだったと。

 あの時の空中浮遊が、現実のものだったとは驚きである。
 てっきり臨死体験でもしたかと思っていた。
 しかし、もし途中で大鷹がを手放していたら、それこそ本気で三途の河を渡ることになっていただろう。
 危うく大霊界だ。

 恐ろしいのか情けないのか恥ずかしいのか。
 どう感じるべきなのか、迷うところである。
 だが、自分が鷹姫と呼ばれていた理由はなんとなく理解できた。

 「鷹に運ばれてきたから”鷹姫”…」
 「いいだろう?わしが直々に考えてやった称号だ。名がないのでは不便だからな。お主がなかなか起きんからだぞ」

 別に好き好んで寝込んでたわけではない。 

 「3日も眠っておったんだぞ、お前。小十郎が…さっき男が部屋におっただろう。あれのことだ。さっきあいつから知らせを受けてな。いい加減、わしも待ちくたびれた」
  
 少年のその台詞に、は先ほどの青年の言葉を思い出した。
 
 
ご当主に報告して参ります

 小十郎と呼ばれた男は、確かにそう言って部屋を出て行った。
 その後、ここへ来たのは粥を届けてくれた腰元の女性を除いて、この隻眼の子供だけだ。
 では、彼の云っていたご当主様というのは。

 「…今更なんですが、一体どちら様なんでしょうか」
 「なんだ?知らないで今まで口を利いていたのかお前は」    
   
 少年は呆れたようにそう言ったが、口を挟むヒマも与えなかったのは自分である。

 「わしは伊達政宗、伊達家の17代目当主だ」
  

 ダ テ マ サ ム ネ


 一瞬、の脳内機能が停止した。
 漢字変換が上手くはたらかない。  
 眼帯を指差し、彼は続ける。  

 「独眼竜ともよばれているな」

 独眼竜政宗。
 伊達政宗。
 名菓・萩の月とならんで有名な仙台名物である。
 奥州を平定した、片目の武将。

 偉そうな、ではなかった。
 事実、偉かった。

 「あらららら」

 歴史的人物を前にして、間抜けな返事しかできない
 言ってる本人も何に対してアララなのかよく分からない。
 薄々は気付いていた。
 ここがそういう世だということ。    
 あの日目撃した武田騎馬隊の”風林火山”の旗が教えてくれたのだ。
 ここは日々国取り合戦が行われている戦国時代なのだと。 
 
 だが覚悟していたとはいえ、決定的になるとやはり動揺してしまうものである。
 その上、目の前にいる相手が伊達政宗。
 これは予想外の展開である。
 
 ・伊達政宗に命を助けられた
 ・思ったより小さな伊達政宗 
      
 どっちに驚いていいんだ。
 その命の恩人である政宗に対して売り飛ばされると疑ってかかった己の無礼さも見逃せない。
 状況をまとめきれないの頭に、暴れん坊将軍のテーマ曲が鳴り響く(全然政宗に関係ない)
  
 
 「…おい、お前」

 政宗は呆然としているの頬に手を伸ばして、一言。

 「さっきから米粒ついてるぞ」

 そういう事はもっと早く言ってやれ。