「どうぞ、こちらになります」 「…フン」 ズルズルと長い裾をひきずりながら、男は案内役の女官の後ろを歩く。 呉国へ訪れる二人の来客。 その内の1人の使者、魏からやって来たのは司馬懿仲達だった。 その顔は、いつにも増して不機嫌である。 なぜ、私がこんなことをせねばならんのだ! そもそも司馬懿は、今回の交渉に乗り気ではなかった。 曹操の何でも欲しがる病に付き合わされるのはもう慣れっこだが、なんでわざわざ自分が呉まで赴かなければならないのか。 司馬懿は呉が苦手である。 もちろん蜀が得意というわけではない。むしろ嫌いだ。憎い。 が、呉はどうにも関わりたくない。 国がどうと言うより、陸遜という軍師が問題であった。 奴には無双2において、弓矢で狙われ血を流させられた恨みがある。 それでなくても貧血気味だというのに、腹立たしい話だ。 しかもあろうことか無双3では、ただの矢では飽き足らず自ら火矢を放ち出したではないか。 なんと恐ろしいガキだ。 次に会い見えた時は傷くらいじゃ済みませんよ、という脅しのつもりか。 そんな心が病んでいる子供のいる国など、ロクなところではない。 まともな話し合いなど望めないだろうと、司馬懿はイライラしながら軽く舌打ちをした。 「もうすぐ参りますので、お掛けになってお待ちください」 通された部屋は広く、豪華なつくりであった。 交渉はここで行うらしい。 移動する手間がはぶけて何よりだ、と思いながら司馬懿は椅子に腰掛ける。 「おや、司馬懿殿」 「…諸葛亮!!!」 司馬懿は、座ったままのけぞった。 目の前には、憎き蜀の軍師・諸葛亮孔明。 相変わらず、わざとらしい白い装束で身を固めている。 「な、な、何故このような場所に貴様が!」 司馬懿が黒羽扇をブンブン振りかざすと、諸葛亮は涼しい目元を白羽扇から覗かせる。 「少々呉国と交渉を…譲って欲しいものがありましてね」 「!貴様もか…」 どこの君主も同じ事を考えるらしいな、と司馬懿は鼻で笑う。 しかし、面倒な展開だ。 あの若ツバメだけでも勘弁して欲しいのに、その上諸葛亮までが。 司馬懿の顔色は更に悪くなる。 「失礼。遅くなった」 扉を開けて、入ってきたのは意外なことに孫権。 彼が今回の交渉にあたるのか・・・ と、思ったら。 「お待たせしましたね」 その後ろに、バッチリ黒い影があった。 「2人1組ですか」 「ええ、じっくり話し合いたいと思いまして」 先ほどの騒ぎで散々揉めた結果、このようなコンビネーションで交渉に臨む作戦となった。 殿の孫策では、話し合いにならない(君主としてどうなんだ) ここは頭がキれ、そして押しの強さもある陸遜が最適。 しかし、彼だけでは相当不安である。 一応マッチなどの火気は取り上げたが、油断は禁物。 そこで多少気弱ではあるが良識を持つ孫権を、中和剤として同行させることにした。 周瑜に任せようという案も出されたが、「会議中に吐血されても困るから」ということで却下。 (というか、その場で発言をしている周瑜の口の端からすでに血が見え隠れしていた) 「…さて、」 卓についた陸遜が顔を上げ、客人2名に笑いかけた。 「本日はこの呉へ、お招きもしていないのにようこそいらっしゃいました」 早くも戦闘態勢である。 かかって来いよ、と言わんばかりだ。 「…いやなに。たまには、このような貧弱な国を見るのも面白いかと思ってな」 「いずれ我が殿の領地となる場所ですから…自分の庭のようなものですよ」 さすがは国を背負う軍師2名。 そう簡単にひるんだりはしない。 「は、始まったぜ…軍師版三すくみが」 残りの呉軍連中が、ハラハラしながらもコッソリ扉から中を伺っている。 「ハハハご冗談ですか、お二方。面白いのは顔と衣装だけで充分ですよ」 パリン 「ヒィ…杯が…!」 張り詰めた空気に耐え切れず、孫権の杯にヒビが走った。 もはや人が生存できる空間ではないのか。 「権兄…あの場にいて無事に済むかしら」 戦場に赴いた兄の安否を、隙間から覗く妹が気遣っている。 行け、と命令したのもその妹なのだが。 「り、陸遜・・・穏便にな」 孫権は殺し屋の目をした陸遜を、消え入りそうな声でいさめた。 裏声ですら出ない。 はっきりいって孫権様、もはや限界。 今すぐにでも自重したいところである。 出来ることなら消え去りたい気持ちだが、ここは絶対に退くわけにはいかない。 全身に3名が放つ怪電波を受けながら、「の為だ」と孫家の次男坊はめげそうな己を奮い立たせる。 「とにかく、はじめてくれ」 「…では早速ですが、本題に入らせて頂きますよ」 囁くようにそう発言し、諸葛亮はスッと立ち上がる。 「簡潔に申し上げます。書簡で予め明記した通り、朱雀様をこちらでお迎えしたい」 ピクリと反応した陸遜を気に留める風でもなく、諸葛亮は言葉を続けた。 「その代わりと言ってはなんですが、荊州を…お返しします。」 「なっ…!」 荊州といえば、呉が蜀に騙し取られた領地ではないか。 諸葛謹やら周瑜やらが、過去何度も返還を要求しているが一度も色好い返事は得られなかった。 それを、と交換で返そうというのだ。 「・・っあれはもともと呉のものだ!」 「過去はどうあれ、今現在は蜀の土地ですので…」 そこまで言った後、諸葛亮は「ああ」と思い出したように頷いた。 「”お返し”というのは適当ではありませんね…我が領土、荊州をお譲り致しますよ」 「…そうまでしてが…朱雀の力が欲しいか」 押し殺したような孫権の声。 卓上の拳は固く握られ、震えている。 「もちろん朱雀様の能力も、ですが…実はそれ以外にも彼女を欲する理由がありまして」 「それ以外?」 陸遜が片眉を上げる。 「私共の軍は武力知力ともに申し分ないのですが、どうも華やかさに欠ける・・要するにむさくるしくて敵わないのです」 扇をユラリユラリと仰ぎながら、諸葛亮はどこか遠くを見るように視線をはずした。 陸遜の熱視線から逃げているのか。 「蜀軍の中に潤いを、という意味でも朱雀様に来ていただきたい」 「待て!!」 しばし場の雰囲気に乗り遅れ、諸葛亮のペースで持っていかれそうになっていた司馬懿が突然立ち上がる。 「華がないのは我が国、魏も同じことだ!むさ苦しいのは、お前の軍だけではない!」 何の自慢だろうか。 そんなことで対抗しても一銭の得にもならないと思うのだが、司馬懿のこめかみには青筋が浮かんでいる。 とりあえず必死らしい。 「魏にはいらっしゃるでしょう?甄姫殿は人妻ですが。もう1人…華というか蝶が」 「あやつを数に入れるな!!」 なるべくなら考えたくない部分を突っ込まれて、司馬懿はご立腹である。 確かに、あの美の妖精で心を癒せと言われても無理な話かも知れない。 そのまま2名の軍師の間で"我が家のむさ苦しさエピソード"が二つ三つ飛び交った後、おもむろに諸葛亮が孫権へ顔を向けた。 「…そんなわけで朱雀様を頂けませんか」 「そんな理由でをやれるか」 普段はいじめられッ子だが、さすが孫家の次男。 威厳たっぷりに孫権は要求を突っぱねた。 「まぁそんなこと言わずに…国では女日照りで腹をすかせた武将達が、私の帰りを待っているんですから」 「ますますやれるかそんな国!!!」 「おお、ならば魏軍で迎えよう。蜀と違って腹をすかせているのは殿だけだ」 「おととい来やがれ」 卓に閃飛燕を突き立てて、今まで大人しかった陸遜は満開の笑顔で司馬懿に応えた。 またしても悪魔が復活してしまったようである。 「よいか、良く聞け」 陸遜がチャ-ジ1を放出しようとするのを孫権は慌てて手で制し、2人の軍師に向けて口を開いた。 「荊州は確かに我が国にとって非常に重要な拠点だ…今でも喉から手が出るほどに欲しい」 他のメンバー同様、扉から中を覗いていたはゴクリと喉を鳴らした。 「…だが、所詮は只の領地。たとえが朱雀でなくとも、秤にかけるまでもない!は呉の人間だ。これからもそれは変わらん!!」 「よぉっし!よく言ったぜぇぇぇ!!」 バーン!! 「兄上!…とお前ら」 外から孫策が勢い良く扉を蹴破り、覗き見していた武将達がゴロゴロと前倒しの状態で転がり出てきた。 一番前で見ていた甘寧が当然下敷きとなり、大層苦しそうである。 「痛ぇな、お前ら!重い…から…早くど…け…!」←段々声にならなくってきている 運良く雪崩の難を逃れたは、孫権の言葉がよほど嬉しかったらしく涙ぐんだ目をゴシゴシとこすっていた。 本当は少し不安だった。 朱雀としてしか、自分は価値がないかも知れない。 荊州が懸かっているならば、他国へ引き渡されるかも知れない。 しかし。 『たとえ朱雀でなくとも』 の視線に気付いた孫権は照れたような顔で、安心させるようにゆっくり頷いた。 隣の席の陸遜もさきほどのものとは全く違う、彼女にしか見せない柔和な微笑みを浮かべる。 はそれに笑顔で応え、自分の愚かさを恥ながら心から呉という国に感謝した。 「そういうわけだから、土地のひとつやふたつでをやるわけにはいかねぇぜぇ!」 重なった武将を掻き分けながら部屋へと入ってきた孫策は、の頭をポンポンと叩く。 「…でもよ、無理だからハイもう撤収つって帰ってくれるわきゃないよな」 チラリと孫策は黒と白の他国軍師へ視線を投げた。 「交渉とかいうモンは面倒くせぇからもう無しだ。分かりにくい…その代り、チャンスやる」 「チャンス?!」 「…ほう?」 「ウチの陸遜とお前らの3人で勝負しろ。は勝った奴の国のモンだ」 難しい話が嫌いな(理解できない)孫策は、君主の権限でいきなりそんなことを言い出した。 背筋と上腕二頭筋で思考するやんちゃ殿様には、政治的交渉は無駄である。 しかし実際、交渉らしい交渉をしていたのは諸葛亮だけで、司馬懿は特になにもしていない。 自国の男臭さを熱弁していただけだ。 ロクに条件も喋らせてもらえず打ち切られた彼は、なかなかに気の毒である。 「私は特に異存ありません」 動揺した様子もなく、諸葛亮は了承した。 しかしもう1人の方は。 「し、勝負だと!馬鹿馬鹿しい、やってられん!!」 とりあえず反発、なキャラクター司馬懿。 「司馬懿殿、潔く受けてはいかがですか」 「そうですよ男らしくない」 「やかましい!冷静さを求められる軍師のすることではないわ!」 この場で一番冷静さを失っているのは、間違いなくその台詞を言っている本人だ。 彼の反応を予想していた赤い軍師は、一言呟いた。 「…よほど自信がないようですね…クスクスクス」 「な、な、何を言うか馬鹿めが!そんなわけがなかろう!!よ、よしギッタンギッタンのメッタンメッタン(ジャイアン風)にしてくれる!!」 挑発にのりやすい男ナンバーワン(無双調べ)は、本日も絶好調である。 赤子の手をひねるより易し。 「陸遜、俺が軍師さん達に用意したのはチャンスだけだからな。勝ちはくれてやるなよ」 ニヤリと笑った孫策に対し、陸遜は「勿論です」と拱手で応える。 かくして、ここに夢の3大軍師対決が実現した。 ← 戻 → |