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インドネシアの経済
インドネシアの話題(一般-07〜)
186,シティ・バンクの元社員に8年の禁固刑440万ドル横領の罪(2012-3-8)
185.スリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相、世銀常務理事に転出(2010-5-5)
184.闘争民主党、メガワティ党首と夫キエマスと対立(2010-3-26)
183.第2次ユドヨノ政権発足(09年10月22日)
182.アブリザル・バクリがゴルカルの党首に(09年10月10日)
181.爆弾屋の総元締めノールディン・トップついに死す(09年9月17日)
180.SBYは副大統領候補にブディオノ中銀総裁を選ぶ(09年5月12日)
179.どうなったインドネシアの国会議員選挙(09年5月4日)
⇒インドネシア国会議席決定、民主党第1党に(09年5月10日)
178.タイム社スハルトの名誉毀損裁判で勝利(09年4月22日)
177.250人乗りのフェリーが暴風で沈没、スラウェシ沖で(09年1月11日)
176.インドネシア銀行元幹部、次々に取り調べ(08年11月7日)
175.最高裁判事の定年延長法案間に合わずバギール長官退任へ(08年9月26日)
174.中国企業が大挙インドネシアに工場移転(08年9月6日)
173.インドネシア銀行ミランダ副総裁選任スキャンダル(08年9月4日)
172.インドネシアで公害発生企業には地方政府が特別課税検討(08年7月15日)
171.インドネシアで停電頻発、日系企業が抗議(08年7月9日)
167⇒スリ・ムルヤニが経済調整相を兼務(08年6月16日
169⇒アーマディヤに対する禁令(省令)ついに出る(08年6月11日)
138.⇒インドネシアでTEMASEKは携帯電話会社の持株比率を引き下げ判決(08年5月12日)
170.インドネシア最高裁、会計検査院の調査を拒否(08年4月29日)
169.イスラム教のアーマディヤ・グループに対する排斥運動高まる(08年4月21日)
168.西ジャワ、北スマトラ州知事選挙でPKS候補が連勝(08年4月17日)
167.次期インドネシア銀行総裁にブディオノ現経済調整相(08年4月9日)
166.中国の銀行(ICBCとCCB)がBIIの株式取得の意向(08年3月3日)
⇒BIIの株式は結局マレーシアのMaybankが取得(08年3月26日)
165.SBY大統領マレーシアでインドネシア人労働者への保護を要請(08年1月11日)
164. インドネシアの政府関係機関は1,737ヵ所も不適性な会計(07年12月18日)
163. インドネシア検察庁、BLBI問題でサリム・グループを再度取り調べ(07年12月13日)
162.スラカルタ博物館から古代の石像盗難、買主は?(07年11月24日)
49.⇒ジャカルタの最低賃金は08年1月から8%アップの972,604ルピア (107ドル)に(07年11月7日)
161.インドネシアでは食糧不足の懸念、世界的コメ生産の減少で(07年11月2日)
160.インドネシア日本大使館前で3000人の労働者が工場閉鎖反対デモ(07年10月25日)
152.⇒トミー・ウィナタ(Tomy Winata)スンダ海峡大橋を10億ドルで建設計画(07年10月4日)
146.⇒POSCO,カリマンタンの鉄道敷設計画のFS開始(07年9月21日)
159.インドネシア、シンガポールとの防衛協力と犯人引渡し協定とを締結せず(07年9月19日)
158.インドネシア国営航空機製造会社ついに破産(07年9月5日)
157.インドネシアで9.30事件記載の教科書3万冊を焼き捨てる(07年8月8日)
156.中国がインドネシアの海産物を全面輸入禁止(07年8月6日)
155.北スマトラ州では乞食に施しをすると罰金(07年8月3日)
146.⇒インドネシア、韓国とエネルギー協力協定締結(07年7月27日)
154. EUは全てのインドネシアの航空会社の飛行乗り入れを禁止(07年6月30日)
153.インドネシア検察庁、スハルト元大統領に11.5兆ルピアの損害賠償請求(07年5月27日)
152.ジャワとスマトラを結ぶ長大橋の建設検討開始(05年5月13日)
78-3..ニューモント社への公害訴訟で米人幹部に無罪判決(07年4月25日)
144.ラピンド事件⇒熱泥噴出孔にコンクリートの玉を投げ込む作戦(07年3月23日)⇒PartIIへ
149.ユドヨノ大統領、CGI(インドネシア債権国会議)解散要求へ(07年1月27日)
148. 国連安保理のミヤンマー決議案棄権でインドネシアへの批判高まる(07年1月17日)
国連安保理事会で米国が提出したミヤンマー決議案(アウンサンスーチー女史ら政治犯の全員釈放要求)に中国とロシアが拒否権を発動するという行動に出て1月12日に否決されたが、安保非常任理事国であるインドネシアがなんと「棄権票」を投じていたのである。
これにはASEAN内部からも強い批判が出ているばかりか、インドネシア国内でもインドネシア外務省の行動に対する不満が噴出しており、国会の中でもユドヨノ大統領や外務省に対する反発が強まっている。
ASEAN国会議員連盟が組織するAIPMC(ASEAN Inter-parliamentary Myanmar Caucus=ASEAN国会議員連盟ミヤンマー委員会)のジョコ ・スシロ(Djoko Susilo)委員長は自国のインドネシアがまさかこんな行動に出るとはつゆ知らず、完全に梯子を外された格好になってしまった。
インドネシア国会でも当然問題になり、マルズキ・ダルスマン(ゴルカル、元検事総長)といった人権派国会議員も これはインドネシアの名誉にかかわる大問題であると息巻いている。
インドネシアの国連大使が棄権票を投じるには本国の外務省の許可を貰っているはずであり、それがユドヨノ大統領の了解のもとにおこなわれたかどうかが問題である。
このときユドヨノ大統領はフィリピンにおり、留守番約のユスフ・カラ副大統領が決済した可能性も残されている。いずれこの件でユドヨノ大統領はインドネシア政府の立場を明らかにせざるをえなくなるであろう。
いずれにせよ、この件ではインドネシアはASEAN内部できわめてまずい立場に立たされることになってしまった。もともと、インドネシア外務省は保守的性格が強いといわれ、人権問題などで前抜向きの動きをしている様子はあまりみられない。
外務省は「安保理で政治犯釈放を決議するのは筋違いで、人権委員会でやるべきだった」などといっているが、苦しい言い訳にしか過ぎない。外務官僚などという超エリートは「人権問題」などには大して関心がない人物が多いのである。わが国の外務省はその点は違うと信じたい。
149.ユドヨノ大統領、CGI(インドネシア債権国会議)解散要求へ(07年1月27日)
ユドヨノ大統領はインドネシアの財政不足を国際的に支援するグループであるCGI (Consultative Group on Indonesia)=インドネシア債権国会議を2007年中に解散することでIMFや関係国に働きかけをおこなっていることを1月23日(火)に公表した。。
すでに経済的な安定を確立したインドネシアはもはやCGIといった国際的な資金援助機関は不要になったということでインドネシア訪問中のIMFのロドリゴ(Rodrigo de Rato)専務理事とも話し合いをおこなったと見られる。ただし、ロドリゴ専務はなにも聞いていないといっている。
これには日本などの大口債権国も同意しているという(真偽は不明)。最近CGIに加盟していない中国が巨額援助を申し出るなどインドネシアにとっては「都合の良い(?)」条件が出てきた。また主要な債権者は世銀、アジア開銀と日本である。
しかし40年以上の歴史もあり、インドネシア政府の意向だけでは簡単に解散できるかどうかは疑問が残る。
経済危機の最中に起こった1965年9月30日クーデタ^事件でスカルノ大統領が失脚し、スハルト将軍が政治的実権を握った直後、1996年9月にインドネシア援助国会議IGGI(Inter-Governmental Group on Indonesia)が米日英なごの主要国とIMF・世銀などが集まってインドネシア経済をどう建てなおしていくかという国際会議がもたれ、それがCGIという形で今日まで続いている。
インドネシア政府にとっては、多額の負債は残しているものの従来のように国家予算やプロジェクトの立案・推進にいたる主要議題をいちいちCGIの了解を取り付ける必要はなくなったと判断したものと考えられる。
インドネシア政府としては国有財産の売却や国債の発行などで必要な財政資金を捻出するほか、外国とは個々の協議で借り入れを決めて行きたいとしている。
しかし、汚職体質からの脱却がままならない現在、インドネシア政府が考えているような独自の外貨借り入れが簡単に出来るかどうか疑問が残る。
07年2月はじめからインドネシア政府はシンガポールに埋め立てよう土砂の輸出禁止を実施している。シンガポールは国土が少ないため、埋め立てによって海岸を拡張しているが、その埋め立て用にインドネシア領リアウ諸島の海砂を輸入していた。
海岸線が拡大することによってシンガポールとインドネシアの国境の線引きで紛争を生じるほか、インドネシア海域の環境問題にも影響し、漁民から漁獲が減るなどの苦情が出ていた。
さらに、地方政府が砂の密輸を行い役人が私服を肥やすスキャンダルも後を絶たなかった。
これらの禍根を断ち切るためにインドネシア政府はシンガポールへの土砂の輸出を一切禁止したのである。
しかし、インドネシア政府の狙いは別なところにあると見られえいる。
現在インドネシア政府はシンガポールに対し「犯人引渡し条約」を締結するように迫っている。これに対し、シンガポール政府は口先では了解したとしながらも一向に実行する気配がない。この条約に署名させるのがインドネシア政府の狙いだという。
歴史的にインドネシアで汚職や持ち逃げなどの犯罪者(その大部分は華僑・華人)がシンガポールに逃げ込み、インドネシアとしては彼らを逮捕することも取調べをおこなうことも出来ない。
具体的にはSukanto Tanto(サリムが失脚した現在インドネシア最大の金持といわれる)、Sjamusul Nursalim, Liem Sioe Lion(サリム・グループの創始者)、Eka Tjipita Widjaja(シナルマス・グループの創始者)、Bambang Sutrisno, Agus Anwar, Lidia Muchtar, Pauline Maria Lumoaなどの名前が雑誌テンポに上がっている。
シンガポール在住の大金持5万5千人中、1万8千人がインドネシア人(華僑・華人がほとんど)であるといわれている。彼等は高級マンション(コンドミニアム)や広壮な住宅に住んでいる。彼らの資産は870億米ドル(≒10兆4000億円といわれる膨大なものであり、その多くが何らかの不正(汚職や脱税やサギ)とかかわっていると見られている。
シンガポール政府はこれらの華人の大金持ちの隠れ家を提供しているというのがインドネシア側の見方である。彼らはインドネシアで荒稼ぎしたカネをシンガポールに持ち込み、そこで資金を運用し、また不動産投資をおこなうなどしてシンガポール経済の支えともなっているのである。
特にひどかったのは1997年98年の通貨・経済危機の時であった。
おいそれと彼らをインドネシアの司直の手には引き渡せないというのがシンガポールの立場であろう。
一方、インドネシア政府は自国の投資環境改善のためにも汚職撲滅が必要であるとして最近かなり熱心に取り組んでいるが、しばしば華人が絡んでおり、彼らに追求の手を伸ばそうとすると、既にシンガポールに逃亡していたという話しが後を絶たない。
これを打開しようとしたのが両国の「犯人引き渡し条約」である。業を煮やしたインドネシア政府はシンガポールの泣き所の砂の輸出を禁止し圧力をかける作戦に出たというのが今回の真相である。
ところが最近インドネシア政府は砂ばかりではなく「花崗岩」の輸出も禁止する措置に出たという。公式には「花崗岩の禁措置はおこなっていない」というのがインドネシア政府の言い方だが、花崗岩を積んだバージの出港を差し止められているという。
これによってシンガポールの建設業界はかなり打撃を蒙る可能性がある。
(ジャカルタ・ポスト、07年2月26日、テンポ07年3月5日他参照)
インドネシアとシンガポールの間で長年の懸案であった「犯人引渡し条約(ExtraditionTreaty)」についてシンガポールのジョージ・ヨウ(George Yeo)外相とインドネシアのハッサン・ウィラジュダ(Hasan Wirajyuda)外相との会談で合意に達し、4月27日(金)バリ島で調印されることになった。
これは上に述べたようにインドネシアで犯罪をおこなった華僑(一部原インドネシア人=プリ・ブミもいるが)がインドネシア官憲の追求を逃れシンガポールに行き、そこで逮捕を免れ悠々と豊かに暮らしていることへのインドネシア人の憎悪は大変なものがある。
犯人引渡しについては以前から両国間の懸案として何度も話し合いが持たれ、シンガポールは同意しながらも、調印をおこなわなかった。今回インドネシア政府が埋め立て用の砂や建築用の花崗岩の禁輸というささやかな手段に訴えたが、これが案外効果を及ぼしたのかも知れない。
重大な経済事犯に隠れ家を与えるなどというシンガポールのこれまでのやり方がインドネシアのみならず国際的非難を浴びるのは当然のことであった。
これからインドネシアで悪事を働いた華僑・華人は香港や中国に逃げ込むことになろう。また、カナダも最近、逃亡先として注目されている。
マレーシア政府からの提案により、インドネシア政府は2国間で経済フォーラムを設置することで合意した。主にマレーシアからインドネシアへの投資について便宜を図るような具体策について閣僚レベルで緊密な話し合いをおこないたいということである。
2006年においてはマレーシアからインドネシアへの投資は22億ドルに達し、最大の投資国となった。投資分野は自動車関連や金融や通信といった分野である。また、パーム椰子の農園なども既に大きな投資分野となっている。
マレーシアは人口規模約2,500万人で、これ以上の工業的な発展を遂げるには人口が足りないという制約があり、10倍の2億5000万近い人口を持つ隣国インドネシアとの提携はきわめて有利である。
しかも両国はイスラム教徒が人口の大部分(マレーシアでは約60%、インドネシアでは焼く85%)を占め、ASEAN内では最も近しい関係にある。
この両国の関係強化はシンガポールへの対抗意識も底流としてあると考えられる。シンガポールの政府首脳は両国を経済的には大いに利用しながら、「マレー人は怠慢である」という主旨の発言を繰り返し、強い反発を買ってきた経緯もある。
また、最近はシンガポールはタクシン前首相と組んでASEAN内で「華人枢軸」的な動きをしていたことも両国の反感を買っていた。しかし、タクシンガ失脚したことによって「華人枢軸」関係は崩壊した。
マレーシアとタイの関係もタクシン失脚によって急激に改善されつつあり、インドネシア、タイ、マレーシアの3国が関係強化を図りつつASEAN内でリーダーの役割を果たしていくことになろう。
152.ジャワとスマトラを結ぶ長大橋の建設検討開始(05年5月13日)
ジャワ島のバンテン(Banten)県とスマトラのランプン(Lampung)県は現在フェリーで片道3〜4時間、高速ボートで45分で連絡しているが、高波や悪天候でしばしば欠航している。これを橋でつなぐことになれば30分で通過することが出来る。
ヒトの往復だけで現在年間2,000万人の利用者があり、交通量は増加の一途をたどっているという。
途中プラジュリット(Prajurit)、サンジャン(Sangjang)、ウラール(Ular)の3島を経由して普通車6車線、トラック・レーン2車線、オートバイ・レーン2車線で合計幅60メートルの橋を建設すると17兆ルピア(≒2,260億円)の費用がかかるという。
一方、海底トンネルを建設すると30兆ルピア(≒4,000億円)以上かかるという試算がなされている。
実際の建設費は17兆ルピアで収まると確証はないが、この橋の建設はインドネシアにとってはきわめて大きな経済効果があることは明らかである。
このプロジェクト自体はスハルト政権時代にも何度か浮かんでは消えたが、今回は比較的クリーンな政権を目指すユドヨノ政権下においてはもしかすると国際的な協力を得られて実現に向かって話しが進むかもしれない。
マレーシアの半島横断パイプ・ラインと並び、東南アジアの21世紀はじめの大プロジェクトとして期待したい。
(http://www.thejakartapost.com/07年5月13日付け、参照)
⇒トミー・ウィナタがスンダ海峡大橋を10億ドルで建設計画(07年10月4日)
フィナンシャル・タイムズ(インターネット版、07年10月3日)が伝えるところによると、雑誌社テンポに殴りこみをかけたアルタ・グラハ(Artha Graha)グループのオーナーであるトミー・ウィナタ(Tomy Winata)という華人経営者は今回、スンダ海峡に世界最長の高速道路つきの橋を建設するという。
これは上の計画と基本的に同じものであり、ジャワ島とスマトラ島の間の3つの島を使い全体を結ぶ全長30Kmの橋は両側6車線の高速道路と鉄道線路(複線)を備えたものであり、聡工事費10億ドルを見込んでいる。
フィージビリティ・スタデイを早急に行い2012年に着工し、2025年に完成するというものである。この地域は有名な地震地帯であり、建設費がかさむ可能性が大きいと専門家は見ている。
トミー・ウィナタがコンソーシアムのヘッドになってこのプロジェクトを進めたいとしているが、それくらいマトモな企業がついてくるかがミモノである。
パスカ・スゼッタ(Paskah Suzetta)国土計画相はインドネシア政府としてもこのプロジェクトを全面的に後押ししたいと述べていると言う。
日本では「トミー・ウィナタはすばらしいビジネスマンである」というようなとんでもない提灯記事が出てこないとも限らないから要注意である。最後はナショ・プロだなどということになって日本政府が国民の税金をつぎ込むことがないように祈りたい。
153.インドネシア検察庁、スハルト元大統領に11.5兆ルピアの損害賠償請求(07年5月27日)
インドネシア検察はスハルト元大統領が自ら設立した「基金」から11兆5000億ルピア(≒1590億円)を勝手に流用したとして、その返還を求める訴訟をここ2ヶ月以内におこなう予定である。
スハルトは1974年にSupersemar Foundationなる基金を設立し、国営銀行の利益の5%はこの財団に「寄付」をさせ、慈善事業や教育などに使うとしていた。慈善事業にも基金のカネは使われたが、その多くはスハルト一族の事業資金として流れたといわれている。
たとえば、センパティ航空やトミー・スハルトの国民車会社チモールやクローブ(丁子)独占売買機構などにそのカネが流れた。
現在、この財団は1兆5000億ルピア(≒159億円)の資金と10兆ルピア相当のビルなどの資産を所有しているという。
スハルトはこれ以外にもいくつかの「基金」を設立しており、その多くはサリム・グループなどスハルトに近い華人資本家からの「寄付」でまかなわれており、それがスハルト・ファミリー企業の資金源になったとされている。今回はその一部のみを訴訟という形で明らかにいようとというものである。
スハルト一族の蓄財の構造は複雑かつ大規模で全容はつかみがたいが、一部は「スハルト・ファミリーの蓄財」村井吉敬ほか・コモンズ社1999年などにまとめられている。
今回の訴訟をキッカケにインドネシア政府の手でスハルト政権の汚職構造を是非解明してもらいたいものだ。
また、スハルトの悪業を「開発独裁」に必要なコストとして黙認・擁護する一部学者やメディアの後押しを受けて、わが国政府はスハルト体制を支援してきたことをインドネシア国民は忘れていない。
154. EUは全てのインドネシアの航空会社の飛行乗り入れを禁止(07年6月30日)
EU委員会は全てのインドネシアの航空会社の飛行機のEUへの乗り入れを禁止した。同時に、いくつかのロシア、ウクライナおよびアンゴラの航空機の乗り入れを禁止すると6月28日(木)に発表した。現在、パキスタン航空のボーイング747とエアバス310の乗り入れを禁止している。
禁止の理由は「安全上」の問題である。インドネシアでは最近数回の墜落事故を国内線で起こしている。整備の不良やパイロットの技術上の問題に起因すると見られる。
国営ガルーダ航空は2005年にアムステルダムとローマへの就航を停止したままになっているという。
2004年にはアムステルダム行きのガルーダ航空に搭乗した人権活動家ムニールが機内でヒソ中毒で変死するという事件が起こったことは記憶に新しい。その後、まもなくしてガルーダはオランダ行きの便を停止していたものと見られる。
このような措置が公にされると、ガルーダ航空への搭乗客は減るであろうし、現在経営難の同社の立場はますます苦しくなることは明らかである。
ユスフ・カラ副大統領は「なに、大したことはないさ」とたかをくくっている。
最近の一連の事件を見ると、インドネシアは「東南アジアの大きな病人である」といわざるを得ない。スハルト以降は「政治に道徳がないのは当たり前」という雰囲気が全国的に蔓延して、今日なお余り改善されているとはいえない。
道徳観の欠如した政治家が上にいれば、役所の組織などはガタガタになるのは当たり前である。
しかし、日本もだんだんインドネシアに近づいてきてるような気がしてならない。社会保険庁の有様をみても、なかの経理がめちゃくちゃで「カネの出入りがきちんとしている」などということがありえようか?そこには想像を超えた「不正」があって当たり前である。
労働組合のセイにしてもらっては困る。まず「役所のマネージメント」が最初からなっていなかったのである。それを放置していたのは政府の責任である。民間企業であっても「経理や帳簿」がキチンとしていない会社は必ず問題があるし、 ワルがからめば不正も起こりうる。
それを誰も今まで、マトモにチェックしなかったというのはどういうことであろうか?小泉改革とは一体なんだったのだろうか?「カイカク音頭と踊り」に明け暮れて5年も6年も空費したとしか思えない。
地方分権も必要だが、相当に程度の劣悪な自治体もインドネシアに負けないくらい(?)実在するのではないかと危惧される。
155.北スマトラ州では乞食に施しをすると罰金(07年8月3日)
北スマトラ州政府は乞食にカネを恵むと600万ルピア(≒650米ドル)の罰金計に処し、乞食もカネを貰うと6週間ブタ箱入りの罰則を受けるという法令を作成しているという。
北スマトラ州の社会サービス局のナバリ・ギンティン(Nabari Ginting) 局長は今年10月にこの法案を州議会に提出して承認を受ける予定だという。
この法案の主旨は最近同州は乞食がやたらに増えるので、それを防止し、乞食の数を減らすには、乞食が街頭で住民からカネを恵んでもらえる状態をなくすことにあるという。まことに「理にかなった」お役人のお考えであるが、これには住民からも反発が出てきそうである。
住民からの善意は役所で一括して受け取り、福祉施設に配分するほうがいいというのである。それは当然汚職のタネを1つ増やすことになりかねない。
ナバリ局長によれば北スマトラには11万人の乞食がおり、そのうち30%は12歳未満の子供であり、ジャカルタと東ジャワ州についで3番目の多い。
北スマトラの乞食はグループを組んでおり、1人当たり1日5万5千ルピア(≒700円)の実入りがあるという。決して悪くは無い収入なので乞食志願者が後を絶たないという。この金額の根拠については不明である。これだと同州の最低賃金80万ルピア/月を上回ってしまう。
この種の法令はバリ島には2000年から施行されており、そこでは500万ルピアの罰金かもしくは3ヶ月の禁固刑かが課せあっれる。また南スマトラ州にも同様の法令がある。
こういう法令を作るのはいいが、貧困者の生活がどうなるかは明らかにされていない。北スマトラは2004年末に大津波の被害があり、家や生活の手段を失った人が多く、乞食のミチを塞がれると犯罪に走らざるをえない人々も増えてくるであろう。
山火事の発生原因には目をつぶって、見かけ上の火事だけを消そうとしているようにも映る。
156.中国がインドネシアの海産物を全面輸入禁止(07年8月6日)
中国政府は先週、突如インドネシア産の海産物(エビなど)の全面的輸入禁止を通達した。事前の連絡なしに、試験結果も提示されないまま即時禁止とした措置は日ごろ友好的に中国の官憲と連絡を取り合っているインドネシア政府にショクを与えた。
中国側はインドネシアの海産物は毒物や水銀、カドミウム、金属類が含まれ、それらはゴミを燃焼させたことや産業廃棄物による海水および土壌の汚染の結果であるという。これらの有害物質は神経系統への打撃を与え、カンの原因ともなり、その他健康に有害なものであるという。
まるで、中国自身の「汚染状況」をそのままインドネシアに「存在する」と断罪したもののようである。
これはインドネシア政府が既に国際的に問題になっている、中国産の一部の玩具や歯磨きチューブ、タイヤなどを輸入禁止したことへの報復措置であるとインドネシア政府は解釈している。
また、インドネシア政府は先週新たに中国産の化粧品に水銀とローダミン(赤色染料)が含まれていると指摘した。ローダミンは許可されていない化学物質で人体への悪影響がある物質だということになっている。また、中国製食品にはさまざまな健康に有害な物質が含まれていると指摘している。
中国へのインドネシアからの海鮮物の輸出は年額約1億5000万ドルであるという。金額はともかく、既に出荷した海産物について引き取るか廃棄処分せざるをえないこともインドネシアの業者に打撃を与えることは間違いない。
中国側の「報復」とも見られる行為はASEANと中国の友好と、「自由貿易の推進」には有害であることは間違いない。しかし、それは毎度みられる中国側の「大国意識」に基づく高圧的な行動であり、今後も起こりうる問題である。
日本ではインドネシア産のエビなどスーパーの店頭に大量に並んでおり、今のところ問題にされている様子は見られない。
(ジャカルタ・ポスト、07年8月6日付け、インターネット版参照)
157.インドネシアで9.30事件記載の教科書3万冊を焼き捨てる(07年8月8日)
インドネシアの西ジャワ、中部ジャワ、南スラウェシの地方検察庁は「1965年9月30日事件」の記述のある中学、高校の教科書を押収して焼却処分にした。これは検察庁本部の了解の下におこなわれたものと解釈されている。
「1960年9月30日事件」は共産党主導によるクーデター事件であるとして、スハルト戦略予備軍司令官(当時)が共産党(PKI)員やその同調者多数(約50万人ともいわれる)をナウダトゥール・ウラマの青年部員らを動員して虐殺し、多くのPKI党員や同調者を逮捕し、裁判抜きでブル島などに監禁し、その間スハルトはスカルノ大統領を追い落とし、自ら大統領に就任し32年間独裁体制をしいたキッカケとなった事件であった。
スハルトが失脚した後に1999年の政令27号でPKIやマルキシズムを宣伝すると思われる書物等を検察庁が押収し毀損する権限を取り上げたが、いまだに地方レベルでは検察庁がスハルト時代と変わらない「弾圧」をおこなっていることが改めて浮き彫りにされた。
もともと、この「9.30事件」は謎の多い事件であり、共産党弾圧のために利用されたが、この事件を画策したのはCIAとスハルトの陰謀であるという説すらあり、実態の解明はほとんど進んでいない。
インドネシア政府は長年、この事件は「無かったことにして」教科書を作成してきたが、事件そのものを教科書に載せるようになったのはグス・ドゥル(アブドゥラマン・ワヒド)政権になってからである。
グス・ドゥルは「PKIが事件の主犯であるとして、PKI党員とその子孫を差別することを廃止する」よう提唱してきたが、未だに差別は解消されていない。
この事件をアイマイのまま放置しておくことはインドネシアの将来にとって好ましくないというのがグス・ドゥルらの主張であり、その後同調者は増加しているが、スハルトに忠誠を尽くしてきた軍人や政治家の間には根強い抵抗がある。
今回の検察庁の措置については言論界や出版会や人権団体などが共同で抗議をおこなっていくという。
本件についてのユドヨノ大統領の態度は今のところ報道されていない。自らの手で歴史的事実を解明する権利はインドネシア人にも日本人にもある。それにしても「教科書焼き捨て」というのは民主主義国家としてはあまりに非常識な行為である。
(ジャカルタ・ポスト、07年8月8日、インターネット版参照)
158.インドネシア国営航空機製造会社ついに破産(07年9月5日)
ハビビ前大統領がスハルト政権下で科学技術相を務めていた時に発足させた、インドネシア国営の飛行機製造会社ディルガンタラ・インドネシア社(PT.Dirgantara Indonesia)に対し、中央ジャカルタ地裁、商業法廷は同社の破産を確認する判決を下した。
これは既に解雇された従業員の労働組合が起こした「破産確認」訴訟であった。破産確認によって同社の資産が債権者に配分される。それによって従業員の取り分もある程度確保され、また3,500人の従業員の年金(推定総額2,000億ルピア≒246億円)の受給資格がえられるという。
これは国営企業として最初の「破産」のケースであるという。同社の弁護士は控訴を検討するという。
スハルト政権が崩壊した1998年以降、位置時期ハビビが大統領に就任したがグス・ドゥル政権以降、スポンサーがいなくなり、注文もほとんどなく、数年前から事実上の破産状態であった。
159.インドネシア、シンガポールとの防衛協力と犯人引渡し協定とを締結せず(07年9月19日)
インドネシア議会の国防委員会は先にシンガポールと調印したDCA(Defence CoorporationAgreement=防衛協力協定)と犯人引渡し協定(Extradition Agreement)とを批准しないことを政府に答申した。
この2つの協定はセットになっていて、「犯人引渡し協定」はインドネシアで犯罪(汚職と公金サギが多い)を犯したインドネシア人(華人が多い)を逮捕してインドネシア側に引き渡すという長年のインドネシア政府の希望に沿った協定である。
しかし、シンガポールはこの協定と引き換えに、シンガポール軍の演習にインドネシアの領海を使わせるDCAを結ぼうと持ちかけ、この2つの協定をセットにして先ごろユドヨノ大統領とシンガポールのリー・シェンロン首相が協定書をバリ島で調印した。
しかし、その後明らかになったことはインドネシアの特定領海を年間半分ほど毎日砲撃演習などで使うというものであった。これに対してインドネシア政府は余りに度が過ぎていると強く反発し、インドネシア議会も批准に難色を示していた。
インドネシア議会の国防委員会は検討の結果、シンガポールとのDCAは承認できないと9月17日(月)に政府に申し入れた。
あきれたことにシンガポール政府は犯人引渡し協定はまだ批准できないがDCAについてのみ批准したということをインドネシア政府に通告してきた。ジュオノ国防相は余りに虫のいいシンガポール政府の言い分に怒りを隠せないといったところである。
シンガポール政府は「犯人引渡し協定」も追って批准するとは言ってきているようであるがそれが何時になるかは分からない。
大体、シンガポール政府が「犯人引き渡し協定」に批准したからといって、それでインドネシア政府の思惑通りにインドネシア華僑の逃亡犯が逮捕され引き渡されるなどと考えるほうがおかしいのである。
シンガポール警察が動けば情報を察知した「犯人」は香港や中国やカナダに高飛びするに決まっているではないか。
そもそもシンガポールは悪事を犯した華僑に隠れ家を提供してきたいわば「サンクチュアリ(安全地帯)」なのである。それが歴史的事実である。だからインドネシアで財を成した華僑はシンガポールの不動産をセッセと買いあさるのである。
シンガポール政府が欲しいのは「軍事演習海域の確保」である。しかし、シンガポールの演習計画を聞いて腰を抜かさんばかりに驚いたのはインドネシア軍である。いずれにせよ、これはいかにインドネシア政府がコケにされているかを物語る哀れをもよおす事件である。
160.インドネシア日本大使館前で3千人の労働者が工場閉鎖反対デモ(07年10月25日)
インドネシア金属労働組合連合(FSPMI)の労働者約3千人が、10月25日午前中に日本大使館にデモをかけた。デモ隊の主張はパナソニック(松下)グループに属するPT. PEDIDAとPTMTPDIおよび日本ガラスのPT.Negri of NIPPON GLASSの工場閉鎖に反対ということである。
FSPMIのサイド・イクバル(Said Iqbal)委員長は「日本企業はインドネシアからやすやすと資本を持ち出すべきではない」と報道陣に語ったという。
彼等は今後はカラ副大統領公邸にデモをかけるといっている。
人件費の安いインドネシアで工場閉鎖に踏み切るというのはよくよくの事情があってのことと思うが、閉鎖の理由などについてのコメントは報じられていない。
(Tempo,07年10月25日インターネット版参照)
161.インドネシアでは食糧不足の懸念、世界的コメ生産の減少で(07年11月2日)
インドネシアは大量のコメ輸入国であるが、最近の世界のコメ生産が現象傾向にあるため、インドネシアでは将来、食糧不足が懸念されている。
インドネシアで開かれているコメ問題の国際シンポジウムに出席しているIRRI(国際コメ研究所)の開発部長ダンカン・グラハム(Duncan Graham)氏は最近のコメ価格の上昇もインドネシアにとって大きな問題となリつつあると述べた。
さらにグラハム部長は「過去2年間にコメの国際は約2倍になった。最近もトン当たり240ドルから、300ドルに急上昇している。専門家のなかには、将来トン当たり1,000ドルにまで上昇するという議論をしている人もいる。」さらに、
「インドは中国に次ぐコメの生産国であると同時に消費国だが、これから12ヶ月の間に500万トンのコメの輸入をおこなうであろうと見られている。インドがこれだけのコメの輸入をおこなえば、インドネシアやフィリピンはかなり深刻な影響を受けであろう。」と語った。
過去のインドネシアのコメ輸入をみると1998年には600万トンの輸入をおこなったが、2004年には100万トン以下になった。今年は収穫の遅れている地域もあるので100万トン以上の輸入が必要になるとBULOG(国家調達庁)のムスタファ(Mustafa Abubakar)は述べている。
インドネシアでは米価が低く抑えられているため、農民がコメ以外の作物に転換していることもインドネシアのコメ不足の原因であるとムスタファ長官は述べている。
グラハム部長は最近の天候異変で、干ばつや洪水が頻発し、食糧生産は機器に陥っており、世界中が農業問題に関心を寄せるべき時に来ていると語った。
当面はタイや日本イは「政府買上米」の在庫がふんだんにある一方で、国際的な需給逼迫という事態が起こりつつある。
162.スラカルタ博物館から古代の石像盗難、買主は?(07年11月24日)
中部ジャワ、ジョクジャカルタから東北に65Kmほどのところにある古都のスラカルタのラディヤ・プスタカ国立博物館が展示していた古代(7〜9世紀)の5体の石像(ヒンドゥー紳、仏像)が精巧に造られた偽者と差し替えられ、外部に売り飛ばされていたことが判明した。
犯人は博物館の職員で4人が既に逮捕された。石像は警察によって回収されたが、それ以外に青銅の3体の像と陶磁器の皿も持ち出されており、行方不明だという。
まった、これらの石像などを買った人物が特定された。それは知る人ぞ知る実業家ハシム・ジョヨハディクスモ(Hasim Djojohadikusumo)であった。ハシムはインドネシア大学経済学部の初代の学部長スミトロ博士の子息であり、スハルト時代はスハルトのクローニーとして有名(悪名?)な人物で、日本の大企業も彼に痛い目に会わされたところがある。
ハシムが実業家として活躍できたのは彼の弟のプラボヲ(Prabowo)元中将がスハルトの娘と結婚していたからであった。プラボヲは特殊部隊の元司令官でスハルトが失脚するまでは、次期国軍司令官の呼び声が高く、「爆弾屋」の元締めであると噂されたこともあった。
盗まれた石像の価格は5体で5億ルピア(≒600万円)だから以外に安かったが、実際の国際価格はその数十倍であろう。これは海外に持ち出される寸前だったようでオランダ人のブローカーも容疑者として名前があがっている。
その背後には国際的なシンジケートがあることは確実視されており、行方不明の青銅像などは既に海外に持ち出され売却された可能性もある。また、博物館の所蔵庫から多くの美術・骨董品が姿を消しているとも言われている。
これらの貴重品にはスラカルタのスルタンのパクブオノ(Pakubuwono)13世の「証明書」が必要とされるモノもあること、サルタンの関与も取りざたされているという。
163. インドネシア検察庁、BLBI問題でサリム・グループを再度取り調べ(07年12月13日)
1997−98年の通貨危機・経済危機のときに、スハルト大統領の指示により、インドネシア銀行は48の銀行に対して、「取り付け」騒動を防ぐことを目的に144.5兆ルピアの資金援助をやらせた。
これはBLBI(Bank Indonesia Liquidity Assistance=インドネシア銀行流動性支援)計画と言われるものである。後の会計検査院の調査では、この資金資金の95%は民間銀行(大半が華人系)によって、ドル買いなどの投機にまわされたという。
しかも、その多くが焦げ付きとなり、一部しか回収できなかった。
スハルトの最大の華人クローニー(取り巻き)であったサリム・グループも傘下の銀行BCA(Bank Central Asia)が救済の対象になり、巨額の融資を受けた。
その後、サリムは52兆ルピア(≒6,600億円)の担保をIBRA(Indonesian Bank Restructuring Agency=インドネシア銀行再建庁) 差し出し、インドネシア銀行からの借り入れは返済したと称していた。
しかし、その後の監査で、担保の価値は23兆ルピアしかなく、それを売却したらさらに19兆ルピアしか回収できなかった。回収率は36.5%であり、33兆ルピア(≒3,950億円)は国民が負担させられたことになる。
一方、サリムはインド・フードという世界最大のインスタント・ヌードルの会社を自分の資産として温存し、インドネシア国内で隆々と ビジネスを継続し膨大な利益を上げている。香港ではファースト・パシフィックという持株会社がフィリピンで長距離電話会社(PLDT)に出資し、これまた 巨額の利益を上げている。
一体どうなっているのだという疑問は誰しも持つところであり、インドネシア検察庁はBLBIの処理をめぐってサリム・グループに限らず、スハルト・ファミリーを含め、全面的に再調査に乗り出すことになった。
検察庁は12月11日(火)にはサリム財閥の2代目アンソニー・サリム(Anthony Salim)を検察庁に出頭させ、取調べをおこなった。また、この問題の責任者であったリザル・ラムリ(Rizal Ramli)元経済調整相(グス・ドゥル政権)も同じ日に取調べを受けている。
なお、INDEF(Institute for Development of Economics and Finance=経済・金融開発研究所)の調査によればIBRAの 回収実績は16〜17%に過ぎないといわれる。すなわち、金利は別として120兆ルピア(約1兆4,400億円)の損害(最終的には国民の負担)になると見られている。
164. インドネシアの政府関係機関は1,737ヵ所も不適性な会計(07年12月18日)
テンポ(07年12月18日、電子版)によるとインドネシアの政府関係の機関、組織の会計単位26,770カ所のうち1,737ヵ所で不適正な会計が見つかったという。その金額は1.097兆ルピア(≒133億円)および10万ドルであったという。
これは会計再建チーム(Accounting Restructuring Team)という財務省の特別チームが調査した結果である。総額36.5兆ルピアと6億2010万ドルについての調査だから2%強が不適正会計であったということになる。
さらに、明らかに違法だったのはこのうち257件であったというから、汚職天国(?)インドネシアにしては以外に少ない件数である。ひどいものは組織そのものが会計口座もろとも消滅してしまい、39億ルピア(≒4,700万円)が消えてしまったというケースもあった。
しかし、インドネシアの常識ではこの件数・金額は過小であると見られているようで、更なる精査が必要であるとこの特別チームも認識しているという。
日本との比較はもちろん出来ないが、日本の公的機関では財務省から認められた「事務費」は必ず「節約令(例えば2%といった)」がでるのでその分は差し引いて物品の購買などをおこなう。さらに、与えられた予算は年度の終わりの3月末までに残らず使い果たさねばならない。
残すと、その分は翌年度予算からカットされるという。そうなるとナニが何でも事務費を使い果たすために、急遽要りもしないパソコンや本を買ったりする。また、予算で1台20万円のパソコンを1台15万円買ったとすると余った5万円の使い道に四苦八苦するという実に滑稽なムダが生じる。これは民間企業では信じられないことだが、日本の政府機関では良くある話しである。
単年度予算、実績偏重主義により細かいムダが実に多い。その点ではインドネシアよりもある意味ではヒドイ。
民主党政権ができたらこういう点を真っ先に改めてもらいたいものである。自民党政権では政治家が役人に小ばかにされているらしいから、次に期待するほかない。いや福田政権でもこういうことをキチンとやれば支持率はすぐにでも回復しますよ。国民が政府にもとめるのはまずキチンとしたマネージメントである。
165.SBY大統領マレーシアでインドネシア人労働者への保護を要請(08年1月11日)
現在、マレーシアには200万人を越す外国人出稼ぎ労働者がおり、そのうちの約60%がインドネシア人だと見られている。また、メイドとしてインドネシア人女性が約27万人働いているといわれている。
マハティール時代には不法就労外国人労働者の「摘発」がしばしばおこなわれ、過酷な取扱いを当局から受けて、収容所で死者が出たり、鞭打ち刑にあったりしてインドネシア人の人権が無視されたとして何度も大きな国際問題に発展した。
その後、アブドゥラ・バダウィ首相に代わってからはかつてのようなマレーシア当局による過酷な迫害は一応なくなり、外国人労働者に対する扱いはかなりリーゾナブルになってはきた。
しかし、マレーシア人家庭(特に一部の華人家庭)におけるインドネシア人メイドに関しては虐待問題が後を絶たず、殺傷事件が後を立たず、インドネシア大使館内に「庇護施設」を設置し、危害を加えられたインドネシア人の保護に当たるというような異常ともいえる状態になっている。
ユドヨノ(SBY)大統領は1月10日(木)から3日間の公式日程でマレーシアを訪問しているが、インドネシア出稼ぎ労働者の待遇改善をバダウィ首相に要請したと記者会見でも語っている。
マレーシアはインドネシア人労働者無しにはやっていけない状態は1980年代から続いており、今後もますますその傾向は強まるが、インドネシアも国内雇用の増加がはかばかしくなく、余剰労働力の海外出稼ぎは増加しつつある。
また、ASEAN内部においてもタイのタクシン首相の失脚後、タイとシンガポールの「華人枢軸」が崩れ、インドネシア、マレーシア、タイの3国関係はいっそう緊密になってきている。
そういう中で国民レベルでインドネシアとマレーシアが労働者の「迫害」問題でワダカマリを残すことは好ましくないとして両国首脳はインドネシア人労働者問題に格別の配慮を示すということになったものと見られる。
今回、両国はいっそうの投資関係、貿易関係拡大のための協定に調印した。また、マレーシア人社会の愛唱歌「ラササヤン」の帰属問題で両国民の間で感情的な論争がおこなわれているのは好ましくないとして、両国はパネルを設置し話しあいをおこなっていくことにしたという。
「シュリヴィジャヤ問題」も起こる可能性がある。インドネシアは世界の100年来の定説によって「パレンバン」に壮大な記念館をたてているが、唐時代に義浄が行った「室利仏逝(シュリヴィジャヤ)はタイのチャイヤーであることは間違いない。これは拙著「シュリヴィジャヤの謎」を参照していただきたい。
そうなると今度はインドネシアとタイで論争が起こらないともかぎらないが、肝心のタイの学者がおとなしいので、あるいは論争にならないかもしれない。
余談だが、室利仏逝がパレンバンにあったという説を世界に広めたのは明治時代の仏教学者「高楠順次郎博士」であったことはことはほぼ間違いない。高楠博士は1898年にOxford大学から義浄の南海寄帰内法伝の英訳とその解説書(A Record of the Buddhist Religion)を出版し、その中で地図の上で義浄が立ち寄った先はパレンバンであると明示している。
166.中国の銀行(ICBCとCCB)がBIIの株式取得の意向(08年3月3日)
インドネシア銀行のハリム・アラムシャ(Halim Alamsyah)取締役が明らかにしたところによると中国工商銀行と中国建設銀行はシンガポール政府系の投資会社TEMASEK(タイのタクシン元首相から通信会社シン・コーポレーションを買収した)が保有するBII(PT. Bank Internasional Indonesia)の持株のうち55.97%を買い取り、保有したいという申し出があったという。
インドネシア銀行ではその是非について検討中であるというが認可されることはほぼ間違いない。中国の国営銀行がシンガポールの国営投資会社を通じてインドネシアの金融業界に参入するケースとして注目される。
BIIは現在インドネシアでは第6位の民間銀行であるが、元は国有銀行であった。
現在の株主はシンガポールに本拠をおく”Sorak Financial Holdings Pte. Ltd."が55.85%を所有する筆頭株主であり、TEMASEKはSorakの株式の75%を保有している。これが実現すればTEMASEKと中国の国有銀行2社が所有する銀行がインドネシアに出現することになる。
その他の株主はUBS AGが6.66%、モーリシャスに本拠を置くペーパー・カンパニーAranda Investment(オーナー不詳)が6.04%、一般株主が31.45%という構成である。事実上TEMASEKが支配権を持つ銀行だったのである。
中国はASEANとのFTAによって市場支配を強化しているが、今後はシンガポールを足場にして東南アジアへの金融市場に参入するなどの動きがさらに強化されよう。
日本の銀行は1997-8年の通貨経済危機で手痛い打撃を受けて以来、すっかりシリンクしており、昨今はアメリカのサブ・プアライム・ローン危機のトバッチリを受けて、当事者でもない銀行までが外国機関投資家の「売り攻勢」を受けて株価を暴落させられるている。
それをただ手をこまねいて眺めているだけといったおよそ民間企業としての自主性や主体性がどこにあるのかといいたいような体たらくである。
こんな意気地のない金融機関をバブルの傷跡から再生させるためと称して国民はゼロ金利に近い低金利を長年強いられてきた。全くいい面の皮である。これで個人消費が回復するなどおよそありえない話しである。これから何年事実上のゼロ金利を続ければ気が済むのであろうか?
経済・金融政策のミスというのは本当に国民生活を苦境に追いやるということを目の当たりに見せ付けられた。 このような市場稀に見る悪質な金融政策を考え付いたのは銀行と元大蔵省と御用学者であり、民主党をはじめ野党が彼らを拒否したのはきわめて当然である。
日経新聞をはじめ一般紙の論説はもっとこの辺を良く考えて欲しい。彼らのイイカゲンさは戦時中の大政翼賛新聞と同じではないか。
(Tempo, 08年3月3日、インターネット版参照)
⇒BIIの株式は結局マレーシアのMaybankが取得(08年3月26日)
シンガポール政府系の投資会社TEMASEKが所有するインドネシアでは6番目の資産を有する民間銀行であるBII(PT. Bank Internasional Indonesia)の持株を、中国の銀行が買い取りたいという意向を示していたが、結局マレーシアのMaybank(Malayan Banking Bhd.)が買い取ることに決まったとWSJ(3月28日付けインターネット版)は報じている。
Maybankはシンガポールに本拠をおく”Sorak Financial Holdings Pte. Ltd."のTEMASEKの持分75%を総額15億米ドルで買い取ることにより、BIIの株式の56%を所有することになる。残り25%は韓国のKookmin Bankが所有している。
BIIはインドネシア全国に230以上の支店・営業所を所有しており、07年は4,050億ルピア(≒4,410万ドル)の純利益を挙げた。2006年の純利益は6,340億ルピアであり、36%の減益となった。
このような取引が成立した背景としてはインドネシア銀行(中央銀行)が外国銀行がインドネシアでは1行しか所有できないという規則を作ったことにより、TEMASEKはBIIを手放さざるを得なかったためである 。
また、中国系銀行ではなく同じASEAN内部のMaybankが選ばれたのもインドネシア政府の意向が反映されているモノと見られている。最近インドネシア政府は中国の過剰なプレゼンスにやや敏感になっているフシが見られる。
TEMASEKはインドネシアでは第5位のBank Danamon Indonesiaの株式68.05%を持株会社Fulleton Financial Holdings (TEMASEKが100%所有)を通じて所有しており、こちらを優先させるという。
167.次期インドネシア銀行総裁にブディオノ現経済調整相(08年4月9日)
日本では日銀総裁に白川副総裁が昇格することで1件落着である。副総裁から元財務省幹部をとりあえず排除したのはまさに金融行政の大改革の第一歩であり、民主党の小沢代表の大英断であったという評価をしたい。
旧大蔵官僚が金融資本や自民党と組んで近年、「あるべき金融政策」を歪めてきたことに国民の多くは気付いていない。特に前川レポート以降、80年代のバブル期、その後の90年代から今日に至るまでの金融政策はデタラメの一語に尽きると言えよう。日本経済を政治家と役人がぶち壊したのである。
この辺を福田首相はまるでわかっていないのではないだろうか?財政政策と金融政策は一体でなければならないなどと、一見正論風の議論を振りかざしているが、その結果が、日本のバブル経済とそのごの処理(金融機関の救済)の大失策である。
国民の多大の犠牲の結果、再生したはずの銀行は実はもう「出る幕が無い」のである。もちろん無ければ困るが、少なくとも日本経済の主役ではない。愚かしくもサブ・プライムに引っかかって結構な額の損失を出したりしている。小泉さんや竹中さんは一体ワカッテおられらのであろうか?
もし、日銀がフリー・ハンドを持ち、シカルベキ能力と度胸を有する人材がカジ取りをおこなっていたら、今日の日本経済の混乱は回避できた可能性は高い。
名目金利をこれほどゼロに近い状態で長期間維持してきたのは「財金一体」で日本経済をイジクリ回してきた一部の愚かしい政・官・財界の人々のセイである。必要とあれば財務省と日銀が話し合えば済むことである。
日銀が事実上財務省の「下部機構」のようなアリ方は極めてまずい。それは過去の実績が雄弁に物語っている。その被害を日本国民が現実に受けているのである。
韓国や台湾の中央銀行の方がよっぽどマシである。台湾は、この時期に金利を0.25%引き上げているのである。韓国も金利を下げていない。インフレ対策である。
多分、これからはインドネシアの中央銀行の政策運営もかなり改善されるであろう。というのは、ユドヨノ大統領が提案してきた数人の候補者が議会から拒否されて、ついに最後の切り札として出してきたのが、政府の経済閣僚のトップのブディオノ経済調整相である。
ユドヨノ大統領の偉いところは自分が過去に議会に提案した人事を否決されても、「議会の横暴だ」などとわめきたてないことである。ユドヨノ大統領としては窮余の策で現職閣僚のベストの人材を選んだということになる。議会も46人の選考委員のうち45人が賛成したといわれる。
インドネシアはインフレ対策が喫緊の課題だが、ブディオノ総裁はおそらく勇断を持って処理するであろう。現総裁のブハルディンの任期は今年5月17日で切れ、その後の総裁に就任する。ブハルディンはインドネシア銀行が議会の買収工作としてワイロを送ったというような嫌疑をかけられていて全く冴えなかった。
ブディオノ(65歳)氏はガジャマダ大学の経済学部の教授であり、1996〜1998年の通貨・経済危機の最中にインドネシア銀行の副総裁を務め、2001〜2004年にはメガワティ政権下で財務相を務めた。外柔内剛のカシコイ人物だとの評判である。
⇒スリ・ムルヤニが経済調整相を兼務(08年6月16日)
ブディオノ経済調整相がインドネシア銀行(中央銀行)の総裁に就任したため空席となっていた経済調整相のポストには財務相を兼務のままスリ・ムルヤニ・インドラワティ女史が就任することになった。
経済調整相の難しさは複数の経済閣僚の出身政党が異なるため、まとめていくのが大変だといわれている。それよりも経済調整相と財務相との兼務するなどということはどだい無理な話である。
Sri Mulyani Indrawatiは1962年8月26日スマトラ島のタンジュンカラン(Tanjungkarang, Lampung)生まれ、イリノイ大学で経済学博士号を取得、IMFに入り東南アジア13カ国担当の執行役員や、USAIDのコンサルタントも経験している。
グス・ドゥル政権では「国民経済審議会」の委員となる。
168.西ジャワ、北スマトラ州知事選挙でPKS候補が連勝(08年4月17日)
4月13日(日)には西ジャワ州、4月16日(水)には北スマトラ州の知事選挙がおこなわれ、ゴルカルやPDI-P(闘争民主党)といった大政党の候補者がイスラク原理主義的な新興勢力のPKS(繁栄公正党=Prosperous Justice Party)の候補者に敗北するという注目すべき事態となった。
PKSはイスラム原理主義者と学生が中心となり草の根的な政治活動をおこなっており、2004年の総選挙ではジャカルタでは最大の得票率を上げPDI-Pの票が奪われるということになり、メダワティ落選の最大の原因ともなって注目された。
しかし、PKSはあくまで大都市の若手知識層の政党という観が強かったが、今回の「地方選挙」で連勝したことにより、PKSは全国的に支持者を集めていることが立証された。そうなると、2009年の大統領選挙では全く新しい人物が大統領に選出される可能性もあながち否定できないということになりそうである。
西ジャワではPKS とPAN(国民信託党)といういずれもイスラム原理主義に近い政党の共同候補者のアーマド・ヘルヤワン(Ahmad Heryawan)氏が40%の得票でPDI−Pの候補(Agum Gumelar)35.5%を破り当選が確実となった。
北スマトラではPKSにくわえ保守的イスラム政党のPPP(開発統一党)などが推すシャムスル・アリフィン(Syamsul Arifin)候補が28%の得票でトップに立っている。ただし、30%以上の得票がないと決選投票がおこなわれるようである。
このような動きを見るとインドネシア国民はゴルカルといった既成の大政党には期待感をもたず、新しい何かに希望をつなぐという気持ちが強いのではないかと考えられる。そのせいか最近の大統領は毎回新顔が登場している。
スハルトの後継者のハビビはアッサリとグス・ドゥルに席を譲り、その後継者はメガワティであったが、ユドヨノに完敗した。ユドヨノは再選を目指しているが、PKSの支持を取り付けない限り、再選はやや怪しくなってきたようだ。
169.イスラム教のアーマディヤ・グループに対する排斥運動高まる(08年4月21日)
インドネシアのイスラム原理主義者が中心になってインドネシアに70年も前から浸透していると言われるアーマディヤ派を禁止しようという動きが最近高まり、政府や議会の一部からも同派を禁止しようという動きが出てきている。
アーマディヤ(Ahmadiyya)派の特徴は、イスラム教ではマホメット以外に「預言者」は存在しないという教えに対し、MIzra Ghulam Ahmad というインド人のイスラム導師が100年以上も前に(1908年死亡)が「自らをマホメット以来の預言者」であると称したグループであり、現在のパキスタンのラホールを中 心に世界的に信者が存在する。
インドネシアには70年ほど前から布教され、現在は全国に20万人の信者がいる(5千人という説もある)といわれ、ジャカルタには自派のモスクを持ち金曜日には礼拝をおこなってきた。
最近いなってアーマディヤ派に対する攻撃がイスラム原理主義者から強まり、最近も2千人のデモ隊がジャカルタの同派モスクを取り囲み、警官隊が護衛に当った。
インドネシアでは憲法上あらゆる宗派の信仰の自由は保証されているが、カルト的な迷信などは禁止されうるとして、Bakor Pakem(社会的迷信を監視する調整委員会)という政府機関がある。その委員会が4月16日(水)にアーマディアを禁止すべしという勧告を出した。
これに対し、議会は前向きの反応を示しているが大学教授などのインテリ層は「禁止」すべきでないという意見が多いようである。
こういう動きはインドネシアでは主流の「穏健イスラム教徒」に対する「過激派イスラム教徒」の勝利という受け止め方がされている。ある意味ではインドネシア社会の根底の価値観を揺るがしかねない要素をはらんでいる。
こういう動きの底流には「変化を求めるインドネシア大衆」の心理・フラストレーションが反映されたものだともいえよう。要は政治家が国民の生活を改善することに失敗した結果だと見るべきであり、一種の社会的イジメ現象あるいはヒステリー現象である。
⇒アーマディヤのモスク焼き討ち(08年4月29日)
西ジャカルタのスカブミ地区にあるアーマディヤのモスクに約300名のイスラム過激派が押しかけ、モスクに放火し消失させた。また近くの同派のイスラム学校も荒らされた。
近くに住む同派の信徒は一斉に避難し、親類援助をたよって疎開したと報じられている。(BBC,4月29日付インターネット版)
このようにイスラム過激派が同じイスラム教徒(異端者という扱いだが)に暴力的な攻勢に出たことはほとんど前例は無く、イスラム過激派の社会的デモンストレーションに過ぎないが、議会の中にアーマディア排除の動きがあり、それと連動した行為であると見られる。
2009年の選挙はイスラム問題が表面に出てくる可能性がある。
⇒アーマディヤに対する禁令(省令)ついに出る(08年6月11日)
インドネシアの宗教相、内務相、検事総長の3者は連名では6月9日(月)にイスラム系宗教団体アーマディ(Ahmadiyah) に対して「思想宣伝を含む活動を禁止する」という命令を出した。
アーマディヤnが「イスラム教」を自称するのであれば「イスラムの教え」(マホメッドを最後の預言者とする)に従わなければならないというものである。
同時にアーマディヤの信者以外の人々は異なる信念を持つ人々と平和を保たねばならないとしている。
しかし、アーマディヤの「解散・閉鎖」は考えておらず今回の政令は「警告」であるとヘンデルマン検事総長(Henderman Supanji) は語った。
また、FPIとならぶイスラム過激派(暴力派)組織のLaskar Islamの頭目ムナルマン(Munarman)はかねて指名手配中の身であったがジャカルタ・メトロ・ポリスに自首してきた。
元大統領グス・ドゥルは政府はアーマディヤを禁止せよという圧力に屈してはならないとコメントした。
SBY大統領は今回の禁令を「大統領令」としなかったことが彼のせめてもの「良識」を示すものという見方もできようが、インドネシアで70年もの歴史を持つアーマディヤの活動をを禁止するという政令が出されたことは彼の「歴史に残る汚点」になりかねない。何よりもこれは1945年インドネシア憲法に違反しているという見方が多い。
何もかも2009年の大統領選挙を念頭に置いた措置と見られても仕方だないであろう。
170.インドネシア最高裁、会計検査院の調査を拒否(08年4月29日)
インドネシア最高裁判所(長官バギール・マナン=Bagir Manan)は会計検査院(Anwar Nastion院長)の調査を2度にわたって拒否していたと現地週刊誌テンポは報じている(08年4月29日〜5月5日)。
アヌワール院長は警察を使っても調査を強行しようとしたが、最高裁側は「裁判に訴えればよいではないかと」と意に介しない発言をしているのだから開いた口がふさがらない。
こういう非常識な裁判官が幅を利かすようになったのはいうまでもなくスハルト時代である。これに手をつけなければインドネシアは近代国家への脱皮はできない。
悪者の最後の避難場所はシンガポールか裁判所かであるなどと言われていたのでは善良なインドネシア国民はたまりごとない。カネをより多く持っているものが勝ちを占めるような裁判所のもとでは外資企業など到底まともな企業経営はできない。
ASEANの中ではインドネシアの裁判所が最悪であり、マレーシアがこれに次いでいたがマレーシアはカナリ司法改革が進みつつあるように見受けられる。タイがASEANの中ではベストであることはほぼ間違いないがタクシン時代にカナリ歪みが生じたことは記憶に新しい。
171.インドネシアで停電頻発、日系企業が抗議(08年7月9日)
最近、インドネシアでは電力不足から停電が頻発しており、現地に進出している日系企業は日本大使館の後援も得てインドネシア政府と電力公社(PLN)に抗議の書簡を送った。
このような抗議はきわめてマレなケースであり、インドネシア商工会議所も「よくやってくれた」と賛意を表しているという。停電の被害は当然インドネシア企業にも及んでおり、大きな被害を受けているが、「外国企業からの抗議はインパクトが違う」と言うことである。
ジャカルタ日本人会(Jakarta Japan Club=JJC)がおこなった調査によれば5月25日〜6月13日)までの間に42社(アンケート対象414社中)が停電によって410億ルピア(≒4億8000万円)の損害を蒙ったとしている。
この期間中に平均して3回〜6回の停電を経験した。
特に化学プラントや精密部品工場での被害が大きかった。問題なのは予告無しに突如停電するケースが多く(112件中70件)、工場の突然のストップにより被害が拡大している。予告さえあれば、被害を最小限に食い止めることができる。
電力公社は最近の石炭や天然ガスの供給不足が発電量の減少の主因であると説明している。
現在のバリージャワ島の発電能力は20,551MWであり、比較的小規模かつ老朽化したものが多く、タンジュン・ジャティのような新鋭発電所は少ない。
老朽化したものはメンテナンスが悪く、一旦故障するとなかなか直らないなどの問題を多く抱えている。政府は10,000MWの建設計画を持ってはいるが、戦力化するのは来年以降である。計算上は2012年まで能力的には心配ないが、最近の石油、石炭、天然ガスの値上がりにより、供給が不安定になっている。
なお、7月11日からジャカルタ特別州、タンゲランなどで電力不足が予想される場合は「計画的停電」を行うという。
インドネシアにおける発電所
| 能力(MW) | シェアー(%) | 発電所数 | |
| Indonesian Power | 8,207.6 | 39.9 | 116 |
| PJB | 5,715.85 | 27.8 | 70 |
| PMT-PLN | 840 | 4.1 | 6 |
| Private/IPP | 4,002 | 19.5 | 21 |
| Tanjyung Jati B-PLNi | 1,320 | 6.4 | 2 |
| PLTGU Cilegon-PLN | 465 | 2.3 | 3 |
| Total | 20,551 | 100 | 218 |
資料出所;www.tempointeraktif.com/2008年7月08〜14日;
172.インドネシアで公害発生企業には地方政府が特別課税検討(08年7月15日)
インドネシア財務省の[地方税および再配分局(Regional tax and Redistribusion)」のブディ・シテプ(Budi Sitepu)局長は目下議会で地方税法(2000年)の改定作業をおこなっており、公害を発生させる製造業および鉱山会社にたいして売り上げの0.5%をメドに「公害税」を課すことを検討していると語った。
詳細は年内に発表される見通しであるという。この場合、年間売り上げ3億ルピア(≒350万円)以上の企業がが対象になるというからほとんどの企業がターゲットになる。
ちなみにインドネシアの定義では年間売り上げ3億ルピア〜25億ルピアが「小規模企業」、25億ルピア〜500億ルピア(≒5億8500万円)が中規模企業に分類される。
これに対しては反対論が早くもあがっており、インドネシア雇用者連盟(Apindo)のソフィヤン・ワナンディ(Sofyan Wanandi)会長はインドネシアには「環境法」があり、その中で環境に関する税金を既に企業は負担している。法人税も35%と高すぎるので28%にまでは引き下げるべきだと述べている。
インドネシアは過去「新税」ができるたびにそれが汚職の発生源になった経緯もあり、今回の特別税も今後強硬な反対論に遭遇するであろう。
ソフィヤンの言い分はこういう税金ができると今後ますます外資はインドネシアを敬遠するであろうと言うものである。
ソフィヤン自身は華人企業家であり、かつて経済危機時に政府から借りたカネを踏み倒したと言う嫌疑をかけられたことがあるが、いつの間にか復権し、「企業家代表」としてさまざまな発言をしている。
(ジャカルタ・ポスト08年7月15日インターネット版参照)
173.インドネシア銀行ミランダ副総裁選任スキャンダル(08年9月4日)
2004年6月にインドネシア銀行の副総裁としてミランダ・グルトム(Miranda Goeltom)女史が議会で就任の議決(財政・金融委員会)を受けた直後、議員に多額のカネがばら撒かれたことが最近明るみに出た。
ことの発端は2004年当時メガワティ大統領のもとで政権与党であったPDIーP(闘争民主党)の国会議員であったアグス・コンドゥロ(Agus Condro)議員と他のベテラン議員が1人5億ルピア(約590万円)のトラベラース・チェックをBII(Bank
Internasional Indonesia=インドネシア国際銀行)の幹部からもらったということがバラされてしまった。
このときミランダ副総裁を強く支持したのはPDI-Pとゴルカルであった。
この経緯をマスコミにバラしたのはアグス氏自身であり、PDI−Pの誰が調整役をやって、どうカネを配ったかにいたるまで詳細に語った(雑誌テンポ、08年9月2〜8日号)。
アグス氏がこういう話をバラした動機は彼自身PDI-Pのなかでホサれたからだといわれている。
ミランダ副総裁はいっさい関与していないと主張している。
しかし、窮地に立たされたのはPDI-Pであり、2009年の大統領選挙ではメガワティがユドヨノ大統領に人気では上回っていると報じられているときだけに同党にとってはショックが大きい。
バラマキを仕組んだのはメガワティの夫タウフィク・キエマスだということがささやかれている。メガワティ大統領の足を引っ張り続けた不肖の亭主であるが、今なお健在でこういうスキャンダルになると必ず名前があがってくる。
また、ミランダ総裁はリッポ銀行幹部と親しく、同銀行のために何らかの便宜を図ったのではないかと週刊誌テンポは報じている。
また、ミランダ副総裁はシナルマス・グループとも近いといわれている。
要するに大物華人資本家が応援団についているということなのであろう。
174.中国企業が大挙インドネシアに工場移転(08年9月6日)
中国広東省の企業が人件費の安いインドネシアに工場移転する。総額は5億9700万ドルに上る。インドネシア側の仲介役は工業相ではなく華人のマリ・パンゲツ商業相である。
2007年の統計ではインドネシアと広東省の貿易額は51.9億ドルに達し、06年比32.8%増加した。
インドネシアから中国への輸出品は石炭、紙、板紙、食用油(パーム・ヤシ油)、IC,民生電気品であり、中国からの輸出品は繊維、衣類、家具、靴、窯業製品、電話機、オートバイ、その他の機械類、エレクトロニクス製品である。
実際はインドネシアから中国への工業製品の輸出はほとんどなく大部分が一次産品とその加工品であり、中国の輸出品はほとんどが工業製品である。
こういう偏った貿易は第2次世界大戦前にオランダとその植民地であったインドネシアとの間に成立していた。いわば「宗主国ー植民地」間の貿易構造そのものである。
そのようなゆがんだ貿易構造を少しでも改善させるというのが両国関係者の言い分であろうが、いずれにせよインドネシアが経済的に中国のの「植民地」になる傾向がいっそう進むことは間違いない。
日系企業も1960年代の後半(スハルト体制のスタート以降)インドネシアへの投資を行ってきたが、エレクトロニクス産業は松下の乾電池など一部の例外を除いて大きく発展することは無かった。マレーシアやタイのほがずっとうまくいっている。
自動車は日系企業が市場を支配しているが、生産台数はタイに大差をつけられている。
華人がやればそのへんはうまくいくという思惑が両国の政府の間にはあるのかもしれない。
昔から華僑はインドネシアの隅々にまで「流通のネット・ワーク」を張り巡らしており、インドネシア現地人は資本主義的経済活動からは疎外されてきた。
華僑とインドネシア人との貧富の格差は開く一方である。もちろん貧しい華人もいるがインドネシアの民間経済の支配者は華人でであるといって差し支えない。
そういう背景があるからしばしば暴動が起こり華人が襲われるという事件が発生した。1998年の通貨・経済危機のときも各地で大暴動が起こり32年間にわたるスハルト独裁体制が崩壊した。
マリ・パンゲツはスハルト体制のエコノミストとして活躍し、NHKのインタビューでもスハルト体制擁護論をぶっていた。スハルト体制崩壊後しばらく鳴りを潜めていたが、いつの間にかユドヨノ政権の商業相として活躍している。
(ジャカルタ・ポスト、08年9月5日インターネット版参照)
175.最高裁判事の定年延長法案間に合わずバギール長官退任へ(08年9月26日)
数々の「政治的判決」を下した張本人としてインドネシア国民から批判を受けていたバギール・マナン(Bagir Mana)最高裁長官が10月6日付けで67歳の定年により退任することが決定した。
これはゴルカル(党首ユスフ・カラ副大統領)が画策していた最高裁判事の定年延長法案(67から70歳へ)が国内世論の強い反発により審議が遅れ、バギール長官の定年の10月6日に間に合わなかったためである。
この延長法案には司法改革を目指す他の引退した判事グループからも強い反対の声ががっていた。
この法案にはPDI-P(メガワティの闘争民主党)や他の政党も反対していた。
バギール長官とゴルカルの癒着関係は2001年にバギールが最高裁長官に就任した際にゴルカルの強い支持があったことで知られ、当時のゴルカル党首のアクバル・タンジュンが汚職容疑で起訴された際も無罪放免した。
バギールがいなくなることで問題の多かったインドネシアの司法制度も改善に向けて一歩前進するという期待があるが、司法制度全般に蔓延している「汚職体質」は一朝一夕には改まらないであろう。
176.インドネシア銀行元幹部、次々に取り調べ(08年11月7日)
インドネシア銀行(中央銀行)の元総裁のブルハヌディン(Burhanuddin Abdullah)氏は1,000億ルピア(約9
億万円)をインドネシア銀行の「インドネシア銀行開発基金(YPPI)から引き出し、国会議員にバラ撒き、インドネシア銀行法を改正させて、BLBI(インドネシア銀行流動性支援)に関わる汚職スキャンダルを処理しようとした罪に問われ、汚職裁判所(Corruption
Court)から10月29日(水)に5年の禁錮刑と2億5000万ルピアの罰金が言い渡された。
その一連の問題処理の過程でブルハヌディン自身も資金を横領し「私服を肥やした」という容疑であった。
この判決の中で当時インドネシア銀行の副総裁であったアウリア・ポハン(Aulia Pohan)、ブン・ブナン(Bun Bunan),、アスリム(Aslim tajuddin)、ママン・スマトリ(Maman Sumatri)オイ・ホイ・ティオン(Oey Hoey Thiong)らも資金の使い道についての2003年7月3日におこなわれた協議に参加した。トップ会談の参加は、「共犯の疑いがある」という指摘が裁判所からなされた。
それを受けて、アウリア・ポハンらの事情聴取がKPK(汚職撲滅委員会)によって開始された。ところが、アウリア・ポハンの娘がユドヨノ大統領の息子と結婚していることから、同氏に対する取調べに、マスコミが異常な関心を示している。
また、現在中央会稽検査院のアヌワール・ナスティオン院長も当時、インドネシア銀行副総裁であったが、彼に対する取調べはまだおこなわれていない。彼はこの資金の使途についての権限が職務上無かったといわれている。
この1,000億ルピアの使途について、315億ルピアが議会対策として、財務委員会に属する国会議員に配られたことから、問題が大きくなった。ゴルカルのハムカ・ヤンドゥ(Hamka
Yandhu)議員とアンソニー・ザイドラ・アビディン(Anthony Zeidra Abidin)議員が他の議員にカネを配った首謀者として名前があがっている。
残りの685億ルピアについては「BLBI」スキャンダルについての弁護士費用などに使われたというのが被疑者達の説明の用である。。
これ以外に、前インドネシア銀行総裁のスドラジャード(Soedradjad Djiwandono)氏と3人の副総裁がKPKの取調べを受けている。彼らに、685億ルピアが渡っている疑いがあるとう。受けとったとされる金額はスドラジャードが250億ルピア、イワン元副総裁が135億ルピア、ヘンドロとポールが各100億ルピアといわれている。もう一人の被疑者ヘル・スプラプトモ(Heru
Supraputomo)氏も100億ルピア貰ったとされているが、同氏はすでに死亡している。
2005年6月にヘンドロとポールは有罪とされ16ヶ月の禁固刑の判決が下っている。
この「BLBI」は1997-98年の経済危機時に主に銀行の一斉崩壊を食い止めるという名目でインドネシア銀行から臨時に貸し付けられたカネであるが、担保を取ったというものの市場価値が低く、多くの資金がコゲついたままになっているが、「完済済み」として処理されてしまったものもすくなくない。
それらの処理の過程で、いやというほどスキャンダルの噂が流れ、現在も係争関係にあるものも少なくない。この件はインドネシア銀行自身も貸主としてさまざまな誘惑の手が及んでいるものと思われる。裁判になれば検察にも裁判所にもワイロの手が伸びてくるのは明らかである。
本当の解決などというものは期待できそうも無いが、一歩でも真相に迫らなければ、最終的な負担を強いられるインドネシア国民が納得しないことはいうまでもない。
177.250人乗りのフェリーが暴風で沈没、スラウェシ沖で(09年1月11日)
約250人の乗客と17人のクルーを乗せたフェリー「テラタイ・プリマ(Teratai Prima)号」がスラウェシ島のパレパレ(Parepare)からカリマンタンのサマリンダ(Samarinda)に向かう途中、沖合い約50Kmのところで、折からの暴風による高波で沈没した。
数人のクルーと18名の乗客が付近の漁船に救助されたが、残りの乗客・クルーは行方不明であるという。なお乗客数は150名という報道もある。(BBC,マレーシア、thestar.com
参照)
⇒実際は100人以上も多く乗っていた。救済された人は35人(09年1月15日)
1月11日(日)に沈没したフェリーには、当初乗客、上院合わせて267人が乗っていたと報道されていたが、その後の調で103人多く乗船していたことが判明した。
この地域の海難事故では、帝位延をオーバーしているケースがしばしば見られるが、今回もその例である。過剰に乗っていれば船のバランスにも影響するし、いざというときの救命具も不足する。
今回、35名が救助されたが、残りの330名ほどは絶望と見られている。このフェリーの船長も救助されたと言う。
178.タイム社スハルトの名誉毀損裁判で勝利(09年4月22日)
アメリカの雑誌タイム(Time)は1999年5月24日号で”Suharto Inc,"(スハルト株式会社)という特集記事を掲載した。
その特集記事で、スハルトは32年間の独裁政権の中で、150億ドルを溜め込み、うち90億ドルをスイスとオーストリアの銀行に送金したということを書いた。
スハルトはこの記事は事実でなく「名誉毀損にあたる」としてインドネシアで裁判が開始された。
損害賠償として2億8000満ルピアと189兆ルピア(≒175億ドル)を支払えという法外な要求を持ち出した。
第1審の中央ジャカルタ地裁とジャカルタ高裁ははタイム社は無罪とした。スハルト側はこれを不服として”Cassation Court"と呼ばれる上級審に控訴た。
そこでは第1審、第2審判決をひっくり返してしまう。2007年8月28日にタイム社は「1兆ルピア≒90億円」の支払いと新聞への謝罪広告の掲載を命じる常軌を逸した判決が下された。
タイム社は2008年2月21日に最高裁に控訴した。
最高裁は過去、ほとんど全てスハルトに有利な判決をしてきたことで知られる。
ところが、突如として「良心に目覚めた」のか最高裁はタイム社を無罪とする判決を09年4月16日に下した。判決理由に「Press Law」(出版法)を使ったという。
裁判所が「出版法」を使うことになれば、「言論の自由」は通常は拡大されることになる。言論の自由が保障されていない国では、「出版法」を適用せずに「刑法」の規定で出版界の「名誉毀損」案件がしばしば裁かれ、言論の自由が抑圧されてきた。
そういう意味では今回のインドネシア最高裁の判決は「言論の自由」にとっては画期的な判決であるといえよう。
ただし、これでインドネシアの司法制度がマトモになったなどとは到底いえる段階ではない。
179.どうなったインドネシアの国会議員選挙(09年5月4日)
インドネシアの国会議員選挙は4月9日に実施され、即日開票どころか1ヵ月後の5月9日までには全ての結果が明らかになるはずであった。
しかしながら不手際に次ぐ不手際の連続で、21世紀の文化国家の選挙とはおもえないような開票集計の遅延が見られる。
5月4日の午前中に分かっていることは33州のうち20州の得票がまとまり、6000万票の結果が分かったとのコトである。有権者は1億8千万人ほどいて、実際に投票した人が何人なのかも公表されていない。
その6000万票のうち、第1位はユドヨノ大統領の民主党であり、19.46%、第2位がメガワティ前大統領のPDI−P(闘争民主党)で15.85%、第3位はゴルカルで15.27%だということである(ジャカルタ・ポスト5月4日電子版による)。
目立ったのは民主党の大躍進とゴルカルの凋落である。ユスフ・カラとアブリザール・バクリがゴルカル党を乗っ取ってから同党は組織がガタガタになったことは間違いない。
ゴルカルは政権から外されると利権から外されるということから、何とか民主党と組もうと躍起になっていたが、時期大統領再選確実とみられているユドヨノ大統領から、次回はユスフ・カラを副大統領候補にしないとはっきり引導を渡されたという(週刊誌テンポの最新号の”Long
Goodby"参照)。
それは当然で「経済は俺に任せろ」などといってユスフ・カラ副大統領がいかにユドヨノ大統領の足をひっぱたことか。また、ラピンド事件の責任者であるバクリー・グループが補償問題でスッキリした態度をとらなかったために被害にあった現地住民がいかに辛酸を舐めたかをインドネシア国民の多くが知っている。
ユドヨノが次の副大統領候補者に誰を選ぶかは明らかにされていないが、ユスフ・カラでなければ誰でも良いとすらいわれている。経済調整相のスリ・ムルヤニ・インドラワティ女史も下馬評に上がっているという。彼女なら申し分はないであろう。
別に政党関係者を副大統領にする必要はない。今の閣僚の中から適任者を選ぶという可能性はありうるが、それには第1党の民主党がどれだけの党と連立を組めるかによっても違ってくる。
大統領選挙は7月だというのに国会議員の議席の確定が遅れては何かと不都合であることは間違いない。
ユドヨノの対抗馬としてはメガワティが有力だが、夫のタウフィク・キエマスが国民の間に大変不人気で先ず勝ち目はない。副大統領候補にはスハルトの女婿プラボオ(元特殊部隊司令官,中将)の名前があがっている。
ユスフ・カラはウィラント(スハルト政権末期の軍のトップ)と組むということで共同記者会見までおこなった。しかし、こんな組み合わせは「犬も食わない」と酷評されていて、ゴルカルの地方支部からも不満の声が上がっているという。
ほかにはめぼしい候補者が見当たらない。
大統領選挙はユドヨノ当確が予想される一方、国会議員は多数の政党に票が分散され、どうなるかは予想がつかない。
その中でも民主党に多くの政党がスリよっていることは間違いない。メガワティの闘争民主党ははじめのうちは野党の立場を貫くことになるであろう。この党にはPPP(統一開発党という古いいすらむ政党)が同盟を申し入れているという。一方、5月5日にはPPPは民主党と連立の話し合いをおこなっていることを明らかにした。
結果的にはほとんど全ての政党が与党化するであろう。
⇒インドネシア国会議席決定、民主党第1党に(09年5月10日)
インドネシア選挙管理委員会は5月10日早朝に各党の当選議席を発表した。左の欄の得票は5月8日現在のものである。
なお、インドネシアの選挙法では2.5%未満の政党には議席が与えられない。従って、個別選挙区で仮にトップであっても所属政党が全国ベースでの得票が2.5%に満たなければ落選となる。
結果は下表の右の欄の通りで、ユドヨノ大統領率いる民主党が148議席とったが26.43%に過ぎない。これにPKS(福祉正義党)59,
PAN59議席、PPP39議席、PKB26議席などが与党として政権に参加するので、議会対策上は問題ない。
Gerinda(大インドネシア行動党)はスハルトの女婿のプラボオの政党、Hanua(国民純心党)はウイラント大将の党である。
この投票結果についてはPDI-P(闘争民主党)などからは選挙集計に不正があったなどとの異議が出されているという。
5月10日現在投票率(開票率不明)
| 1,000票 | % | 議席数 | % | |
| Democrat | 21,703 |
20.85 | 148 | 26.43 |
| ゴルカル | 15,038 | 14.45 | 108 | 19.29 |
| 闘争民主党 |
14,600 | 14.03 | 93 | 16.61 |
| PKS | 8,207 | 7.88 | 59 | 10.54 |
| PAN | 6,255 | 6.01 | 42 | 7.50 |
| PPP | 5,533 | 5.32 | 39 | 6.96 |
| PKB | 5,146 | 4.94 | 26 | 4.64 |
| Gerinda | 4,646 | 4.46 | 30 | 5.36 |
| Hanua | 3,923 | 3.77 | 15 | 2.68 |
| PBB | 1,865 | 1.79 | 0 | |
| PDS | 1,542 | 1.48 | 0 | |
| PKNU | 1,528 | 1.47 | 0 | |
| PKPB | 1,461 | 1.40 | 0 | |
| 全体 | 104,100 |
100 | 560 |
180.SBYは副大統領候補にブディオノ中銀総裁を選ぶ(09年5月12日)
SBY(Susilo Bambang Yudhoyono)大統領は次の大統領選挙には副大統領候補としてインドネシア銀行(中央銀行)のブディオノ(Boediono)総裁を選んだことを明らかにした(09年5月11日、Tempoインターネット版)
ブディオノ氏(66歳)は最近まで経済調整相(08年4月まで)をつとめていた。元ガジャマダ大学経済学部教授でインドネシア経済のことをもっとも理解している人材である。彼の力量はSBY自身良く知っての上での人選である。
大統領選挙の立候補者は5月10日〜16日が届出期間である。国会の議席20%以上という制限があるため、SBY以外は他党との連立以外は大統領選挙に立候補できない。
ゴルカルのユスフ・カラ(現職副大統領)はSBYから断られたためやむなくウィラント元スハルト親衛隊長、国軍司令官、大将(Hanua党=国民純心党党首)と組むことになった。
メガワティはプラボオ(スハルトの女婿で元特殊部隊司令官で学生運動リーダー殺害事件などに関与、現在はビジネスマン)のGerindaの30議席(5.36%)を当てにするほかなくなってしまった。こんな人選をPDI-P党員が納得するはずもないが止むを得ない選択というほかない。
いずれにせよ7月6日の第1回投票でSBY-ブディオノ組が過半数の得票を得て次期大統領になることは確実な情勢になってきた。
ブディオノ(66歳)氏はガジャマダ大学の経済学部の教授であり、1996〜1998年の通貨・経済危機の最中にインドネシア銀行の副総裁を務め、2001〜2004年にはメガワティ政権下で財務相を務めた。(#167参照)
181.爆弾屋の総元締めノールディン・トップついに死す(09年9月17日)
BBC(電子版)9月17日付けによれば、中部ジャワのソロ市に近い某所で爆弾屋一味と銃撃戦をおこなった結果一味のうち4名が死亡し、1名が負傷し、2名が逮捕された。
死者のうちの一人にかねてお尋ね者の爆弾屋の大親分のノールディン・モハマド・トップ(Noordin Mohamad Top)が含まれていたことをインドネシア警察は指紋照合の結果確認したと発表した。
過去にもノールディンは何度も銃撃戦の後「死亡した」と警察は発表してきたが、今度こそ本当だと警察長官バンバン・ヘンデルソノ(Bambang Hendersono
Danuri)がテレビで発表した。
ノルディンはマレーシア出身で爆弾製造の技術主任であったが、ジェマー・イスラミアの「資金担当」であったという。
インドネシアにはアル・カイダ組織の下部機構のジェマー・イスラミアなるイスラム過激派が存在し、2002年のバリ党事件(202名死亡)やジャカルタのマリオット・ホテル事件など数々の事件を起こしていたといわれる。
しかし、インドネシアでは彼等は「インドネシア国内の有力者」から資金援助を受けている爆弾屋だという見方が根強い。
ジェマー・イスラミアニシテモアメリカの特務機関が作り上げた虚構の組織であるという見方は捨て切れない
182.アブリザル・バクリがゴルカルの党首に(09年10月10日)
第1次ユドヨノ政権で福祉担当調整相を務めているアブリザル・バクリは10月はじめのゴルカルの党大会でスルヤ・パロー(Surya Paloh)を破って党首に当選した。
5年前に副大統領のユスフ・カラとともにアブリザルはアクバル・タンジュンを追い落とし、ゴルカルを乗っ取り、今回ユスフ・カラが党首の座から降りるについてその後任に納まった。
アブリザル・バクリは早速10月9日ユドヨノ大統領の自宅に表敬訪問をし、ゴルカルとしては過去5年間与党の民主党と協力してきたので、今後ともよろしくという挨拶をしたという。
ユドヨノ大統領としては副大統領のユスフ・カラにはさんざ痛い目に合わされ、9月の大統領選挙でも対立候補であったことから、次の第2次政権ではゴルカルかを与党に加えたくないと思っているであろう。
ユスフ・カラは党大会で「乞食はやらない(頼んでまで入閣しない)」と発言し、ユドヨノ大統領も「不適切な発言だとして気分を害していたという。
しかし、アブリザル・バクリとしては何とかして政権内にとどまらないと「ご利益(りやく)」にありつけないということで、これから必死で工作する事は間違いない。
ユドヨノ大統領は既に闘争民主党(党首メガワティ)と連立政権を組む話しを先行させている。メガワティは必ずしも乗り気ではないが、夫のタウフィク・キエマスはなんとしてでも与党連合に加わりたいと考えていることはいうまでもない。結局いくつかの閣僚ポストを貰ってユドヨノ政権に協力することになろう。
一方、アブリザル・バクリはラピンド事件(熱泥噴射による環境破壊事件)の補償もスッキリとやっていないこともあり、ユドヨノ大統領としては闘争民主党と組めれば、最近不人気著しいゴルカルと組む必要はないと考えていることであろう。
183.第2次ユドヨノ政権発足(09年10月22日)
ユドヨノ大統領とブディオノ副大統領は10月21日(水)に宣誓式を済ませ、同日深夜閣僚名簿が発表された。大体が下馬評に近い人選であり、専門家の新期入閣はあまりなく、議会関係者からの入閣が目立った。
政党としてはメガワティの闘争民主党は1人も入閣しなかった。これはメダワティ党首の意向が強く働いたものである。ゴルカルは国会議長であったアグン・ラクソノなどが入閣したが、これはゴルカル代表という意味合いはほとんどなく、入閣した個人がたまたまゴルカル党員であったというに過ぎない。
政党としては民主党以外に早くから連立与党参加をはっきり出していたPAN(国民信託等)、PKS(福祉公正党)、PPP(開発統一党)の3イスラム政党からの入閣が多かった。
経済調整相にハッタ・ラジャサ前国家官房長官でユドヨノ再選チームのチーム長を務めた人物が就任した。財務相のスリ・ムルヤニ女史と商業相のマリ・パンゲツ女史は留任である。
工業相に商工会会議所(Kadin)総裁のヒダヤート氏が入閣した。Kadinは保護主義的な主張が強く、マリ・パンゲツは華人でありネオ・リベラル的で、特に中国に対しては甘く、また、国内の華人資本家に弱いといわれ、この両者は今後しばしば対立することが予想される。
| 前職 | |||
| 調整相、政治、法、治安 | Joko Suyanto | 国軍司令官 | |
| 調整相、経済 | Hatta Radjasa | 官房長官 | PAN |
| 調整相、福祉 | Agun Laksono | 国会議長 | Golkar |
| 外務相 | Marty Natalegawa | 国連大使 | 官僚 |
| 内務相 | Gamawan Fauzi | 西スマトラ州知事 | |
| 国防相 | Purnomo Yusgiantoro | エネルギー天然資源相 | |
| 国家官房長官 | Sudi Silalahi | 内閣官房 | 中将 |
| 宗教相 | Suryadharma Ali | 協同組合小企業相 | PPP |
| 司法・人権相 | Patrialis Akbar | 国会・法務委員長 | PAN |
| 財務相 | Sri Mulyani Indrawati | 留任 | |
| 国民教育相 | Muhammad Nuh | ユドヨノ再選チーム | |
| 文化・観光相 | Jero Wacik | 民主党 | |
| 保健相 | Endang Rahayu Setianingsih | 保健相付きスタッフ | |
| 社会問題相 | Salim Segaf Al Jufri | 駐サウジアラビア大使 | PAN |
| 労働・移民相 | Muhaimin Iskandar | 国会副議長 | PKB党首 |
| 工業相 | MS Hidayat | 商工会議所総裁 | Golkar |
| 商業相 | Marie Elka Pangestu | 留任 | |
| エネルギー天然資源相 | Darwin Zahedi Saleh | 民主党 | |
| 公共事業相 | Djoko Kirmanto | 留任 | |
| 運輸交通相 | Feddy Numberi | 海事・漁業相 | 民主党 |
| 通信・情報相 | Tifatul Sembiring | 福祉公正党党首 | PKS |
| 農業相 | Suswono | 国会・農林委員会議長 | PKS |
| 林業.空間レイアウト相 | Zulkifi Hasan | 国民信託党書記長 | PAN |
| 海事・漁業相 | Fadel Muhhamad | Gorontaro州知事 | Golkar |
| 国民開発相 | Armida Alisjahabana | Padjadjaran大経済学教授 | |
| 国家機関・行政改革相 | EE Mangindaan | 国会・内務地方自治委議長 | 民主党 |
| 国営企業相 | Mustafa Abubakar | 国家物資調達庁長官 | BULOG |
| 国務相・環境 | Gusti Muhammad Hatta | Lambung Mangkurat大教授 | 林学 |
| 科学技術開発相 | Suharna Surapranata | 公正福祉党顧問会議議長 | PKS |
| 協同組合・小企業相 | Syarief Hasan | 国会・民主化委員会議長 | |
| 国務相、女性問題・児童保護 | Linda Agun Gumelar | インドネシア女性軍団議長 | |
| スポーツ・青年問題相 | Andi Mallarangeng | 民主党幹部会議長 | 民主党 |
| 公共住宅相 | Suharso Monoarfa | 国会・予算委員会議長 | PPP |
| 低開発地域開発相 | Helmi Faisal Zaini | 国民信託党復書記長 | PAN |
| (非閣僚ポスト) | |||
| 開発監視委員会議長 | Kuntoro Mangunsubroto | ||
| 投資調整委員会議長 | Gita Wirjawan | JPモルガン・インドネシア社長 | |
| 国家情報局局長 | Sutanto | 国家警察長官 | |
| 検事総長 | Hendarman Supanji | ||
| 国軍司令官 | Djoko Santoso | ||
| 警察長官 | Bambang Hendarso Danuri |
184.闘争民主党、メガワティ党首と夫キエマスと対立(2010-3-26)
PDI-P(闘争民主党)の党首メガワティ(前大統領)と夫タウフィク・キエマスとが与党民主党と組んでユドヨノ政権に参加すべきか否かで夫婦の間でかなり深刻な対立があるという。
メガワティ党首はあくまで野党の立場を貫くべきだと主張しているのに対し、夫キエマスの方は野党のままでいたのでは「利権」にありつけず、PDI-Pの活動資金にも響くと主張しているようである。
もともとカネの問題についてはキエマスはメガワティが現職大統領のころかなり荒稼ぎをしてメガワティの足を引っ張った前歴がある。
メガワティはスカルノ初代大統領の長女であるというホコリもあり「理想家」であるが、キエマスは政治は蓄財の手段であると考えているフシがある。
PDI-Pの国会議員は与党の議員が何かと「旨い汁」を吸っているのを毎日見ているだけに、キエマスの味方についている者が多いようである。キエマスは「草の根レベルの意見」として与党に入るべきだといっている。
メガワティは「貴方が言う草の根とは一体誰のことか」と激しく噛み付いているという。メガワティとしてはこのまま与党民主党と組めばPDI-Pは溶けてなくなってしまうという危機感もある。ここは歯を食いしばっても頑張るべきだというのが彼女の考えである。
彼女の考え方は地方レベルの「草の根党員」からは支持を受けていることであろう。
一方、ゴルカルは政権発足当時からユドヨノ政権に参加しているが党首にアブリザル・バクリーが座っていることから、ユドヨノ大統領としてはゴルカルとは「距離を置きたい」という気持ちが見え隠れする。
バクリーのエゲツ無さは「ラピンド事件」に見るように、インドネシア中で知れ渡っているが、最近バンンク・センチュリーを救済したのは「疑獄のニオイ」がするとゴルカルの議員が中心になってユドヨノ政権に揺さぶりをかけている。
Bank Centuryはインドネシア銀行が救済資金を出して「破綻」から救い、その見返りに民主党がカネを貰い、それがユドヨノ再選の資金に使われたというのがゴルカルなどの言い分である。
その際ブディオノとスリ・ムルヤニが一役買ったというのである。ことの真相は次第に明らかになっていくであろうが、ユソヨノとしてもこの際、ゴルカルと比べれば「クリーンなイメージ」があるPDI-Pを味方に付けたいという思惑はあるであろう。(Jakaarta
Post 3月26日電子版他参照)
185.スリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相、世銀常務理事に転出(2010-5-5)
インドネシアの財務相のスリ・ムルヤニ・インドラワティ(Sri Muruyani Indrawati)女史は突如、財務相を辞任し、世界銀行(Robert
Zuellik総裁)の3人の常務理事(Managing Director)の1人に就任することとなった。
辞表は既にユドヨノ大統領に受理され、大統領からは功績を称えるコメントが発表された。また、インドネシアの経済界からも辞任を惜しむ声が聞かれる。
スリ・ムリヤニ・ンドラワティ女史の後任はまだ決定されていない。
インドラワティ女史はIMFの理事からインドネシア政府の経済担当相となった経歴があり、世銀の常務理事というポストはインドネシア財務相のポストにくらべ、別に「出世」というわけではない。
現在、ブディオノ副大統領とインドラワティ財務相(前)は2008年のセンチュリー・バンク救済事件の疑惑の渦中にあり、国会で厳しい追及を受けている最中である。(上記#184参照)
両氏ともインドネシアでは有能かつ清廉な人物として知られ、最近のインドネシア経済の好調さはこの2人の経済担当閣僚の手腕によるところが大きいとされてきた。
ところが、センチュリー・バンクといった小規模銀行の救済のために多額の資金(7億ドルといわれる)がインドネシア銀行から投入され、その一部がユドヨノ大統領の再選のための選挙資金として使われたのではないかという指摘がなされている。
その攻撃の先頭にはアブリザール・バクリーが党首のゴルカルが立っている。こちらの方がよっぽど「叩けばホコリが出るからだ」ではないかというのがジャカルタでのもっぱらの評判である。
両氏がこういうカネを懐に入れたとは考えにくいが、インドネシアではこういう話は少なくない。インドラワティ女史が実際犯行に加わったか否かは不明だが、あまりの騒音に嫌気が差していたことも事実であろう。いずれにせよ「敵前逃亡」であることには変わりはない。
彼女が去ったことによってインドネシア経済がおかしくなることはあり得ない。現在好調だといわれているがインドネシア経済の実態はなお不透明である。タイあたりに比べて良いはずがない。
今後、インドネシア経済の実態分析をややくわしく行っていきたい。
186,シティ・バンクの元社員に8年の禁固刑440万ドル横領の罪(2012-3-8)

インドネシアの南ジャカルタ地裁はもとシティ・バンクの社員イノン・マリンダ・ディー(Inong Malinda Dee)被告50歳に対して8年間の禁固刑と罰金110万ドルを言い渡した。ディー被告はシティ・バンクのジャカルタ支店で富裕層顧客の投資運用を担当し、顧客の口座から合計440万ドルを勝手に引出着服していた横領の罪に問われていた。
シティ・バンクは顧客に対しては全額損害を賠償したという。シティ・バンクはインドネシア最大の外国銀行で20支店を持ち従業員は4,000名を数える。
インドネシア当局はシティ・バンク富裕層顧客の増加を1年間禁止し、クレディット・カードの新規発行を2年間禁止し、また新たな支店開設を1年間禁止していたという。ほかにシティ・バンクは顧客との取引を巡って手荒な債務取り立てを行った疑惑で調べを受けているという。
上の写真を見るとディー被告は派手ないでたちで登場し、とうてい被告人としてブタ箱に入っていたようにも見えない。これがインドネシアである。しかし、刑期8年とは日本ではありえない長さではある。(WSJ2012-3-7、インターネット版)