2.害虫とは


 
そもそも、害虫とはなんでしょうか?

「そんなこときまってらぁ、ヨトウムシでしょ、アブラムシでしょ、舌噛みそうなホソオビアシブトクチバだとか、カミキリムシもいるし...」、というあたりが、我々の一般的な感覚ですが、本来の意味を百科事典からいただいてきました。

人畜などに直接的に害を与えたり,農作物やその生産物などに損傷加害をする昆虫の総称で,益虫に対することばでもある。昆虫を害虫か益虫かと明確には区別できないことが多く,まして生まれながらに害・益虫の別があるわけではなく,あくまで人間を中心とした利害関係をいうのである。例えば昆虫の成虫と幼虫では食性が異なるものもあるため,チョウなどのように幼虫は害虫であっても,成虫は花粉媒介をしたり美観を呈するので害虫とはされないことがある。また,高山植物などを食べ荒らす昆虫でも,成・幼虫とも天然記念物に指定され保護を受けている場合もある。また有用昆虫などで,その需要の変遷によってその評価が変わる例もある。例えばラックカイガラムシやコチニールカイガラムシは,ラッカーや染材原料をとる有用虫として利用することがなくなったところでは,一般害虫とされるようになり,アイが染料用に栽培されたころは,その葉を食べるものは害虫であったが,栽培せず雑草化したときには雑草防除に役だつ益虫とされるようにもなった。要するに害虫とか益虫というのは,あくまでも人と虫との相対的な関係からの呼名である。(平凡社世界大百科事典)

要するに、人間ってのは身勝手なものなんですな。あたりまえですが、「害虫」に生物学的な定義などありません。人間サマの損得勘定だけが害虫かそうでないかの基準になります。では、損得の勘定はどのようになされるべきでしょうか?

それには、害虫の経済的被害水準(EIL)、生物学的・生態学的な被害許容水準(BIL)についてお話しする必要があります。

(1)害虫の経済的被害水準(EIL:economic injury level)

この考えは、当然ながら営利栽培作物に適用されるもので、IPMで一般的に用いられている基準です。
害虫が増えれば、収量が減ったり、品質が落ちたりして作物の被害も増えます。これは生産者の収入を直撃するわけですが、生産者はこれを回避すべく化学農薬などの防除手段で対抗します。この際、農薬の代金などの防除費用がかかるわけですが、この経費と、先の害虫による収入源は経済的には秤に掛けられるべき性質のものです。つまり、害虫の被害による収入減よりも防除費用の方が少なければ、はじめて防除が意味を持ってきます。この分岐点が経済的被害水準(EIL)です。私たちバラのアマチュアには縁のない指標ですから、ここらで次に参りましょう。

(2)生物学的・生態学的な被害許容水準(BIL:biological injury level)[1]

これまでの一般的な害虫観では、害虫はいればいるほど被害も増えると考えていました。つぎの図[2]をご覧下さい。これは、30株のイネの茎の中にいるニカメイガの幼虫数を横軸に、収量を縦軸にとったグラフですが、この解析のために回帰直線(実線)があてはめられています。あたりまえのことですが、このデータを一次関数(直線)で近似すると、確かに害虫数がゼロのところで収量は最大となり、害虫数が増えるほど収量は低下していきます。

しかし、よ〜くデータ点を見ると、実際にはゼロ付近ではどうも直線関係にはのっていないように見えないでしょうか?つまり、本例の場合には、害虫数が少ないときには害虫数と収量の低下は直線関係になく、二次曲線(破線)で近似してみると、むしろ少々の害虫がいても被害が顕在化しないどころか、わずかながら収量が増加する害虫レベルが存在することを示唆しています。このグラフ一つでは、データのばらつきが多く、ほんとかね(゚_。)?(。_゚)と思われそうですが、このような例は、どうも多々あるようなのです。

では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?その鍵は、生物一般に見られる、生産量を縦軸にとり生息密度を横軸にとったグラフが山型の形になることに見いだせます。つまり、この場合には、作物の収量と栽植密度が単調増加の関係ではなく、あるところでピークを持つことに起因しているのです。山形ということは、最大収量を得られる栽植密度が存在するということですが、ここでピンと来た人がいると思います。
そう、間引きです。間引きというのは、多めに播種したあとで優良な苗を選択するのと同時に、栽植密度を最適に調節して、養分の取り合いなどによる成長阻害を防ぐためにもあります。

害虫数が十分に少ないときには、その食害が間引きと同様の効果を持つために、害虫数と収量低下が直線関係にならなくなるのです。

バラにおいて、この間引きに相当するのは、脇芽かきや摘蕾であったり、ふところ枝や葉の剪定であったりします。これらの多くが、程度が程々で2次的なウイルス感染などがなければ害虫による食害で置き換え可能と考えられますが、そうなったら害虫が益虫に変身したことにならないでしょうか?

(3)...で、結局害虫とは

結局、バラの葉や蕾を食えば、みんな害虫だと決めつけるのは、ちょっと単純すぎやしないか?と考えても良さそうです。高橋[1]にならってバラの場合を考えると、虫が害虫になる条件は、

【1】害虫の側から見ると

・その虫がバラをエサにすること
・その虫がバラの生育期間内に、あるレベルを超えて密度を増加しやすいこと
・その虫個々の摂食量が少なくても、密度が増加して、摂食量と個体数の積が、バラの回復力を越えるほど大きくなること。

【2】バラ側から見ると

・虫に食われるとまともな花が見られなくなること
・害虫が増加しやすくなるようにバラ自身の抵抗性が変化していること。
・害虫が増加しやすくなるようにバラの植栽環境が変化していること。

...となります。

逆に言えば、これらの条件をはずせば、害虫が害虫でなくなると考えても良いのです。そして、闇雲に農薬を使用すると、この条件をはずすことがかえって困難になってきます。

それに、害虫はいくら農薬で殺しても簡単には減らないのです。


【参考文献】 

[1] 高橋史樹、「対立的防除から調和的防除へ」、農文協

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[2]  筒井 他、ニカメイチュウ第一化期および第二化期における被害の実態について(第二報) 東海近畿農業試験所研究報告 栽培第一部 第7号、p32

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