3.害虫は殺せば減るか?


殺虫剤を、やたらメッタラ撒きまくれば一時的に害虫は視界から消滅したように見えます。でも、またしばらくすると、どこからともなくノコノコと現れて、バラマニアのヒステリ〜発作(^◇^;)を惹起します。血圧も上がるかもしれません。

が、そもそもそんなに頑張っても、それに見合った成果である「害虫殲滅」が可能なのでしょうか?


 

(1)確率的見地から

おおざっぱな議論をしてみます。

一匹の害虫を殺すのに必要な平均薬剤量をA(cc)と仮定すると、個々の害虫に平均してA(cc)の薬剤がかかるように散布した場合、虫にかかる薬剤量はどのようなばらつきを持つでしょうか?

薬剤の飛沫はランダムに飛ぶとし、虫が空中にじっとしていると考えた場合、虫にかかる薬剤量は一定の仮定の下でポアソン分布で近似できます。この場合、一匹の虫に平均A(cc)の薬剤がかかるようにすると、これ未満しか薬剤がかからないために生き残る虫の割合は全体の37%程度にもなります。

この割合を1%以下にするためには、ポアソン分布を前提にすると、散布量を4.6倍に増やさねばなりません。

しかも、最初の仮定では虫は空中にじっとしているとしています。これがバラの害虫のように葉裏に隠れていたりすると、そもそも薬剤が十分に行き渡らない場所が多く出ますから、生き残る虫の比率は想像以上に多くなり、まくべき薬剤量はさらにずっと多くなるのです。

 

(2)毒性的見地から

さて、生き残る虫を少なくするためには上記の結果をクリアするだけでは十分ではありません。そもそも薬の効き方が、個々の虫によって異なるからです。

害虫が殺虫剤にどの程度敏感に反応するかを表す程度を「薬剤に対する感受性」と言います。同種の虫でもこの感受性には、かなりのばらつきがありますが、これは例えば、同じ人間でも酒に対する感受性のばらつきが、ウワバミから下戸という幅を持つことからも、容易に想像できると思います。

この感受性の程度は、正規分布に従うと考えられます。つまり(1)の平均薬剤量A(cc)というのは、正規分布の山形の頂点に相当する薬剤量で、この量で殺せる虫は、実際には全体の半分ということになります。理論的には正規分布のすそ野は無限に遠方まで続いていますから、もっとも丈夫な虫を殺すには無限の薬剤量が必要ということになります。

実際には虫の数そのものは有限ですから、正規分布の右側の尻尾は無限にはのびていません。尻尾の先端に相当する最大薬剤量も、有限数の虫の中でもっとも強いやつをやっつける量ということになります。

したがって猫の額ほどの狭い庭なら、虫の数も知れてますから、ある量の薬剤(といってもかなりの量でしょう)でかなりの殺虫効果が期待できると考えられますが、ちょっと広い庭やバラ園などになると、これが現実には簡単でなくなることが分かります。

 

(3)散布タイミングの問題

害虫の個体間ばらつきは、薬剤感受性だけではありません。発生のタイミングや発育の期間もばらつきますし、生育ステージによって生息場所(幼虫は葉っぱの上でも、卵は別の場所等)も異なるのが普通です。

これらのばらつきは、薬剤の効き目と直接関係するものです。例えば若齢幼虫に選択的に効く薬剤をまいても、生育ステージのばらつきのために、同時に存在している老齢幼虫や卵には効かないので、一回の散布で全個体を駆除することはできないことになります。

このため、殲滅狙いなら薬剤散布は毎週のように必要になります。コンテスト出品狙いのバラマニアが、毎週散布せざるを得ない理由のひとつです。しかしそれでも、次の理由で、実際には殲滅は不可能なのです。

 

(4)薬剤抵抗性の発達

上記(2)でおわかりのように、ある一定量の薬剤を散布しても、害虫が全滅することはなく、それに耐える個体が生き残る可能性があります。この場合、生き残った虫の子孫は、親と同様に薬剤に対する抵抗性が高く、この高抵抗性個体が、繰り返し薬剤散布によって一層抵抗性の高い精鋭個体へと選別され、最終的に薬の効かない害虫集団が完成するという皮肉な結果となります。

抵抗性の発達には、このように耐性の高い遺伝子が薬剤散布そのものによって選別される結果生じるもの以外にも、突然変異や自然界での遺伝子組み替えに起因するものも考えられています。

 

(5)やっぱ害虫には羽や足があるよ!

抵抗性が発達した虫まで殺せるほどの強力な薬剤を散布したとしても、結局外からの進入は防げません。まさか向こう三件両隣はおろか、半径200mの範囲の他人の庭までこっちの都合で毎週勝手に薬散はできませんよねぇ(^◇^)

 

実は、バラの害虫に限って言えば、薬剤抵抗性の発達は、ハダ二や一部のアブラムシをのぞき、農業害虫に比べればまだまだ大したことはないようです。GAMIの庭でもっともヤなヤツである、バラゾウムシなどの甲虫類は特に薬剤抵抗性の発達は少ないと言われています。このため、バラ園では大量の薬剤散布で体裁を保つことができていると思われますが、散布量の限られる個人の庭では、なかなかそうはいかないようです。 


【参考文献】  高橋史樹、「対立的防除から調和的防除へ」、農文協
        

cover浜弘司 、「害虫はなぜ農薬に強くなるか」、農文協
 
内容(「BOOK」データベースより)
本書は、著者が20数年間つきあってきた抵抗性害虫のエリート達を縦糸にして抵抗性が生じる背景や生物の多様性を整理し、農薬に依存した害虫防除から農薬を従とした防除への転換を考えてみたものである。

 

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