1.総合防除とは


 

・農業生産の視点から

総合防除(Integrated Pest Management: IPM)とは、「害虫防除において、いろいろな防除手段を有機的に組み合わせ、生態系と調和を図りながら、害虫による被害を、ある経済水準以下に維持すること」と定義されています。

そもそも農業の世界で総合防除が必要視され出したのは、単純な化学農薬利用の防除法だけでは、害虫の殺虫剤に対する抵抗性の発達、天敵の減少に伴う害虫の異常増加、殺虫剤の作物中の残留と環境汚染、野生動物への影響など多くの問題点が発生したからです。この問題を回避するために、最初のうちは単に殺虫剤散布と合わせて天敵を利用することが考えられましたが、後に、生態系の概念が取り入れられ、害虫個体群の管理によって、人工的である農業生態系 (agro‐ecosystem) を、新しい安定した農業生態系に作りかえることを目標とするように進歩していきました。現在では、これに害虫と天敵以外のすべての虫をも含めた各個体群の役割を考察すると同時に、さらに天敵昆虫以外の天敵生物群までも視野に入れた体系へと発展しているようです。

したがって、殺虫剤の使用も害虫個体数の自然制御 (natural control) 機構を最大限利用し、害虫の加害が作物の経済的損害の許容水準以上になる時だけ一時的に使用するだけで、そもそも被害が発生していなくても定期的に予防散布するという概念はなじみませんし、害虫を発見したらすぐ薬散出動と決まったわけでもありません。

農業生産での生態系の総合管理による利点は、近視野的には殺虫剤多用による抵抗性の発達を遅らせることです。しかし他の防除手段も、淘汰によって害虫の抵抗性を強める可能性が高いことにかわりはないので、多くの互いに特徴の異なる防除手段を用いて、特定方向への淘汰圧をゆるめ、急速な抵抗性の発達を防止することが重要と考えられています。また長期的な視点からは、より一層の生態系理解をもとに、最高の経済効率(環境修復コストまで含む)を実現するための最適化手法として期待されるものになるでしょう。

・従来からのアマチュアの害虫防除

これまで一般に行われてきたバラの害虫防除法は、

・害虫が出る前の予防的殺虫剤散布
・害虫発生初期の殺虫剤散布

すなわち、「邪魔者は消せ」という考えが基本になっています。

つまり、
虫=害虫=(バラを加害する虫) → 殺虫剤=その害虫を殺すクスリ → 殺虫剤を多用すればすべてうまくいく
という、きわめて単純な発想のもとに、大量の殺虫剤が使用されてきました。

しかしこのロジックが正当化される確かな根拠はあるでしょうか? すくなくともGAMIには、この「三題噺」の各部分を論理的につなぐ根拠となる明快な説明は思い当たりません。 しかし一般的にはこれが一番もっともらしく聞こえるのも事実です。次にあげる、GAMIが実際に遭遇した一部のマニアックなアマチュアの感覚的な発言などはこのことを端的に物語っていると言えそうです。

曰く、
「自分の大事な子供が病気になったら医者に連れていくだろう。バラだって同じだ」
「バラ栽培家は自分のバラの健康管理ができる医者でなくてはならない、そのためにまずクスリが必要なんだ」
「葉っぱの上を歩いてる、なんだかわからん虫を見たら、害虫だと思って殺虫剤でとりあえあず殺しておくべきだ」
...等々

これらの発言からうかがわれるのは、たとえば

●ヒトの体は限定された入り口と出口をもつ疑似閉鎖系と考えられる、したがって施薬されたクスリの効果は通常服用者に限定される。一方、バラへの薬剤散布はどこからみても大気で接続された開放系(ボーダーレス)で、その効果は周囲の他の生物にまで及ぶという、あたりまえな認識の欠如。
●クスリというのは「病気を治す魔法の物質」であり、医者はそれを施す「魔術師」だという誤った認識。すなわち、病気を治す主役は、人体の免疫システムと自己修復能力であり、クスリと医師はこれをサポートするという役割認識の欠如。同時に、殺虫剤は害虫を殲滅できる最良の武器で、これさえあれば安心と無根拠に信じる精神的傾向(殺虫剤真理教?) (^◇^;)
●バラも庭の生態系の一部であり、害虫をも含む虫たちとバラとの相互作用は、葉っぱを食う食われるという狭い関係だけには納まらない。したがって、とにかく虫を大量に殺すことが最適な防除手段であるという保証などないという理解の欠如。また、バラを庭の装飾品、あるいは良くても庭の孤立存在として感覚的にとらえ(=考えてない)、他の存在とともに総合的に見ようとする視点の欠如。

などでしょう。これらは特に意識して考えない限り、我々一般のアマチュアも保持している固定観念かもしれません。そしてこれを見る限り、こと病害虫防除に関しては一部のオタク的マニアも、我々一般のシロウトも、大差ないことがわかります。そしてこのような迷信が上に赤字で記した三題噺をしっかりとサポートしていると考えられます。

・アマチュアの視点でのIPM

さて、アマチュアのバラ栽培家のための総合防除の概念は、その基本は上記のプロ農業に学ぶとしても、プロ−アマ間の栽培規模の差に起因する最適手法の違いや、経済性よりも安全性や娯楽性あるいは隣家との関係等が重要指標として優先されるという点で、大きな相違があり、それにあわせた改良が必要となります。いずれにしても、上記の三題噺が発生するような迷信的防除観からの脱却が先決ですが...

さて、プロの総合防除法を考慮し、対象をバラに特定した場合の防除の具体的個別手段には、

(1)殺虫剤、誘引・忌避剤
  ・化学合成農薬
  ・天然物由来物質
  ・害虫制御効果のある日常使用物質
(2)耐虫性品種、強健種の選択
(3)栽培方法(耕種法)の改良
(4)天敵の利用・天敵繁殖環境の整備
(5)コンパニオンプランツによる誘引・忌避
(6)トラップ等を用いた物理的捕殺
(7)遮蔽物(カバー等)による植物体の保護

などが考えられます。
これから明らかなように、総合防除においても、殺虫剤は一定の役割を担っています。決して薬剤散布を頭から否定したものではなく、逆にしっかり頭を使いながら使用する必要性から、これまで以上に薬剤に対する十分な見識が要求されることになります。

(1)(2)(3)に関しては、本HPの別項でふれているので、ここでは主に(4)(5)について先人の研究を基本線に、一部私見もまじえて述べることにします。

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