■ベッド(2)■


 一人きりのアパートで、虎徹はずぶ濡れの身体をシャワーで温めた。皮膚を伝う温度は心地良く、だが芯までその熱は届かない。バスタブに湯を張れば幾分ましかもしれないが、面倒だった。
 髪を乱暴に乾かし、虎徹はベッドに潜り込んだ。
 雨の音がやけに大きく聞こえる。
 虎徹は毛布を肩まで引っ張り上げた。自分の身体の下にあるシーツに手のひらを滑らせる。さらりと固く冷たい感触が、腕の奥まで染み込む。
 やや狭いシングルベッドが、今夜はやけに広く感じる。楓を実家に預け、一人でこのアパートに引っ越した時に、適当に買ったベッドだ。あの時は、誰かと一緒に眠るなんて考えもしなかった──
 虎徹の心がちくりと痛む。
 過去を手放さないまま、今を生きるための恋人を選んだ。その選択を後悔はしていない。アントニオは、結婚指輪を外さなくていいと言った。
 自分も相手も納得していて、だからと言って、どこまで求めて許されるのか、自分はどこまで自分を許せるのか、虎徹には分からなかった。
 虎徹は膝を抱えて丸まった。自分の体温で自分の身体を温める。
──こういうのを人恋しいって言うのかなあ──
 恋人だからといって、そうそう毎日、夜を共に過ごすわけではない。何より、昨晩、激しく抱き合ったばかりなのだ。そう連日では身体が持たない。
──やっぱり送ってもらえば良かった……かなあ……──
 たいていはアントニオの部屋で抱き合うことが多いが、ごくたまに虎徹の部屋でした後、アントニオは虎徹を身体の上に乗せたまま朝まで過ごす。並んで横になることのできない窮屈なベッドで、熟睡などできるはずもないのに、それでも幸せそうに自分を抱きしめる笑顔を思い出し、虎徹はひとりで赤面した。
 暖かいどころか、時に暑苦しいほどに感じる体温が、無性に恋しい。
 でも──セックスしないのに、一晩一緒にいて欲しい、って、それはどうよ──
 おそらく虎徹が望めば、アントニオはそのとおり、一晩中虎徹をただただ抱きしめていてくれるだろう。何たって、アントニオは虎徹に甘いのだ。でも、アントニオは本当にそれを望むだろうか。滅多に拒絶しないだけに、それが許されることなのかが分からない。アントニオの下半身事情は良く知らないが、生殺し、なんて目にはあわせたくないし、セックスをしない夜ならなおさら、ゆっくりと眠って欲しい。
 ただの親友だった時は、こんなことは考えもしなかった。都合が合えば、どちらかの部屋で飲み明かして、眠くなったら適当にソファや床で寝て、朝、慌ててお互いの職場へ飛び出す。別に珍しくもない、それが普通だった。
 恋人になったのに、親友の時より距離が遠い。いや、求めるものが増えたのか──虎徹は毛布の端を握った。
 雨音はますます大きくなり、風がバタバタと窓を揺らす。
 何故だかその音を聞きたくなくて、虎徹は毛布を被り、ぎゅっと目を閉じた。



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