■子供の本気(2)■


 服部がカードキーでドアを開けた。そのカードを壁のホルダーに差し込むと、部屋に明りが灯る。
 その脇をすり抜けるように、コナンは部屋へと入った。シンプルなベッド、作り付けの机と椅子、壁にはお決まりの無個性な花の絵。何の変哲も無い、狭いビジネスホテルの部屋だ。
 カーテンを閉めようと窓に向かったコナンの身体が、不意に宙に浮いた。
「うわっ」
 勢いよくコナンを抱え上げ、服部はベッドに腰かけた。小さな身体を膝の上に乗せる。
「工藤……」
 熱を孕んだ声がコナンの耳を擽る。
「……っ」
 そのままぎゅうぎゅうと、服部は腕の中の身体を抱き締めた。
「あー、工藤……ホンマに工藤やな」
「っ……おい、痛い! ちょっと離せ!」
「会いたかった、工藤」
「昼間からずっと会ってたじゃねえか!」
 じたばたと暴れるが、子供の力ではどうしようもない。服部の腕が熱く身体に絡みつく。
 会いたかったのはコナンも同じだ。同じように抱き締めたい。服部の身体を自分も感じたい。だが服部はコナンの身体を離そうとしない。
 コナンは抵抗をやめ、身体の力を抜いた。なおもぎゅうぎゅうと抱き締める服部の耳元に口を寄せ、低く囁く。
「なあ、服部。少し力を緩めろ。これじゃあ、キスもできないだろ」
 新一の口調に、服部の動きが止まる。その隙に、コナンは僅かに身体を離した。小さな手で、服部の頬を挟む。
「俺も……会いたかった……服部」
 顔を赤らめながら、コナンはそっと服部に口づけた。小さな舌先で下唇を舐め、そのまま境目を辿る。
「……っ……工藤……っ」
 服部の唇が開いた。滑った舌が、小さな唇を割る。薄い舌を絡め取り、上顎を内側から擽る。
「ン……ッ……ふ……」
 必死に酸素を求めながら、コナンも負けず舌を絡めた。
 まるで争うように、お互いの口腔を嬲る。唇を唇で食み、舌で歯列を辿る。会えなかった時間の分だけ、一瞬たりとも身体を離したくない。もっと深い分部分まで繋がりたい。
「ふ……ンッ……」
 口を塞がれ、鼻での呼吸も限界が近い。息苦しさに、コナンは思わず服部の胸をドンッと叩いた。
「!? 工藤?」
 驚いたように、服部が唇を離す。
「ぷはっ」
 はあはあと荒い息をつきながら、コナンが服部を睨む。
「……死ぬかと思った」
「わーっ! スマン、大丈夫か!?」
 慌てて服部が、コナンの背中をさする。
「大丈夫……だけど……ちょっと落ち着けよ、お前、ガッツキ過ぎ」
 荒い息のまま、コナンはからかうように笑った。その身体が、今度はやさしく抱きしめられる。
「……無理や」
「服部?」
 熱い吐息がコナンの耳を擽る。
「苦しくさせたんは悪かったけど、落ち着くなんて無理や。工藤がここにおるんやで!? 工藤と二人っきりで落ち着いていられるって、どんな聖人君子でも無理やろ!?」
「いや、そもそもお前は聖人君子でも何でもねえけどな」
 腕の中でコナンはぼそりと呟いた。
「無理でも何でも、少し加減しろよ。でないと、俺が困るんだよ」
「工藤……」
 服部が苦しそうにコナンを抱き締める。その腕は、精一杯、力を緩めようとして震えている。
 その胸に顔を埋めたまま、コナンは小さな声で言った。
「……俺だって聖人君子じゃねえんだよ。お前と二人っきりで、そんなにガッツかれたら……我慢が効かなくなる……」
「……工藤?」
 コナンは服部の服をぎゅっと掴んだ。かつて一度だけ、工藤新一の身体で服部と繋がった、その目が眩むような幸福の記憶は、今もしっかりと体内に刻み込まれている。
「お前が……欲しくてたまらなくなる……から……頼むから……加減してくれ……っ」
 次の瞬間、コナンの視界がぐるりと回った。とさり、と身体がベッドに跳ねる。仰向けの身体を平次が組み敷いた。天井の明りが逆光になる中、平次の顔が近づく。そこにはぎらついた情欲と泣きたくなるような優しさが浮かんでいる。
「……できるだけ、加減する。無理させんようにする」
 表情とはうらはらに、平次が優しく、コナンの額に口づけた。
「服部……」
「せやけど、もし上手く加減できへんかったとしても、それは半分は工藤のせいやからな。欲しくてたまらんのはお互い様や」
 コナンはこくりと頷いた。服部に我慢を強いていることは分かっている。それなのに、心に広がるのはまぎれもない喜びだ。今は得られないそれが、本当は欲しくてたまらないと、同じ気持ちなのだと、服部はそう告げたのだ。
「服部……」
 コナンは腕を伸ばし、服部の首にまわした。服部がコナンの首筋に顔を埋める。
「ん……っ」
 柔らかい皮膚を優しく吸われ、コナンの身体が震える。シャツのボタンを外しながら、服部が囁いた。
「これだけは覚えておってくれ。俺は、工藤に無理させたくないんや。我慢はさせるかもしらんけど、無理させたり傷つけたりはしたくないんや」
 もう一度、こくりとコナンは頷いた。自分は服部に我慢をさせたくないのだと──それを口にすれば、話は堂々巡りだ。それを言う代わりに、コナンは小さな声で言った。
「服部……好きだよ」
 服部が、コナンの顔を覗きこんだ。そこには優しい笑みが浮かんでいる。
「俺も大好きや、工藤」
 服部がそっとコナンの唇を塞いだ。コナンは目を閉じて、服部の髪に指を絡めた。



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