■子供の本気(1)■


 ビジネスホテルのフロントロビーで、コナンは椅子にちょこんと座っていた。あくまで、親戚のお兄ちゃんとお泊りする小学一年生、という設定に忠実に、子供らしくきょろきょろとあたりを見回す。客のほとんどは、出張らしいスーツ姿の大人たちだ。
 服部は今、カウンターでチェックインの手続きをしている。このホテルのシングルルームは、小学生なら一名まで添い寝無料だ。いくら大人と対等以上に渡り合う名探偵たちとは言え、所詮は高校生と小学生。財布の中身まで大人と対等、というわけではない。まさかこの姿でラブホテルに泊まるわけにはいかないので、このビジネスホテルのサービスは大変にありがたい。
 カウンターの前にいる服部をちらりと見て、コナンは苦笑した。嬉しさを隠そうともせず、上機嫌に宿泊カードを記入するその姿からは、幸せいっぱいな空気が駄々漏れている。もちろん、その上機嫌の理由が『久しぶりに会えた恋人とお泊り(はあと)』であることを知っているのは当人である平次とコナンだけだ。
 コナンは自分の足元を見た。大人用の椅子は高く、小学一年生の足は床に届かない。
 子供の身体だからといって、不便なことばかりではない、ということをコナンは知っていた。子供の姿に、大人は油断してくれる。大人なら入れない場所にも、子供なら潜り込める。体力や脚力の不足は、阿笠博士を始め事情を知る人たちのおかげで補うことができるようになった。
 それに子供だからこそ、こうして堂々と、恋人とビジネスホテルに泊まることもできる。
 決して、悪いことばかりではない。むしろどんな状況であれ、それを利用して物事を有利に進めるだけの頭脳がコナンにはあった。
 けれど。
 コナンは半ズボンから伸びる自分の脚を見た。床に届かない棒のような脚はぶらぶらと宙に浮いている。どうやっても、小さな身体ではできないことがある。いや、相当な無理と負荷を覚悟すればできないことはないが、服部の理性はそれを望まず、またコナンの理性もそれを望んではいない。
 服部がカウンターを離れ、にこにこ笑いながらこちらにやってくる。
「待たせたな、1302号室や」
 指に挟んだカードキーをひらひら見せながら、服部はコナンの手をとった。
「わあ、どんなお部屋かなあ、楽しみだね、平次にいちゃん!」
 あどけない顔で笑い、コナンは服部の手を借りて椅子から飛び降りた。そのまま手をつなぎ、エレベーターへと向かう。傍目には、東京に遊びに来た仲の良い兄弟に見えるだろう。
 エレベーターには、他にも幾人かの客が乗りこんできた。手をつながれている小学生を見て、微笑ましい顔をする。
 上昇する密室の中で、どちらからともなく、二人は無言になった。コナンは階数ランプをじっと見つめた。
──……6、7、8、9……──
 はやく、はやくと気が焦る。時折、チンという音がして、一人二人とエレベーター内の人数が減っていく。
 服部の手に力が籠った。その熱い手をコナンは強く握り返した。あくまで平静を装い、だが待ち望む13階が果てしなく遠く感じる、その気持ちは二人とも同じだった。



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