■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(6)■
まだお洗濯があるから、また後でね、と言い残し、久美はぱたぱたと駆けていった。
間柴はあたりを見渡した。突然の再会でうやむやになったが、つい先ほどまで沢村と睨みあっていたことを思い出す。だが、沢村の姿はどこにも無い。
さてどうするか、と思案していると、千堂が声をかけた。
「沢村なら、どっかへ行ってもうたで」
「そうですか、ありがとうございます、千堂様」
千堂は苦笑した。
「様はやめや。なんや、こそばゆいわ。千堂でええ。それとその言葉遣いな、頑張ってるのは分かるけど無理ありすぎや。ここでは地でしゃべったらええ」
「そういうわけには……」
「さっき、沢村とタメ口で喧嘩しとったやないか。沢村にあんな口きく奴、この騎士団にも滅多におらんで」
思わず押し黙る間柴に、千堂は笑った。
「沢村の代わりに案内したるわ。見といて損は無いと思うで」
一瞬の後、間柴は口を開いた。
「ああ、頼む、千堂」
それでええ、とばかりにもう一度笑い、千堂は間柴の肩をポンッと叩いた。
居住区の食堂やリネン室、屋外の闘技場や整備室などをひととおり見た後、最後に千堂は間柴をMHの格納庫へと連れて行った。
そこは壮観だった。
もはや伝説に近い『剣聖』の愛機をはじめ、高名な──名前だけでなく真の意味で価値のある──MHが並んでいる。
「これがワイのMHや、カッコええやろ」
自慢げに、千堂が黄色と黒にペイントされたMHを指す。確かにそれは獰猛な獣のような風格を備えていた。外側から見ただけでも、丁寧に整備されていることがよく分かる。
その隣のMHを間柴は見上げた。黒を基調とした落ち着いた色合いに、竜の紋が紅く描かれている。
──これか──
バランスは標準に近く、接近戦にも遠距離戦にも対応できる。脚の可動部の角度と腕の長さから考えると、リーチが長めだ。
──このMHに載って出撃したら、その時は──
死ぬのは自分か、それとも主か。
間柴は頭を振った。死ぬつもりはない。考えることは無意味だ。
「案内するところはこれで終わりや。部屋戻ったら、じきに昼飯や」
「そうか」
「お前もやで」
「は?」
間柴は怪訝な顔で千堂を見た。ファティマに食事は必要ない。食べることはできるが、人間のようにそれが血肉になることは無い、と間柴は教えられていた。つまりファティマに食事を与えるのは、騎士の道楽だ。
「食えるやろ?」
「……食べるだけならな」
「味も分かるやろ?」
「……まあな」
食事の必要は無いが、美味しいものを食べれば、脳はそれを快楽と判断する。
「なら、問題なしや。騎士より大食らいのファティマもおるからな、遠慮はいらんで」
「……変な騎士団だな」
間柴が思わず漏らした本心に、千堂は笑った。
「そうか? 好きな相手と美味いもん食いたいて思うのは、普通やと思うけどな」
「……千堂、聞きたいことがある」
「ん? なんや?」
「ここの騎士は、ファティマを一体しか持たないってのは本当か?」
「んー、そうやな。持ってないのもおるけど」
「有名な騎士なら、ファティマを複数抱えるのが普通だろ? 騎士団の規律で決まっているのか?」
「規律なんてもんは、この騎士団には無いわ。まあ強いて言うなら、会長を怒らせへんこと、くらいやな」
会長の雷は怖いでー、と千堂は肩をすくめた。
「なら、どうして一体しか持たないんだ?」
「どうして、って……保護目的なら騎士団がするから、騎士が緊急避難の契約をする必要はないしなあ。単に個人の事情やと思うけど……なんでそんなこと聞くんや?」
「いや……別に……」
顔を逸らし、言葉を濁す間柴を見て、千堂はピンときた。
「ああ、沢村のファティマことか?」
「……戦闘のたびに死ぬんだったら、最初から複数持ってりゃいいだろ? 死んでからこうやって探すのは面倒じゃねえか、と思った。それだけだ」
「……沢村も、死なせたくて死なせとるわけやないからな」
「……」
「まあ、沢村の事情はともかく、ファティマを複数持つヤツの気持ちは、ワイにも分からんわ」
「そうなのか?」
今まで間柴が見てきた騎士たちの中には、ファティマを多種多様に取り揃え、まるで人形のコレクションのように扱っている奴もいた。そこまでではなくとも、戦闘にあわせて、例えば遠距離砲撃が得意なファティマ、乱戦が得意なファティマなどを使い分ける騎士も珍しくはない。KKD騎士団の騎士ならば、喜んで寄ってくるファティマも多いはずだ。それが何故、一人のファティマで満足できるのか。
「当たり前やないか」
呆れたように、千堂は間柴を見た。
「一番好きな相手は一人しかおらんやろ。その相手にマスター、て呼んでもらえたのに、なんで他のファティマを持たなあかんのや」
「……好きな、相手?」
「せや。ワイなんかもう、大変やったで。なかなかうんて言うてくれんのを、拝み倒して拝み倒して、ようやくマスター、て呼んでもろうたんや」
「……千堂のファティマは、『白い狼』だよな?」
「ああ、強くてきれいで、カッコええ。自慢のファティマや」
千堂は誇らしげに胸を張った。
「お前、自分から望んで、『白い狼』のマスターになったのか!?」
『白い狼』は、『騎士をも凌駕する』と言われるファティマの傭兵だ。MHを操るのは『白い狼』であり、騎士はMHの制御のほとんどをファティマに明け渡さなくてはならない。つまり戦場での栄誉は、騎士ではなくファティマのものとなる。騎士は勝利のため、その屈辱に耐えなくてはならない。『白い狼』の名が一時地に堕ちたのは、その屈辱に耐えられない騎士がわざとMHの制御を渡さず、不利な状況を作り、負け続けたからだ。
「千堂は……それでいいのか?」
「そら、自分で全部戦えんのはちょっとつらいけどな。でも、戦闘の半分くらいは俺が主導権を取っとるし。何より、惚れた相手の力になりたい、て思うのは当然やろ? ヴォルグを戦場に解き放てるのはワイだけや」
「……惚れた……相手?」
さっきから、この騎士は何を言っているのだろう。自分のファティマを『好き』『惚れた』などと、まるで人間の恋人のように話している。
と、その時、耳を劈く警報が鳴り響いた。
「なんや、昨日の今日で、また出撃か。昼飯も食うとらんのに」
さして緊張した様子も無く走り出す千堂の後を、間柴は追った。
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