■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(5)■
会長室のドアをノックすると、『入れ』という重い声が聞こえた。
正面の大きな執務机にいる老人が、じろりとこちらを睨む。その隣に、堂々とした体躯の騎士が立っている。騎士服の鷹の紋章はあまりにも有名だ。
二人の視線を気にも留めず、沢村は間柴を指した。
「俺のファティマだ」
「お初にお目にかかります、鴨川会長、鷹村様。間柴了です」
礼儀の行き届いた挨拶に、鴨川が重々しく頷く。
「歓迎しよう、ファティマ・間柴。お主の話は聞いておる」
鴨川は沢村を見た。
「ファティマが選び、騎士がそれを認めたのなら、儂は何も言わん」
にたりと嗤い、沢村はさっさと踵を返した。その後を間柴が追う。
二人が出て行った執務室で、鴨川は溜息をつきながら椅子にもたれた。
「……よりによって『死神』とはのう……」
「いいんじゃねえか? 強いぜ、あのファティマ」
楽しそうに笑う鷹村を、鴨川はじろりと睨んだ。
「……あやつが決めたのなら口出しはせんが……胃が痛くなるわい」
また溜息をつく鴨川に、鷹村は言った。
「なあ、ジジイ。この騎士団の騎士は全員、負けようが死のうが、それをファティマのせいにはしないぜ?」
「……フン……」
鴨川は椅子を回し、窓の外を見た。
「知っておるわい。だが、あやつ、自暴自棄になっておりゃせんか?」
「それはねえだろ。どっちかって言うとあれは──」
「? なんじゃ?」
鷹村はにやりと笑った。
「沢村のやつ、昨日、あのファティマを自分の部屋に泊めたらしいぜ」
「なに!?」
鴨川が知る限り、沢村が己のファティマを自室に入れたことは無い。例え短い時間であっても、出撃するまではファティマを大切に扱い、快適に過ごせるように気を配る。そして大切にすると同時に、ファティマを個の人格として尊重し、深入りはしない、沢村はそういう騎士だと鴨川は思っていた。それが──
鴨川はこめかみをおさえ、もう一度、ため息をついた。
会長室を出ると、何故かそこには騎士団のほぼ全ての騎士とファティマがたまっていた。『死神』の噂は、おしゃべりな門兵たちからあっという間に広まったらしい。
間柴が礼儀正しく挨拶し、騎士とファティマが自己紹介をする。パンチパーマの騎士は、間柴より凶悪そうな顔を歪めて、精一杯の虚勢を張っている。先ほど会った宮田は好戦的な表情で間柴を睨み、その後ろで木村があからさまに怯えている。鷹村のファティマは少年型で、緊張しながらも礼儀正しく挨拶をした。
対照的に、さわやかな好青年風の騎士はにこにこ笑いながら妙な言葉(おそらく駄洒落だ)で話し、沢村の旧知だという猫のような目をした騎士は、独特の訛りで初対面だと言うのに親しげに話しかけてくる。
そして最後に、異国のファティマがたどたどしい言葉で挨拶をした。『白い狼』──辛酸を舐めてきたであろうそのファティマは、MHの喉笛をも噛み千切るという噂とはうらはらに、柔かく微笑んでいた。
ひととおりの挨拶を終え、騎士たちは散会した。昨日までの激戦を生き残り、今日は各々休息を取るのだと言う。
沢村が間柴に言った。
「ついて来い、施設をひととおり案内する」
「……施設の説明なんて必要ねえだろ」
間柴の言葉に、沢村は振り向いた。
「次の戦闘で必ず死ぬんだ。だったら覚えたって無駄だ。てめえのMHだけ見ればそれでいい」
一瞬の間があった。無表情のまま、沢村が口を開く。
「お前が死ぬのか?」
「はっ! 馬鹿なこと言うな」
昏い顔で間柴は嗤った。
「死ぬのはてめえだ。そうなりゃ俺はまた主なしになって、ここから出ていく。だから覚える必要はねえよ」
「……そうか」
妙に納得した顔で、沢村は僅かに笑った。それは間柴が初めて見る、穏やかな笑顔だった。
「お前が主なしになったら、騎士団が保護する。出ていく必要はねえ。それに」
穏やかな笑顔は消え、竜の嗤いが蘇る。
「お前が死のうが生きようが、俺は死なねえ」
その言葉に、間柴の顔にもまた、命を刈る者の嗤いが浮かぶ。
「そう言った騎士はみんな死んでいったぜ」
「自分が生き残る前提で俺に話をしたファティマはお前が初めてだ」
睨みあう二人の殺気に呼応して、その場の空気がビリビリと震える。
その様子に、たまたま近くに残っていた騎士たちはひそひそと言葉を交わした。
「……おい、あれ、ほっといていいのか?」
ひきつった顔で青木が言う。
「大丈夫やろ、暴力沙汰になるわけやなし」
平然と、千堂が答える。むしろ、沢村を見る目は、どこか嬉しそうだ。
「いや、でも、ここ会長室の前だぜ? また会長の雷が落ちたら……」
「そないに気になるんやったら、お前が止めて来ればええやろ」
「!? 無理に決まってんだろぉ!?」
板垣が呆れたように吐き捨てた。
「ほっとけばいいんです、騎士とファティマの痴話喧嘩なんて、犬も食いませんよ」
「せや、痴話喧嘩の相手もおらんよりよっぽどマシや」
「……悪かったですね、相手がいなくて」
「お前のことやない、沢村のことや」
「分かってますよ。どうせエトラちゃんは喧嘩の相手はしてくれませんからね」
「え? 痴話喧嘩? ……え?」
暢気に話す千堂と板垣の隣で、青木が一人おろおろと、それでも何とか二人を止める方法を考える。
そうこうする間に、間柴の殺気が膨れ上がった。
「てめえ……!」
間柴が拳を握る。心身を締め付けるマインドコントロールに抗い、腕を振り上げようとしたその時。
「……お兄ちゃん……?」
通路の向こうで、少女型ファティマが間柴を見つめている。抱えていた洗濯籠がドサリと床に落ちる。
「……久美……なのか……?」
思わず拳を下ろした間柴に、少女が駆け寄り抱きついた。
「お兄ちゃん、生きていたのね!? よかった……!」
その光景に、沢村を含めた四人の騎士は呆気に取られた。
「……久美ちゃん、今、お兄ちゃんって言った……よな? 俺の聞き間違い……?」
「……そういや久美ちゃん、成人前にマイトが事故で死んだんやったっけ」
「確か、そのマスターの知り合いの伝手で、KKD騎士団で預かったんですよね」
「ファティマの兄妹ってことは、間柴も同じマイトの作、ってこと……だよな?」
「……ああ、そういうことやな……」
青木と千堂と板垣は顔を見合わせた。
「……同じマイトが作ったのに、なんであないに似とらんのやろ」
「っていうか、そのマイト、あの久美ちゃんの顔を作れるだけの腕があるのに、なんであんな怖い顔のファティマ作ったんだよ!?」
「天才肌のマイトって、何考えてるのか分からない人が多いですからねえ」
そんな騎士たちを他所に、間柴は抱きついてきた少女を呆然と見つめた。己を作ったマイトが事故死したと知った時、間柴は既に何人目かの主に仕えていた。まだ幼い久美がどうなったか、その身を案じてはいても、間柴にそれを知る術は無かった。
「久美……お前……どうしてここに?」
「お父様(マイト)が亡くなった後、領主様が引き取ってくださったの。その後、成人まで騎士団のお手伝いをさせていただくことになったの」
間柴は腕の中の少女を見つめた。成人前にマイトを失ったファティマは、その場で破棄されればまだ幸せな方だ。教育を受けていない幼いファティマは、逃げるという概念すら持たず、何の知識も与えられず、未成熟な身体のまま闇へと売り飛ばされる。その末路の悲惨さは、成人したはぐれファティマの比ではない。
間柴の脳裏に、昨夜の光景が蘇る。裏路地で、己を犯した男たちの下卑た顔。自分ですら抵抗できなかった、人間の暴力。
腕の中の久美は、曇りの無い笑顔で自分を見上げている。
間柴は腕の中の妹を抱きしめた。
「……よかった……」
「お兄ちゃん?」
「……本当に……よかった……」
間柴の肩が震える。その光景を見つめていた沢村は、踵を返した。すれ違いざま、千堂が小さな声で言った。
「騎士の嫉妬はみっともないで」
「……そんなんじゃねえ」
あからさまに面白くなさそうな顔で去っていく沢村に、千堂は苦笑した。
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