■はじめの一歩でFSS妄想 凶竜と死神(4)■
翌朝、間柴が目覚めると、ソファに人影は無かった。かわりに真新しいファティマスーツが置かれている。ベッドを整え部屋着を丁寧にたたみ、間柴はそれに袖を通した。
男性型ファティマは数が少ない。そのためファティマスーツも女性型に比べると流通量は少ない。それが昨日の今日で新品が用意されたことに、間柴は少し驚いていた。
と、ドアが開き、沢村が入ってきた。既に身だしなみを整え、略式ではあるが騎士服に身を包んでいる。明るい陽の下で改めて見ると、沢村の顔は実際に凶悪で──人のことは言えないが──、そして確かに騎士の風格を備えていた。
「サイズ、大丈夫か」
唐突に聞かれ、一瞬、間柴は戸惑った。すぐにファティマスーツのサイズのことだと思い至る。
「ああ」
フリーサイズの普及品であるそれは、間柴の細い身体をぴったりと包んでいる。
「うちの騎士団は男のファティマが多いんだが、お前みたいに手足の長いのはいなくてな」
男性型用ファティマスーツがすぐに用意された理由に納得したのもつかの間、『後できちんと合うものを用意する』と言われ、間柴はまた驚いた。若干きついと言えばきついが、戦うのに何ら支障は無い。必要ない、これで十分だ、と言おうとした、その間柴の顔に沢村が突然触れた。
「!?」
反射的に拳を握った間柴に構わず、沢村の指が額から頬、顎をたどる。
「腫れはだいぶ引いたな」
「あ、ああ……」
ようやく間柴はそれだけ答えた。傷を確かめるためと分かっていても、いきなり至近距離で接触されるとどうしても身構えてしまう。
「まずは会長に挨拶しに行く。面倒くせえけど、行かねえとうるせえからな。その後、施設を案内する。広いから午前中いっぱいかかるぞ」
そう言って、沢村はドアに向かった。
廊下を歩いていると、ドアのひとつがいきなり開いた。昨夜、甘い悲鳴が聞こえた、あのドアだ。
「じゃ、宮田、また後でな……っと、うわっ!?」
出会い頭、ドアから出てきたのは男性型ファティマだった。危うく間柴にぶつかりそうになる。
「あ、ごめん……って……誰?」
間柴はそのファティマをじろりと睨んだ。昨夜、甘ったるい声をあげていたのはこいつだ。あの派手な声から、いかにも媚びた美形を想像していたのだが、予想に反して目の前で固まっているファティマは驚くほど平凡だった。むしろ、ここまで平凡な外見のファティマも珍しい。
凶悪な顔に見下ろされ、木村の顔にあからさまな怯えが浮かぶ。
「木村さん、どうしたんですか?」
ドアの向こうから、人間の男が姿を現す。騎士であろうその男は、黒曜石のような瞳で間柴を一瞥し、素早くファティマを背後に庇った。この騎士の方がよほどファティマらしい外見だ、と間柴は思った。
「俺のファティマだ。後で紹介する」
それだけ言うと、沢村はさっさと歩いていった。木村をもう一度、じろりと睨み下ろし、間柴はその後を追った。
宮田と木村が、その後ろ姿を茫然と見送る。
「沢村さんのファティマ……?」
「こええよ、何だよあいつ!?」
尋常なファティマでないことは木村にも分かった。戦闘中でもないのに、あんなに殺気を振りまくファティマなんて見たことがない。しかも、主は『凶竜』沢村だ。あんなコンビを相手に戦うなんて、恐ろしすぎて考えたくない。沢村が同じ騎士団であることに、木村は改めて安堵した。
「もしかしてあのファティマ……」
宮田はそのファテイマに見覚えがあった。ドアを閉め、後ろから木村を抱きしめる。
「木村さん、あいつ、怖いですか?」
「当たり前だろ!? 睨まれただけで殺されるかと思った!」
「大丈夫です」
腕の中で木村を自分の方に向かせ、宮田は薄く笑った。至近距離で見るその黒曜石の瞳が、鮮やかに煌く。木村の頭の中を、嫌な予感がよぎる。
「俺たちが勝ちますから」
「やっぱり!? あいつと模擬戦やるの!?」
「当たり前でしょう、『凶竜』と『死神』の組み合わせなら、今まで体験したことの無い訓練ができる」
「死神!? あいつ、あの『死神』なのかよ!?」
いーやーだー! という木村の叫びは、嬉しそうな宮田の柔らかな唇に塞がれた。
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