■はじめの一歩でFSS妄想 千堂とヴォルグの出会い(3)■
模擬戦の会場は、異様な雰囲気に包まれていた。騎士もファティマも整備士も、騎士団の全員がこの戦いを見届けるために集まっている。なにせ、もう死んだと噂されていた白い狼の戦いが見られるのだ。
その牙は未だ研ぎ澄まされているのか、それとも錆びてしまったのか。誰もが固唾をのんで見守る。
『ヴォルグ、操縦の方法は分かるか?』
『大丈夫デス』
白と黒に塗られた千堂のMHの、ファティマ用コクピットに座り、ヴォルグは機体内を確かめた。戦闘のブランクはあるが、幸い、知らない装置は無かった。千堂のMHは、やや攻撃に偏ったバランス型だった。攻撃、防御、速度がバランス良く調整されているが、若干重量を持たせてスピードを落とし、その分、攻撃に重みをもたせてある。
ヴォルグは深呼吸をした。久しぶりの、本当に久しぶりのコクピットだ。MHに今、自分は乗っている。
『千堂サン、指示をお願いします』
『おう、まかしとけ』
内線を通じて、好戦的な笑い声が聞こえた。
向こう側では、板垣のMHが立ち上がる。
──スピード重視の軽量型デスか──
ヴォルグがディスプレイ越しに瞬時に判断する。
『千堂サン、相手の弱点は腕の──』
『ヴォルグ、最初の一撃はお前に任す。制御を渡すから、好きにしいや』
『え?』
『あ、任す、いうのは命令にならんか?』
『……いいえ、了解デス』
『白い狼の戦い、ワイに見せてみろや』
両MHが剣を抜き、シールドを構える。
審判役の鷹村が腕を上げ、振り下ろした。
「始め!」
号令と共に、千堂の機体が突進し、同時に板垣の機体が素早くバックステップで距離を取る。
それは一瞬の出来事だった。
「え、うそ、」
充分に距離を取ったと思ったその板垣の眼前に、千堂のMHがあった。板垣の機体を衝撃が襲った。一瞬にして、千堂のシールドが右腕を跳ね上げ、僅かに剥き出しになった可動部に上から剣が差し込まれている。板垣は慌てて腕を振り払おうとした、しかし狼の牙は奥深くまで右腕に喰らいついている。
このまま剣を下ろされれば、板垣のMHの右腕は千切れ飛ぶ。だがそうならないのは──右腕を吹き飛ばせばその衝撃で、板垣本人もダメージを受けるからだ。
『ク……ッ』
苦しそうな呻き声は、板垣ではなくヴォルグのコクピットから聞こえた。ファティマのマインドコントロールが、ヴォルグの攻撃を自ら抑圧している。
『ヴォルグ、もうええ! 制御をこっちによこせ!』
『……ッ』
それでもなお、ヴォルグは力を緩めなかった。戦っている相手は、もはや板垣ではなく、己のマインドコントロールだ。
──契約さえしていれば……マスターさえいれば、このまま腕を斬り落とせるのに……ッ──
『このアホが!!』
千堂は無理やりMHの制御を奪い取ると、板垣の腕から剣を引き抜いた。それと同時に、板垣のMHがバランスを失ってよろける。
既でのところで踏みとどまった板垣を見ながら、千堂は叫んだ。
「審判!」
「勝負あり! 勝者、千堂!」
同時に、鷹村が声を張った。
「文句ねえな、ジジイ」
後ろの鴨川に声をかける。鴨川は静かに頷いた。
「おい、ヴォルグ、大丈夫か!?」
千堂はコクピットから飛び出した。ファティマ用のハッチを外から開く。
コクピット内では、ヴォルグが荒い息をつきながら、未だ前を睨んでいた。
「ヴォルグ、おい、しっかりしろ!」
頬を軽く叩くと、次第にヴォルグの眼に焦点が戻ってきた。
「あ……千堂……サン?」
正気付いたヴォルグに、千堂はほっと息をついた。
「お前、無茶しよるなあ。ファティマの限界は超えられへんやろ」
「ゴメンナサイ……倒せなかった……デス」
「いや、あれはワイが悪かった。とどめはワイがささなあかんかったんやな」
まあもっとも、模擬戦でMHの腕を千切ったとなれば、それはそれで会長の雷が落ちるのだが。
「……マスターがいれば……」
ヴォルグが呟いた。
「え?」
「……マスターがいれば、倒せたんです。マスターを守るためなら、ボクは戦えるカラ……ッ」
悔しさに唇を噛みしめる、そのヴォルグの頬に千堂はそっと触れた。
「なあ、お前、なんでそんなに戦いたいんや? 戦うためだけに、契約して解除して、それで辛くないんか?」
「……理由なんてナイ……」
「ヴォルグ?」
ヴォルグは顔をあげた。殺気は消え失せ、柔らかな雰囲気が戻っている。穏やかな口調でヴォルグは言った。
「ボクはファティマです。MHを操って、マスターを守って、戦うために作られました。戦うことに理由がアルなら、それは、ボクがファティマだから。それが理由です」
「っ……!」
千堂は二の句が継げなかった。
ファティマは主がいなければ生きていけない。もちろんそれは知っていた。でもそれは、己の身を守れないから安全に生きるために保護が必要だと──そういう意味だと千堂は思っていた。
でも、少なくともヴォルグにとって、主は異なる意味を持っていた。ヴォルグにとっては生存よりも戦闘こそが本能なのだ。主がいるから戦える。主がいなければ戦えない。だから主を守る。
千堂は背筋がぞくりとするのを感じた。
──なんや、この生き物は。ワイが知っているファティマとは違う。騎士に庇護され、騎士をサポートする、そんな騎士の自己満足のために作られた人形やない。真の意味で、命をかけて主を守る、戦闘のためのファティマ──
千堂はヴォルグに手を貸し、コクピットから出た。床に降りると、むくれた顔の板垣がこちらを睨んでいる。
「よお、おめでとさん!」
「うおっ!」
千堂とヴォルグの背中を、青木が勢い良く叩いた。そのままヴォルグの方を見て、人懐っこく笑う。
「あんた、すごいな。千堂のMHがあんなに早く板垣の懐に入るなんて、初めて見たぜ」
「……悪かったな、ワイには出来ん芸当で」
少々むくれながらも、千堂は同じ疑問を感じていた。操縦者の腕の違い、と言ってしまえばそれまでだが、スピードで遥かに勝る板垣のMHに、何故あんなに軽々と接近できたのか。
ヴォルグは穏やかに微笑みながら答えた。
「別に、特別なコトはしていません。ただボクは、毎回違うMHに乗るので、どのMHでも基本的には同じように動かせマス。デモさっきは契約していなかったから、まだ十分にMHの能力を引き出せなかったデス……」
千堂と青木は、思わず顔を見合わせた。
「……今、さらっと、すごいことを言わなかったか?」
「……聞き違いじゃあらへん……よな……?」
それがどうかしましたか?とヴォルグは小首をかしげている。
「『騎士をも凌駕する』って、比喩じゃなかったんやな……」
「俺は模擬戦の相手はしないからな!」
ひそひそと言い合っていると、鴨川と団吉が近づいてきた。
「団吉、ヴォルグ・ザンギエフはKKD騎士団で預かろう」
「ありがたい……」
団吉がほっとしたようにヴォルグを見た。
「ヴォルグ、元気でな」
「……ダン……本当に……アリガトウ……」
泣き出しそうなヴォルグの柔らかな赤い髪をまるで父親のように一撫でし、団吉はさっと踵を返した。もう自分は保護者ではない。ならば立ち去るのみだ。それが騎士の矜持だ。
立ち去り際、団吉がぽつりと言った。
「鴨川……ヴォルグを頼む……」
「ああ、わかっておる」
それきり会話を交わすことも無く、団吉は北の地へと帰っていった。
「なあ、会長」
「なんじゃ?」
千堂が鴨川に声をかけた。
「これでヴォルグはKKD騎士団に入団したんやな?」
「ああ、そうだ」
「ってことは、契約はどうなるんや?」
「どうなるも何も、契約しなければ戦えんだろう」
その言葉に、ヴォルグはそっと拳を握りしめた。
会長の言うとおりだ。契約しなければ戦えない。それは先程の模擬戦の結果が示す通りだ。おそらくこれからは戦の度に、騎士団の誰かと契約を結び、終われば解除する。以前と同じ、その繰り返しだ。例えばファティマを持たない騎士、例えばファティマが負傷していて戦闘に出られない騎士。どんな騎士にも合わせられるし、どんなMHでも操ることができる、その自信がヴォルグにはあった。
ふと、ヴォルグは思い出した。先程、コクピットで千堂に尋ねられたのだ。辛くないのか、と。何故そんなことを聞くのか、ヴォルグには分からなかった。辛いと思ったことは無い。これが当たり前だからだ。
単純に寿命を考えれば、ファティマは人間より遥かに長生きだ。他のファティマたちも、主の命が尽きるまで仕えた後は、次の主を求める。自分はその間隔が、他のファティマより少し短いだけだ。
ヴォルグは千堂を見た。自分をMHに乗せてくれる騎士は誰もいない、そう思っていた。なのにこの騎士は迷いも無く自分を乗せただけでなく、制御を渡してくれた。
今の千堂にファティマはいないようだ。それならば、戦の時に自分と契約する機会があるかもしれない──そこまで考えて、ヴォルグは頭を振った。誰とでも契約でき、いつでも解除できる、それが自分を雇う組織にとって最大の利点だ。特定の騎士への執着は自分にとっても組織にとっても、何ら利点は無い。
千堂はまだ、鴨川に食い下がっている。
「じゃあ何や、これからもヴォルグは、戦いの度に契約して、終わったら解除するんか!? 酷いと思わへんのか!?」
「千堂サン、ボクは別に何とも……」
「ああもう、お前は黙っとれ!」
諌めたつもりが逆に千堂に怒鳴られ、ヴォルグは目をぱちくりさせる。千堂は何に怒っているのだろう。
「会長! ワイは……」
「やかましい!」
ついに会長の雷が落ちた。杖がドンッと床を突く。その様子は怒っているというより、イラついているというか──なんだかもう面倒くさそうだ。後ろで、鷹村がニヤニヤ笑っている。
「千堂! 主を選ぶのはファティマの権利だ。ヴォルグとて例外ではないわ。そして、その契約を解除するのは騎士の権利だ」
そう言い残すと、鴨川はやれやれと溜息をつきながら、模擬戦の会場を出て行った。
ぽかんと立ち尽くす千堂の肩を、鷹村がポンと叩く。
「あとはてめえらで話し合って決めろ、とさ」
そう言うと、鷹村もまた踵を返した。
残された千堂とヴォルグは、訳が分からないまま顔を見合わせた。
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