■はじめの一歩でFSS妄想 千堂とヴォルグの出会い(4)■
入団したからには、宿舎にヴォルグの部屋が必要だ。が、急なことで準備が間に合わず、とりあえず千堂はヴォルグを自分の部屋へと連れて行った。さして広くも無い部屋だが、ソファも予備の布団もあるし、一晩眠るのに支障はないだろう。
「散らかってるけどカンニンな。明日にはお前の部屋を用意するから」
「イイエ、コチラこそ一晩おセワになります」
団吉に言葉を教えられたためか、拙い割には礼儀正しい。
クロゼットから予備の掛布団を出し、ヴォルグに手渡す。
「ソファしかないけど、平気か?」
「イエイエ、床でジュウブンです。王都はアタタカイですね。お布団もフカフカです」
「そんなところで寝られたらワイが落ち着かへん! ええからソファ使えや!」
千堂の少し怒った言い方に、ヴォルグが笑った。
「? 何や?」
「昔……ダンに拾われた時も、同じコトを言われました」
騎士は皆、優しいです、と屈託なくヴォルグは笑う。その言葉に、不意に千堂の中で不快な感情が湧き上がった。
騎士は優しい? そんなわけがない。ヴォルグ長い間、戦いの度に異なる騎士をマスターと呼んできたのだ。全員とは言わないが、ファティマと性的関係を持つ騎士は多い。そしてファティマは、マスターの命令に逆らえない。いったい、何人の騎士がヴォルグを抱いたのか。想像するだけで腸が煮えくり返る。そして最も腹立たしいのは──自分がその騎士たちと同じ欲望を抱いている、というその事実だ。
「千堂サン? どうしましたか?」
不意に黙った千堂に、ヴォルグが怪訝そうに問いかける。ソファの上で、手渡されたふかふかの掛布団が気持ちいいのか、その掛布団をぎゅっと抱えたまま上目づかいに千堂を見上げる、そのあまりに無防備な姿に、千堂は眩暈を起こしそうになった。
魂が震えるほどの怒りと、あまりに即物的な目の前の誘惑のギャップが大きすぎて、頭がついてこない。
とにかく、頭を冷やそう。
「風呂、入ってくるわ」
そう言い残し、千堂はふらふらと備え付けのバスルームへと向かった。
自分が風呂に入れば、当然次はヴォルグの番だ。北の地から長旅をしてきた上、着いて早々の模擬戦だ。疲れているであろうファティマに風呂を貸さないなど、騎士としてあり得ない。あり得ないが──
「お風呂、イタダキました」
相変らず礼儀正しく礼を述べるその姿に、千堂は再び眩暈を起こしそうになった。
濡れた赤い髪が白い肌に張り付き、千堂が用意した首周りのゆったりした部屋着からは、鎖骨が覗いている。
だが今は、怒りよりも欲望よりも、それよりも大切なことがある。千堂はゆっくりと呼吸をし、自分の感情を抑えつけた。騎士として常に冷静であるべし、という訓練は、こういう時にも役に立つ。
「なあ、ヴォルグ、疲れているところ悪いけど、ちょっと話をさせて欲しいんや」
「何デスか?」
ソファの上で柔らかく尋ねるヴォルグに、千堂は真面目な顔で言った。
「ワイは回りくどい言い方は苦手や。せやからはっきり言う。ワイのファティマになってくれんか?」
「ハイ、戦いのとき、会長の命令があればいつでも──」
「そうじゃなくて!」
千堂はヴォルグの腕を掴んだ。その腕は、思っていたよりもずっと細かった。
「マスターって呼んで欲しいんや。そうしたら、ワイは絶対に解除せえへん。そういう意味や」
「それは……できないです」
「どうしてや!?」
ヴォルグは穏やかに言った。
「誰とでも契約できるのが、ボクを雇う最大の利点だから。一人のマスターしか持てなかったら、この騎士団にもいられません」
「……お前、KKD騎士団を見くびるなよ」
「え?」
「そんな理由で、会長がファティマを追い出すわけあらへんやろ! 会長がお前を入団させたのは、MHの操縦者としての腕を認めたからや! とっかえひっかえ都合よく扱うためやない!」
そうだ、今になってようやく分かった。会長の言葉の意味が。会長がヴォルグを騎士団に入れた理由が。
「会長が言うてたやないか、『主を選ぶのはファティマの権利』やって。お前も例外やないって!」
「千堂……サン……?」
「頼む、その権利、俺に使ってくれ」
「……ドウシテ……ですか?」
「そんなん、惚れたからに決まってるやないか! 惚れた相手の力になりたいのは当たり前や!」
千堂は力の限り、ヴォルグを抱きしめた。
「誰とでも契約できるなら、誰でもいいのなら尚更や! ワイを選んでくれ! 頼むから!」
千堂は必死にヴォルグを掻き抱いた。ヴォルグに──戦闘を本能とするファティマに、この感情が伝わるのかは分からない。もうそんなことはどうでも良かった。ただ、このファティマを戦いの場に解き放てるのが自分でありたいと、ただそれだけを千堂は願った。
「……ボクは誰とでも契約できます。でも……誰でもいいわけじゃない」
「ヴォルグ?」
「……ボクをMHに乗せてくれる騎士はもう誰もいないと思っていました。でも千堂サンは、ボクを乗せてくれた。制御を渡してくれた。戦わせてくれた。あなたのおかげで、ボクはまた戦場に行くことができます。だから……」
千堂の腕の中で、ヴォルグが小さな声で言った。
「ボクはあなたを守るために戦います。……マスター……」
「っ……!」
千堂は、腕のなかのファティマをもう一度、強く抱きしめた。
END
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