■告白(5)■


 翌週水曜日。
 いつもなら待ち合わせをするその時間、木村は宮田のアパートを訪れた。
 事前に送った「行っていいか」という用件だけのメールに対し、宮田もまた、承諾の言葉のみをメールで返した。
 ドアの前で深呼吸をし、木村はチャイムを押した。ドアが内側からガチャリと開く。
 宮田の顔はやつれていた。特に目の下の隈がひどい。それに気づかないふりをして、木村はいつもどおりの口調で言った。
「よっ。入ってもいい?」
「……どうぞ」
 宮田がすぐに踵を返す。
 靴を脱ぎ、木村は部屋へはいった。何度も来た部屋だ。遅くまで遊んで、泊めてもらったことも何度もある。そのたびに宮田は、いったいどんな気持ちでいたのだろうか──
「インスタントですけど」
 いつもどおり、宮田がマグカップを二つ持って来てテーブルに置く。だがいつもと違い、木村の方を見ようとはしない。
 その宮田に、木村は隠し持っていたものを差し出した。
「はい、これ、あげる」
 宮田の動きが止まった。
 それは向日葵の花束だった。ブーケ、などという可愛らしいものではない。茎が長いままの向日葵が大量にセロファンにくるまれ、根元のアルミホイルにオレンジ色のリボンがきゅっと蝶結びされている。
「……なんですか、これ」
「こないだの返事」
「は?」
「いや、花言葉なんて知らねえけどさ、おまえ、向日葵みたいだって言ってただろ」
 宮田の中に、あの時の会話が蘇る。
──『丈夫な向日葵みたいな人です』──
 確かに自分はそう言った。
 宮田は目の前の木村を見た。木村は少し赤い顔でこちらを睨んでいる。
「……木村……さん……これって……」
 宮田の声が上擦る。
「……なんだよ」
「あの……これって……OKっていう意味だと思っていいんですか?」
「意味も何も、おまえ、ちゃんと言ってないだろ!」
 突然の大声に、宮田が目を丸くする。
「ちゃんと、って……」
「だから! 俺のことが好きなのとおまえのズリネタは分かったけど、だから何をどうしたいのかちゃんと言わねえから、俺もこんな返事しか用意できなかったんだよ!」
 宮田はまるで、雷に打たれたようにぽかんと木村を見た。
 木村は赤くなる顔を隠すように、そっぽを向いた。
「何言われても、俺の返事は変わらねえよ。だから、ちゃんと言えよ」
「……木村さん」
 宮田の手が、木村の手にそっと重なった。
「……うん」
「好きです」
「……うん」
「だから……抱かせてください」
「……おまえ、普通そこは『付き合ってください』じゃないの?」
「どっちも同じです」
 宮田がそっと、木村の頬に触れた。ゆっくりと確かめるように、唇が近づく。木村は目を閉じて、それを受け止めた。初めて触れた宮田の唇は、熱くて柔らかかった。
 触れるだけの口づけがそっと離れた。宮田が木村の目を覗き込む。
「あの、木村さん……どうして、って聞いてもいいですか」
「……普通、聞かねえだろ」
「分かってますけど……なんだかまだ信じられないんですよ……これ、本当に現実ですよね? 夢じゃないですよね!?」
「ひでえ」
 木村は苦笑した。まあ、そりゃあそうだよな、とは思う。木村はゆっくりと言葉を選んだ。
「好きだから、ってのは、まあもちろんだけど……知りたいんだよ」
「何を?」
「おまえがどんなふうに人を愛するのか、とか、おまえに愛されたらどうなるのか、とか」
「……」
「あと……おまえをいっぱい愛したら、おまえはどうなるのか、とか」
 木村は宮田の胸に額をつけた。
「それを知る人間が、俺だったらいいな、と思った」
 不意に木村の身体が強く引かれた。宮田の腕の中で、痛いほどに抱きしめられる。
「木村……さん……」
 何も言わず、木村は宮田の背中に腕をまわし、同じ強さで抱きしめた。



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