■告白(4)■
木村は枕に顔を埋め、呟いた。
「……こわかったぁ……」
それが本心だった。ベッドで腕を抑えつけられたあの時、本能的な恐怖が身体を支配した。身の危険、などという抽象的なものではなく、はっきりと、殺されると思った。──それだけ、宮田は本気だった。
『本当に分からないんですか?』
宮田の声が蘇る。分からないはずがない。腕を掴まれ、あの目で見つめられ、その可能性に気付かないほど鈍感ではない。木村は掴まれた場所にそっと触れた。あの時、宮田は震えていた。その感触がまだ腕に残っている。
「……なんで、俺……」
途中で宮田の気持ちに気付いた後も、話を逸らすことはいくらでもできた。気付かないふりで最後まで通すこともできた。その方がお互いのためだと、頭では分かっていた。それなのに、最後の一言を言わせたのは自分だ。
どうして言わせてしまったのか。
その理由が自分でも分からない。分かりたくない。
「……ああもう、どうしろってんだよぉっ……」
ごろごろとベッドの上を転がり、タオルケットを被ったり枕を叩いてみたり、しばらくの間、木村は一人の部屋で七転八倒した。宮田から言われた全ての言葉が、木村の中に蘇る。じっとしていたらおかしくなりそうだ。他人の話なら楽しんで聞けるのに、あの言葉全てが自分に向けられたのかと思うと、もういたたまれない。
ようやく気持ちが少し落ち着き、木村は枕を抱えて座り込んだ。ゆっくりと状況を整理してみる。
宮田は俺を好きだと言った。その好きは、友達関係のものではなく、恋愛という意味での好き、だ。
──こういう時、いつもはどうしてたっけ?──
今までの恋愛を振り返ってみたが、あまり役には立たなかった。そもそも相手から告白された経験が少ない上に、木村の答えはいつも「(とりあえず)いいよ」だったからだ。つまり、告白されて断る、という選択肢が今まで無かったのだ。自分の節操のなさに、木村はちょっと落ち込んだ。
──じゃあ、もし、付き合ったとして──
将来や世間体のことは、とりあえず頭から追い出す。そもそも女と付き合う時だって、少なくとも最初はそんなことを考えない。
おつきあい、で具体的なのは、やっぱりデートとセックスだ。
デートは何も問題ない。というか今日の映画だって、はっきり言ってデートそのものだ。
問題はセックスだ。木村は、宮田の言葉を思い出し、またタオルケットを被りたくなった。あの内容からして、プラトニックはあり得ない。しかも──
──抱かれるの、俺の方かよ!?──
いやいや、いくらなんでもそれはおかしいだろう、と木村は思った。宮田の方が断然、顔はきれいだし、年下だし、あ、でも背は宮田の方が高いな、体格もいいし──木村はため息をついた。多分、そういう問題ではないのだ。宮田が自分を抱きたいと思っている、その事実が問題なのだ。
──そもそも俺、宮田とできるのか?──
当たり前だが、男と寝たことなどない。自分が抱かれる方はさすがに想像したくないので、まずは恐る恐る、あの宮田を抱くところを想像してみる。男同士の正式なやり方なんて知らないが、要するに、アナルセックスと前立腺マッサージの組み合わせだろう。
想像の中で、宮田にキスをしてみる。服を脱がせてみる。脱がせた身体には、胸は無くて、自分と同じものがついていて、肌は白くて、目が大きくてまつ毛が濡れていて──
木村は思わずベッドに突っ伏した。
何の問題も無く、最後まで想像できてしまったのだ。
──俺の常識とか良識って、こんなにハードル低かったのか──
今日、何度目かも分からない自己嫌悪に陥りつつ、ふと木村は思った。もしかして、宮田でなくても、誰でも平気なのかもしれない。そう思い、知り合いの男を何人か思い浮かべ……キスの前に吐きそうになってやめた。
──……って、あれ?──
何で宮田だけ平気なんだ?
顔がきれいだからか?とも思ったが、顔と身体は関係ない。
気を取り直し、木村は今度は逆を──宮田に抱かれる自分を──想像してみた。
キスはさっきと同じだ。イメージの問題なのか、さっきの想像より宮田の唇の位置が高い。服を脱がされて、それから──
『キスして抱きしめて、脱がせて、舐めて……』
宮田の言葉が蘇る。
「……っ」
木村の身体がぴくりと跳ねた。
「うそ……だろ……」
さっき宮田を抱く想像をした時にすらほとんど反応しなかったそこが、今はズボンの中で熱を帯びている。
これ以上はダメだ、と頭の中で叫ぶ自分がいる。今ならまだ、気付かなかったことにできる。知らないままやりすごせる。その警告を裏切り、木村の手がそこに伸びる。
「ん……っ」
『舐めて……奥まで突っ込んで……』
宮田の声が耳の奥から聞こえる。あの雄の瞳に見下ろされ、背中にぞくりとした感触が走り抜ける。
木村の手の中で、自分自身がどんどん硬くなる。零れる液体が指を濡らす。
「あ……」
宮田の声が囁いた。
『どんな顔でイクのか、とか』
「ん……んッ!」
どろりとした液体を掌に受け止め、木村はしばらく呆然とした。
身体と頭が冷めていく。その代わり、心の中にゆっくりと熱が灯る。
宮田の思い詰めた表情が浮かぶ。
『監禁して誰にも見せずに……』
『その人が手に入るなら……オレは他に何もいらない』
「……っ」
不意に、心臓がギリっと軋んだ。
「ばか……やろう……なんで、俺なんだよ……」
木村は唇を噛みしめた。
──俺は、そこまで人を好きになったことなんてねえんだよ、だから──
どうして宮田ばかり誘ったのか。どうして心臓が痛かったのか。どうして宮田とだけ平気だったのか。どうして、最後の一言を言わせてしまったのか。
分からないままでいたかった。知りたくなんかなかった。
「こんなこと、気付かせるんじゃねえよ……」
枕に顔を埋め、木村は溢れる想いを押し殺した。
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