■告白(3)■


 いつもどおりの歓迎っぷりの中で夕食を終え、二人は木村の部屋へと移動した。
 木村はベッドにごろんと転がり、昼間見た映画のパンフレットをぱらぱらと捲った。
宮田は床に座ってベッドに凭れ、ボクシング雑誌を眺めている。
──ん?──
 ふと視線を感じ、木村は宮田の方を見た。一瞬、視線が絡み合う。宮田は思い詰めた表情で、食い入るようにこちらを見ていた。その視線に、理由も分からないまま、木村の背筋がぞくりと震える。宮田の喉が、ごくりと鳴る。
──な、なに!?──
 次の瞬間、宮田の顔が真っ赤になった。慌てて雑誌に顔を戻すが、明らかにその目線は文字を追ってはいない。そもそも動揺する宮田など見たことがない。
──あー、こりゃ、何かあるな──
 何かを言いたそうで、でも言い辛そうで、挙動不審で顔が赤い。
──このパターンは、恋愛相談、確定──
 自慢ではないが、木村は後輩から恋愛ごとを相談されることが多い。話しやすい、常識的なアドバイスをくれそう、というのが理由らしい。確かに、少なくとも鷹村さんよりは常識的だという自信はあるが……如何せん、自分自身の恋愛が一向に成就しないのが虚しい。それを思い出して軽く落ち込みつつ、木村はパンフレットを捲った。
──しかし、宮田が恋愛相談、とはねえ──
 これだけキャーキャー騒がれて、それを興味が無いどころか迷惑そうに流しているこの男が、いったいどんな女に惚れたのか。相手が誰にせよ、こういうタイプは思い詰めたら一直線、間違うと犯罪まがいにまで突き進むタイプだ。ファイトスタイルそのままに、冷静に見えて、本気になるときっと熱くて激しくて──
 ふと、木村の心臓がズキリと痛んだ。
──……あれ?──
 確かに、宮田の恋愛が成就すれば、もう自分と遊ぶことは無くなるだろう。話の合う遊び仲間がいなくなるのは、正直寂しい。でも、心臓が痛くなるくらい寂しいって──青木、宮田と続いたからナーバスになっているのだろうか。
 気を取り直して、木村はパンフレットの広告ページを宮田に見せた。
「お、この映画、来週から公開だってよ」
「へえ、いいですね。水曜ならオレ、空いてますよ」
 宮田が身を乗り出す。
 木村はいつもの恋愛相談と同じように、ごく自然に言葉を続けた。
「あー、俺も大丈夫。だけどおまえさ、俺とばっかり遊んでたら、彼女とかできねえんじゃないの?」
「……え?」
 宮田の動きが止まった。木村は明るく言葉を続けた。
「好きな子がいるならさ、俺に遠慮するなよ。応援するからさ。相談にも乗るぜ?」
 おどけて、片目をパチンと瞑ってみせる。
「木村さん……っ! アンタ……分かって言ってるんですか!?」
 宮田の顔が見る見る強張る。木村を睨むその目は、怒っているようにも泣きそうにも見える。宮田が木村の腕を強く掴んだ。そのままのしかかり、両腕をベッドに押し付ける。
「宮田……?」
 見下ろす視線が木村を射抜く。押さえつけられた腕から、震えが伝わってくる。木村は息を呑んだ。宮田の目は、餓えた雄そのものだった。
 その時、ドアの向こうから声が聞こえた。
「達也ー、おかあさんたち、もう寝るから。静かにしてねー」
「あ、ああ、うん」
 木村がどうにか返事をする。宮田が腕を掴む力が緩んだ。
「……宮田?」
 少しだけ落ち着きを取り戻したのか、宮田は木村から目線を外し、床に座った。
「……木村さん……」
 感情を押し殺すような声が、宮田の口から漏れた。
「オレ……いますよ、好きな人」
「……そっか……」
 木村は少し安堵した。どうにか落ち着いて話ができそうだ。
 宮田は俯いたまま、言葉を続けた。
「名前は言えませんけど……木村さんも知っている人です」
「へえ……年下?」
「いえ、年上です」
「なんだよ、やっぱり年上キラーかよ」
 木村のわざとふざけた言い方に、宮田が苦笑する。
「そこまで上じゃないですよ」
 ぽつりぽつりと、宮田が言葉を続ける。
「知り合ったのは、もうずいぶん昔で……でも、意識したのは割と最近ですね」
「へえ……で、どんな子?」
「向日葵」
「へ?」
 木村は思わず、宮田を見た。
「丈夫な向日葵みたいな人です」
 それっきり、宮田は口を閉ざした。木村は話題を変えた。
「それで? ぶっちゃけ、脈はありそうなわけ?」
「……どうでしょうね。向こうから見たら、オレはせいぜい友達か……下手したら未だに子供だと思われてるかもしれませんね。出会った時、オレはまだ子供でしたから」
「子供って……」
 思い当たる節に、木村は少し申し訳なくなった。確かに自分の中にも、どこかまだ子供のままの宮田がいる。いや正確には──体格もランキングも敵わなくなった今、せめて中身は生意気なガキのままだと思うことで、優位に立ちたかったのだ。
 自分の情けないプライドに気付き、木村はちょっと自己嫌悪に陥った。
──子供、じゃねえよな、もう──
 子供はあんな目はしない。あれは完全に大人の──雄の獣の目だ。
 このまま続きを聞くか、それとも適当に誤魔化して話を終わらせるか。少しの迷いの後、木村は努めて明るく軽く、いつもどおりの恋愛相談を続けた。
「でもさ、おまえは子供じゃないんだから、もし上手くいったらその先も、って考えるよなあ? その辺はどうなのよ?」
 男同士の秘密の猥談の口調で、木村はわざとにやにや笑いながら尋ねた。
 宮田は唇を噛みしめた。何かを必死で飲み込み、それから開き直ったように顔をあげる。その顔には、いかにも楽しそうな笑顔が貼り付いていた。
「そりゃ、やりたいですよ。当たり前でしょう」
「だよな、おまえも男だもんな。なんか逆に、安心した。そういうことに興味なさそうだったからさー」
「なんですか、安心した、って。興味ないわけないでしょう」
「……ってことはさ、やっぱり、ズリネタにしちゃってるわけ?」
 あくまで興味津々という態度を崩さない木村に、宮田は挑むように笑った。
「そりゃあ、してますよ」
「……例えば?」
「普通ですよ。キスして抱きしめて、脱がせて、舐めて……奥まで突っ込んで……時々泣かせて。あと、口でさせたり、縛ったり、外で犯したり、とか」
「……おまえ、そんなきれいな顔してるのに、結構エグイな……」
「顔は関係ないでしょう」
 宮田はむっとしたように言った。
「それから、そいういう時に、どんな声で泣くのか、とか想像しますよ。どんな顔でイクのか、とかね」
 まあ、本人がこんなこと聞いたら、さぞ気持ち悪いでしょうね、と宮田は自嘲気味に笑った。
「あとは……時々、ですけど……オレだけのものにしたいと思いますよ。監禁して誰にも見せずに……まあ、さすがに実際にはやろうとは思いませんけど」
「おまえ、そんなこと考えながら一人でやってんのかよ……相当重症だぞ、それ」
「……そうなんでしょうね」
 貼りついた笑顔のまま、宮田の声が僅かに震えた。
「最近じゃあ、もうその人のことで頭がいっぱいで、気が狂いそうですよ。ひどい時は、目の前にその人がいる時に、頭の中で犯してます。その人が手に入るなら……オレは他に何もいらない」
 木村は茫然と、目の前の宮田を見つめた。宮田が持っているもの。手放すことなどできるはずもない、それ。その重みは宮田自身が一番よく知っているはずだ。
 木村はやっとのことで、声を絞り出した。
「……本気でその子のこと、好きなんだな」
「ええ、本気ですよ」
 まっすぐな宮田の目線から、木村はふっと目を逸らした。
「……うらやましいなあ」
「は?」
 木村は天井を見上げ、呟くように言った。
「おまえがうらやましいし、その子もうらやましい」
「……」
「俺さ、そこまで人を好きになったことなんてねえよ。そりゃ、もっと若いころは無茶苦茶に暴走した時もあったけど、あの頃は……何も持ってなかったしな。まして、そこまで人に好かれたこともねえし」
 宮田がギリッと拳を握りしめた。
──好かれたことが無いなんて、それをアンタが言うのか──
 脳裏に、あの立派な向日葵が浮かぶ。愛されて育ったあの花は、とてもきれいだった。
「だからさ、思い切って告白してみたら? まあ、嬉しいと思うか重いって思うかは相手次第だけどさ」
 これで恋愛相談は終わり、とばかりに、木村はベッドから立ち上がった。
 宮田も、ゆっくりと立ち上った。
「……話、聞いてくれてありがとうございました。今日は帰ります」
「うん、まあ俺で良かったら、いつでも相談乗るからさ」
 部屋のドアに向かう宮田の背中に、木村が声をかけた。
「なあ、宮田」
「……なんですか?」
「その子の名前さ、言えないって言ってたけど……良かったらそのうち、教えてくれよ」
 宮田は振り向かないまま、口を開いた。
「木村さん……からかってないですよね? 本当に分からないんですか?」
「何が?」
 静かな木村の声が、宮田に届く。宮田は魂の奥底から、声を絞り出した。
「オレが好きなのは……アンタですよ……木村さん」
 バタン、とドアが閉まった。しばらくの後、玄関のドアが開く音と、バタバタと走り去る足音が聞こえる。その音が聞こえなくなった瞬間、身体中の力が抜け、木村はベッドにぺたんと座り込んだ。



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