■告白(2)■
雑踏の中で人の波を縫うように、木村は待ち合わせ場所へと走っていた。腕時計をちらりと見る。
「やべ、ギリギリじゃねえか」
普段はあまり遅刻などしないが、今日は家業の手伝いに手間取った。基本的に気を遣わなくていい相手ではあるが、待たせれば嫌味のひとつも言われるに決まっている。
──まあ、あいつもいっつもギリギリだから、遅れさえしなきゃセーフだけど──
そういえば以前、宮田に『ギリギリ』を指摘したら『それはピッタリって言うんです』って言われたっけ──そんなことを思い出し、木村は苦笑した。
ともあれ、こちらから誘っている手前、遅刻は避けたい。
──それにしてもあいつ、よく俺なんかにつきあってくれるよな──
友達、少なそうだもんな……と、木村は勝手にちょっと心配になった。だが宮田側の事情はさておき、こうやって遊びにつきあってくれるのはありがたいし、何より一緒に居て楽しい。
暫く前、青木に彼女が出来た。今はほぼ同棲状態で、歴代彼女と比べても青木が本気なのは、見ていて良く分かる。照れくさいから本人には決して言わないが、素直にめでたいことだと思うし、心の底から応援もしている。
だがしかし、それによって木村はツルむ相手がいなくなってしまった。元々、大人になってからは、子供の頃のようにべったりツルんでいたわけではない。ただ、青木には彼女がいるのに自分にはいない、というこの状況が、正直ちょっとだけ寂しい。というわけで、木村は青木以外の知り合いに連絡を取って遊ぶことが増えた。宮田はそのうちの一人で、初めて誘った時は正直、十中八九、断られるだろうと思っていた。だが宮田はほとんど断らず、しかも意外なことに木村と趣味が合った。音楽、映画、スポーツ、洋服、何であれ好みが合う相手と話すのは楽しい。そうして気が付けば、木村が遊ぶときに誘うのは大抵、宮田になっていた。ただし遊ぶ場所が、スポーツ観戦はともかく、映画や海へのドライブなど、まるで女とのデートみたいになってしまうのは仕方がない。いくらなんでも、あまり変な場所へ遊びに連れてい行くのは気が引けるのだ。
大人になり身長も追い越され、ランキングもとっくに敵わなくなってもなお、木村にとって宮田はどこか未だに、小柄で生意気な中学生のままだった。
ちなみに今日の行先は、もはや定番となった映画だ。
ようやく待ち合わせ場所が見えてきた。宮田がまだ来ていないことを確認し、木村は歩調を緩めた。
呼吸を整えながらほんの少し待っていると、向こうから宮田が歩いてきた。時間ピッタリだ。
「よっ」
木村は何食わぬ顔で笑いながら、片手をあげた。
映画を見て、お茶を飲んで、買い物を終える頃には、すっかり夕方になっていた。いつものことだけれど、本当にデートみたいだな、と木村は苦笑する。男二人でこのコースはかなりサムいはずなのに、どういうわけか宮田と一緒だと違和感がない。宮田の方も、無表情ながらも楽しそうだ。
「あー、腹減ったな」
「そうですね」
「そういやおふくろがさ──」
『宮田君と出かけるなら、家に連れてらっしゃいよ。晩ごはん、用意しとくから』
母親からのいつもの伝言を伝えると、宮田の表情が急に強張った。
──あれ?──
それは、木村があまり見たことのない表情だった。いつもなら素直に来るか、理由があるときは断るか、どちらにせよ返事はストレートで言葉以上の含みは無い。
一瞬の後、宮田はいつもの表情に戻り、素直に頭を下げた。
「ありがとうございます、いつもごちそうになっちゃって、すみませんね」
「いや、付き合わせてるのは俺の方だし。っていうか、礼ならおふくろに言ってくれよ」
木村の母親は、もはや完全に宮田の大ファンだった。鴨川ジムの連中が来る時とは、明らかに態度が違う。
そりゃあそうだろう、と木村は思う。このきれいな顔で、若干愛想は悪いが礼儀正しく挨拶し、きちんと「いただきます」「ごちそうさまでした」、とどめにほんの僅かに笑って「美味しかったです」と言われれば、さぞ作り甲斐もあるだろう。
「木村さん、ちょっと寄って行っていいですか?」
宮田が、洋菓子店を指した。
「いいって、気ぃ使うなよ」
「そういうわけにはいきませんよ」
宮田はスタスタと店内に入り、モンブランとシュークリームを一つずつ選んだ。母親だけでなく、木村の父親の好みまですっかり把握している。ちなみに、木村の父親も、母親ほどではないが宮田のファンだ。
「……おまえ、実は年上キラーじゃねえの?」
「はい?」
宮田は涼しい顔で答えた。
「父さんも、これなら食べますから。同世代なら、だいたい好みも一緒じゃないですか?」
「……そういうところが、年上キラーだって言ってんだよ……」
半分感心、半分呆れながら、木村はちらりと宮田の顔を見た。いつもどおりの表情で、宮田は支払いをしている。
──気のせい、か?──
先程の表情が少し気にかかりながら、木村は宮田を連れて自宅へと向かった。
|