■告白(1)■
夏の早朝、宮田はいつものロードワークコースを走っていた。まだ低い太陽がアスファルトに薄い影を作る。澄んだ空気が肺に心地よい。
静かな住宅街の中、聞こえるのは鳥の鳴き声と自分の呼吸音、それに気の早い蝉の声だけだ。新聞配達の自転車だけが、すれ違いざまにその音をかき消す。
呼吸を乱さないように気をつけながら、宮田はゆっくりと空気を吸い込んだ。清浄な気体と入れ替えに、自分の中に蟠る熱を吐き出す。ひんやりとした朝の空気は、名前を付けることすらできないこの感情を僅かに宥めてくれる。それでも、数か月ものあいだ自分の中に巣食っているそれは、マグマのように溢れ出し、あっという間に暴れ出す。
「……っ」
宮田は、溢れそうになるその人の名前を喉の奥に飲み込んだ。何故、気が狂いそうなほどにその人のことばかりが頭を占めるのか、何故、名前を呼ぶだけでこんなにも苦しくなるのか、この感情を何と呼べばいいのか、宮田には分からなかった。
自分の呼吸音が耳に響く。
陽は徐々に高くなり、濃くなる影が、今日の暑さを予感させる。
滲む汗も拭かず、ただ淡々と走る宮田の視界に、不意に鮮やかな色が飛び込んできた。その圧倒的な存在感に、宮田は思わず足を止めた。
それは大きな向日葵(ひまわり)だった。毎日ただ通り過ぎる民家の庭に、それは突然、花開いていた。
澄み切った空気の中、垣根の高さを遥かに超え、太くまっすぐに伸びる茎の上で鮮やかな黄色が誇らしげに上を向いている。住人がよほど大切に育てたのだろう、そうでなければこんな住宅街の庭で、向日葵はこんなに立派には育たない。
小学生の頃、校庭で育てた向日葵を宮田は思い浮かべた。大切に育てたつもりだったのに、自分の向日葵は同級生と比べて何故か弱々しかった。
今、見上げる黄色い花は、それとは比べものにはならないほど、生命に満ち溢れている。花びらの上で朝露が、キラキラと光る。愛されて育った花はきれいで、見る人を幸せにする。
宮田はそっと、その花の方へ手を伸ばした。手は届かず、手のひらの向こうに鮮やかな黄色と光が見える。
小学生だった自分は、同級生の向日葵が羨ましかった。でもそれは、向日葵をきれいに育てられることが羨ましかったのだろうか。それとも、大切に育てられた向日葵が羨ましかったのだろうか。
見つめる先の向日葵が、僅かな風に揺れた。宮田の口から無意識に、先ほど飲み込んだ名前が零れ落ちる。
その瞬間、宮田の中で全ての感情が繋がった。
──ああそうか、そういうことなのか──
形のない感情が、宮田の中で名前を与えられ、その正体を露わにする。
──オレは、あの向日葵が……欲しかったんだ──
宮田は、伸ばした手のひらをゆっくりと握った。届かなかった手のひらは、ただ空を掴んだ。
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