■Blue Age(2)■


 映画館を出た後に、近くのカフェでちょっと休憩する。それは二人にとって、最早馴染んだデートコースだ。
「この後、どうします?」
「うーん」
 アイスコーヒーのストローを指先で弾きながら、木村は少し考えた。
「服とかCDとか、ちょっと見たいかなー。晩メシは、ちょっといいイタリアン予約しといた。食えるよな?」
「大丈夫ですよ」
 お互いに、厳しい減量期でないことは確認済みだ。
 宮田がちらりと、木村を見た。
「で、その後は?」
「……あー、えっと……」
 猫科の動物のような大きな目に見つめられ、木村の心臓がどくりと鳴る。
 目線を逸らしながら、木村は少し小さな声で答えた。
「……具体的には決めてないけど……店の方は明日、休みをもらってきた……」
 その言葉に、宮田の口元が緩んだ。
「覚えててくれたんだ」
「そりゃ忘れねえよ。っていうかさ、本当にそんなんでいいわけ?」
「オレたちにとっては貴重じゃないですか」
 オレたち、という言葉に、木村の心がちくりと痛む。
 バイトのシフトや店の手伝いを都合すれば済むのは今だけだ。どちらかの試合が近づけば、何ヶ月も会えなくなる。
 木村はアイスコーヒーのグラスを手に取った。氷で薄まったコーヒーを吸い上げながら、目の前の宮田を見る。
 宮田も、グラスの残りに口をつけていた。長い睫、整った顔立ち、意志の強い瞳。
──一歩じゃねえけど、確かにカッコいいわ、これは──
 近くの席から、女性たちのひそひそとした話し声が聞こえてくる。こちらをちらちらと見る目線に気付かないはずはないのに、宮田は完全にそれを無視している。
 宮田と街に出かけると時々、こういう場面に出くわす。前に『モテるねえ』とからかったら、平然と『慣れれば気になりませんよ』と言われた。あの時は思わずぶん殴ってやろうかと思った。自分だったら──そんな経験はめったにないのが悔しいが──やっぱり気になるし、素直に嬉しいと思う。
 木村はちらりと女性たちの方を見た。女性たちは相変わらずこちらを──正確には宮田の方を見ながら、ひそひそと話をしている。宮田は気にする様子も無く、映画のパンフレットをぱらぱらめくっている。
──ちぇっ。どうせ俺は、いつまでたっても慣れねえよ──
 木村はストローを咥え、残り少ないグラスの中身を強引に啜った。目の前の男が超モテモテで、本当は女なんてよりどりみどりで、なのに何故か自分とデートしている、というこの状況に、木村はいまだに慣れない。
──ホントに、なんで俺なんだろうな──
 ぼんやりとそんなことを考えながら、木村はもう水分の出なくなったストローを唇から離した。と、次の瞬間、その唇に宮田の指が触れた。
「うわっ!」
「え、あ……え?」
 驚いて反射的に顔を離す。それ以上に、目の前の宮田がびっくりした顔でこちらを見ている。
「き、急に、なんだよ……っ」
「え、あれ? オレ……」
 大きな目をさらに大きく見開きながら、まだびっくりした顔で宮田は自分の指と木村の顔を交互に見ている。
「お前なあっ!」
「いや、木村さんの口がとんがってたから……」
「は!?」
「……だから、なんかほっぺた膨らまして、口をとんがらしてたから……可愛いなあって思いながら見てたら……」
 気付いたら触ってました。
 最後は開き直ったように堂々と言われ、木村は言葉が出てこなかった。顔がどんどん赤くなっていくのが自分で分かる。
 いたたれず、木村は勢いよく立ち上った。
「もう、行くぞ!」
 グラスを返却し、一目散に出口へと向かう。その後ろを追いかけてきた宮田が、木村に近づく。
「木村さん」
「……なんだよっ!」
「可愛い」
 耳元で囁かれ、また顔が赤くなる。公衆の面前であんなことをされて、あんなことを言われて、もう恥ずかしくて恥ずかしくて顔も上げられないのに──何故だかさっきよりずっと心が軽い。
 外に出るとウインドウガラス越しに、さっきの女性たちが見えた。明らかにこちらを見ながら何かを話しているのに、もう全く、気にはならなかった。



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