■Blue Age(1)■
夏の昼過ぎ、日差しはいよいよ強くなり、アスファルトの照り返しが容赦なく熱気を吹き上げる。太陽の動きと共に、僅かな陰の位置が変わっていく。
人々が足早に行きかう雑踏の中、木村は比較的涼しい日陰の壁に凭れ、腕時計を見た。
午後一時まで、あと十五分。
待ち合わせの相手が来るまで、もう少しだ。几帳面なあいつのことだから、来るのは多分、時間ピッタリだろう。
僅かな緊張とそれを上回る待ち遠しさに、心臓が徐々に高鳴る。
自分の耳に聞こえるほど大きくなった鼓動に苦笑し、木村はふうっと息を吐いた。
──まったく、十代のガキじゃねえんだからさ、俺──
こうして待ち合わせてデートをするのは、もちろん初めてではない。キスも、その先も、もう何回もしているのに、未だに待ち合わせのたびに心臓が暴れ出すのは何故だろう。
──まあ、試合だって、何度やっても緊張するもんな──
それとこれとは違わねえか?、というツッコミが頭を掠めたが、木村は無視した。
今日これからの予定を思い浮かべながら、木村は再び腕時計を見た。
午後一時まで、あと十三分。秒針が進むのがやけに遅い気がする。
木村は軽くため息をついた。認めたくはないけれど──自分がかなりの重症だという自覚はある。
──ちくしょう、告白してきたのはあっちだってのに!──
初めて告白された時の、思い詰めた表情が脳裏に浮かぶ。
それまでも付き合いは長かったけど、正直、あの瞬間まで、そんな対象だと思って見たことなどなかった。というか、当たり前だ。いくら顔がきれいだからって、あいつは男で、元ジムメイトで、ちょっと前までは背が俺の胸くらいまでしかない生意気なガキで。
もちろん、中途半端な気持ちで受け入れたつもりはない。だけどほんの少しだけ、向こうから告白された、という優越感があったのは事実だ。なのに気が付けば、この有様だ。完全に参っている。
そう、時間通りにしか来ないと分かってる男を、早々と来て待つ程度には。
──いや、別に、あいつが時間通りなのは昔からだしな……──
自嘲気味に口元を吊り上げた、その時、こちらへ向かって走ってくる人影が見えた。
「え?」
想定外のタイミングに、心臓が跳ね上がる。
「待ちましたか? 木村さん」
少し息を上げたまま、目の前にやってきた男を木村は茫然と見た。
「宮田? どうしたんだよ、こんなに早く……」
「早いですか?」
宮田は自分の腕時計を見た。
「十一分前ですよ、別に早くはないでしょう。木村さんの方が早く来てるんだし」
「いや、それはそうだけど」
──いやいや、そりゃ世間一般的には早すぎないけど、お前はいっつも時間ピッタリじゃねえか──
「あ、もしかして、近くで何か用事があったとか?」
「何言ってるんですか」
呆れたように宮田が言った。
「アンタに早く会いたいから、急いで来たにきまってるでしょう」
「……!?」
真顔でさらりと言われ、木村は思わず固まった。
「映画、何時からでしたっけ」
「え、あ、一時半……」
「ちょっと早いけど、もう行きますか?」
「あ、う、うん、そうだな」
「木村さん?」
不意に宮田の手が頬に触れ、木村は反射的にびくりと震えた。
「な、なんだよ?」
「顔、赤いですよ。熱中症とか大丈夫ですか?」
──ちげーよ、お前のせいだよ!──
心の中で怒鳴りながら、木村は努めていつもどおりの顔を作った。
「大丈夫だけど、ここ暑いよな。早く映画館行って涼もうぜ」
そうですね、と素直に宮田が従う。
木村は赤い顔を背けながら、今日の予定に思いを馳せた。
──しょっぱなからこんなんで、俺、大丈夫か……?──
いつもどおりのデートならともかく、今日は特別な日だ。リクエストどおりのプレゼントも用意した。
それをリクエストされた時のことを思い出し、木村はまた、顔を赤くした。
──それは一ヶ月ほど前、宮田のアパートでの出来事だ。
その日は夜明け前に、二人で同時に部屋を出なくてはならなかった。宮田はバイト、
木村は店の仕入れのためだ。ベッドに残る熱と睡魔を振り切り、二人は無言で身支度
をした。木村がドアを開ける直前、不意に後ろから宮田が抱きしめてきた。
あと一分だけ、と震えるように囁く声と、背中から伝わる体温に、何故だか胸の奥が
締め付けられた。
少しでも明るい話をしたくて、木村は抱きしめられたまま、
『誕生日に何が欲しい?』
と尋ねた。その問いに、宮田が珍しく遠慮がちに、小さな声で答えたのだ。
『朝までアンタと一緒にいたい』と。──
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