■Blue Age(3)■


 服屋を見て、CD屋を見て、予約していたレストランへ向かう。
 二人とも普段あまり飲まないけれど、記念日だから、と白ワインで乾杯をした。
 食事の間、木村は努めて明るく話をした。
 木村が笑えば、宮田も笑う。木村が『これ美味いな』と言えば、宮田も『そうですね』と答える。穏やかで楽しくて幸せな時間を、意図的に木村は演出した。
 それでも時折。ちょっとした会話の途切れ目や料理を待つ間に。
──ああもう、頼むから、もうちょっと落ち着けって──
 宮田の視線が熱を帯びて、木村を突き刺す。その視線に気づかないふりをして、木村はゆっくりと食事を続けた。
 正直なところ、これだけあからさまに求められて、嬉しくないはずがない。
──でもさ、二人でゆっくり飯を食う、っていう時間も、オレたちにとっては貴重だろ?──
 宮田にそれが伝わるかは分からないし、それを宮田が必要としているのかも分からないけれど。
 二人にとって意味のある時間だと、木村は思った。
 木村はちらりと、宮田を見た。
 慣れないアルコールのせいか、宮田の目が少し赤い。熱量を増した目で見つめられ、木村の内側がひっそりと脈打つ。
 本当は自分の中にも熱が渦巻いていることを宮田に悟られないよう、木村はゆっくりとグラスを手に取った。



 宮田のアパートへ着いたのは、まだ夜もそれほど遅くない時間だった。
 宮田がカギを開け、勝手知ったるとばかりに木村が部屋に入る。
「なあ、せっかく誕生日なんだし、もうちょっと飲む? 何か買ってこようか」
 そう言い終わらないうちに、宮田が腕を掴んだ。あっという間に抱き竦められ、木村の身体がびくりと震える。
「いらねえ。オレはアンタしかいらない」
 低い声と荒い息に耳を嬲られ、木村の肌がぞくりと泡立った。さっきまで押し殺していた熱が、身体の中で暴れはじめる。
 宮田の唇が木村に触れた。
 一瞬の戸惑いの後、木村はぎこちなく唇をひらいた。宮田の舌が乱暴に、木村の口腔内に侵入する。嵐のような侵略を木村は自分の舌で受け止めた。
──どう考えても俺とこいつじゃ釣り合わないとか。一時の気の迷いに決まっているとか。どうせいつか俺じゃない女と幸せになるんだろ、とか──
 ぐるぐると頭の中を駆け巡る逃げ道が、内側を貪る熱に溶かされていく。
「ん……」
 木村は宮田の頭へ腕をまわした。ベッドへ押し倒されるより一瞬早く、自分から引き倒す。
 宮田が驚いたように目を見開いた。
 ぎしり、とベッドが軋む。唇を離さないまま、宮田の手がシャツのボタンを掴む。そのまま引きちぎりそうな勢いでシャツをはだけていく。
「おい、落ち着けって……っ」
 その声が届かないことを承知で、木村は言った。もどかしそうに動く手を抑え、自分でボタンをひとつずつ外す。
 自由になった宮田の手が、木村の脚を掴んだ。
「……っ……」
 宮田の膝が強引に、木村の脚の間に割り込む。そのまま中心に膝頭を押し当てられ、身体がひくりと震える。そこが既に熱を帯びていることを知られ、気恥ずかしさに思わず顔を背ける。
 宮田の喉が鳴る音が聞こえた。
 荒々しくベルトが外されファスナーが引き下ろされるのと、木村が自分のシャツのボタンを外し終わったのはほぼ同時だった。
「宮田……こっち来いよ……」
 木村は恥ずかしさを堪えながら穏やかな笑顔を作り、宮田に両腕を伸ばした。導かれるように、宮田がその腕を捉え、木村の肩口に顔を埋める。
 まるで飼い主に呼ばれた犬のような様子に、木村は苦笑する。
 まったく、こんなきれいな顔をして、クレバーだの理論派だのと言われているくせに、今のこいつの頭の中はものすごく単純だ。好きだ、抱きたい、突っ込みたい。男の思考回路としてはある意味一番、正しい。
──きっと、俺みたいに、釣り合いとか世間体とか将来どうするんだとか、そんなこと全然考えていないんだろうな。いや、考えていないというより、不安を感じる余裕も無いのかもしれない──
それが、二歳という年齢差のせいなのか、あるいは性格の違いなのか──多分、性格だろうな──木村はそう思う。
「木村さん……」
 熱い吐息に呼ばれ、木村の奥がぞくりと震える。
 獣の瞳が木村を見下ろす。飢えた雄の視線は、それだけで凶器だ。心臓の奥を抉るような痛みが、重く甘く、木村の身体を支配していく。
 いったい今まで、自分はこんなにも激しく誰かを好きになったことがあるだろうか。外見も、力も、世間の評価も、自分は何もかもが敵わない。悔しいとは思うが、それは現実であり、素直にこいつが凄いのだと認められる。ただひとつ、想いの深さだけは負けたくない。そう思うが、正直、全く勝てる気がしない。
 宮田が木村の手を捉えた。掌を重ねあわせ、シーツに強く押し付ける。宮田の掌が僅かに震えている。それあやすように、木村はゆっくりと指を絡めた。
 熱い吐息が首筋から肩口へと降りて行く。ねっとりと舐め上げながら、痕が付かないギリギリの強さで歯を立てられる。そのたびに、掌を掴む宮田の手にも力がこもる。その痛みに耐えながら、木村は強くその手を握り返した。身体に痕を残さないよう、宮田は口の力を手に逃がしているのだ。それが宮田の精一杯の理性だと、木村は知っていた。職業柄、服の下に常に隠れる部分はそう多くはない。
「んっ……く……」
 掌の痛みと首筋を辿る熱が、同時に木村を煽る。中心に押し当てられた膝頭が、弱い部分を攻め立てるように擦れる。
「ひぁ……ッ」
 胸の突起を舌で嬲られ、思わず声が漏れる。ぴちゃ、という濡れた音が木村の羞恥を煽る。強すぎる刺激から逃れたくても、お互いに握り合った両手は動かせず、逃げ場のない羞恥は下半身の熱へと生まれ変わる。宮田の舌先が臍を抉り、ようやく離れた。
「あ……」
 指を解かれても、痺れた腕が上がらない。宮田がスラックスと下着を強引に引き抜いた。反射的に閉じようとした足が左右に割られ、既に立ち上ったそこが獣の視線に晒される。
 躊躇なく、宮田が木村のものを口に含んだ。
「ひあ、あ……う……ふっ……!……や……ぁ」
 舌で抉られ、幹を唇で擦られ、時折軽く歯を立てられる。まるで剥き出しの神経をしゃぶられるような容赦のない快感に、木村の腰がびくびくと跳ねる。溢れる声が止まらない。宮田の口腔の熱さと自分の熱の区別がつかず、そこが溶けて無くなってしまいそうだ。甘い快感と理由のない恐怖に、無意識に涙が流れる。
「んッ……ッあ……ぁ……だめ……だ……馬鹿、はなせ……っ」
 脹れあがった快感が堪えきれず溢れ出す。せめて宮田を引き剥がしたかったが、腕が動かない。木村が吐き出した情欲を、宮田は全て口で受け止めた。
 涙で滲んだ視界の向こうで、宮田の喉が動いた。目線をこちらにあわせたまま口元を拭う仕草に、木村の心臓が跳ねる。
「う……ん……っ」
 そのまま唇を塞がれる。独特の味が、木村の口にも広がる。
──馬鹿、不味いんだよ──
 舌を伸ばし、木村は宮田の唇と舌を辿った。ぴちゃ、と音を立てながら、自分の残滓を丁寧に舐め取る。
 宮田が木村の顔を覗き込んだ。後ろの部分に指があてがわれ、そのまま侵入される。
「んッ……んーー!!」
 中を掻き回され、木村の腰が跳ね上がる。
「ひぁッ……そこ……やっ……」
 乱暴に指が増やされる。感じる部分を擦られ、前が再び立ち上がる。溢れる声がとまらない。その全てを宮田が食い入るように見つめている。見られている、という事実が、木村を更に煽る。
「木村さん……」
「あ……」
 指が引き抜かれ、空になったそこがひくりと震える。
 擦れた声が耳に届いた。
「もう、限界……アンタの中にいれさせて」
 返事の代わりに、木村は動かない腕を精一杯伸ばした。
 足を抱え上げられ、熱い塊があてがわれる。
「……っ……ーー!」
 そのまま一気に貫かれ、木村の口から悲鳴にもならない声が溢れた。硬いものが、内壁を容赦なく暴き立てる。僅かな痛みと甘い疼きに、背中が仰け反る。
 宮田の呻き声が聞こえた。
 押し込まれ、引き抜かれて、また貫かれる。擦られる内側に宮田の熱を感じる。そのたびに、背中にぞくぞくとした快感が走り抜ける。前が勝手に立ち上がり、だらだらと蜜を零す。喉が引き攣れるほど溢れる嬌声が止まらない。
 ぽたっ、と何かが顔に触れた。
 ゆっくりと焦点をあわせると、そこには汗に塗れた宮田の顔があった。長い睫、整った顔立ち、意志の強い瞳。それらが情欲にまみれ、食い入るように自分の顔を見下ろしている。
「みや……た……ぁ」
 腕を伸ばしてキスをねだる。宮田の熱い息が、木村の口を塞ぐ。
「く……っ」
 ひときわ深く貫かれ、木村の中で宮田が弾けた。その感覚に震えながら、木村もまた、情欲を解き放った。



 荒い息のまま、宮田が木村を抱きしめた。逃がさないとばかりに縋る宮田が愛しくて、木村はぎゅっと抱きしめ返した。
「あ、そういえばさ……」
「……なんですか?」
「今更だけど、シャワー浴びてなかったな」
「……本当に、今更ですね」
 宮田が力を緩めて身体を起こし、木村にちゅっと口づけた。
「一緒に浴びますか? 抱っこしていってあげますよ」
 宮田の言葉に、木村は顔をしかめた。
「いや、自分で歩けるし」
「本当に?」
 宮田の指が木村の腰をなぞる。
 ひくりと身体を震わせながら、木村は宮田の手を捉えた。いたずらっぽく、宮田の目を覗き込む。
「っていうかさ、シャワーで二回目と、ベッドで二回目、どっちがいい?」
「……」
「あれ? 宮田?」
 次の瞬間、木村は宮田に組み伏せられていた。
「……アンタ、本当にどうなっても知らねえからな」
 低い声で呻く宮田に、木村は笑いかけた。
「大丈夫、朝まで一緒だから。もう一回やって、一緒に眠って、目が覚めても一緒にいるからさ」
 だから、安心して、一緒に眠ろう。
 優しい笑顔でそう言われ、宮田は木村の首元に顔を埋めた。
「……アンタ、本当に狡いよな」
「……知ってただろ?」
「……知ってるよ……」
「で、どうする?」
 宮田が低く囁いた。
「……もし、朝まで寝かさねえ、って言ったら?」
 一瞬の間の後、木村が笑いながら言った。
「まあ、それはそれで、悪くないけどさ」
 がばっと身体を起こした宮田に、木村はそっと口づけた。
「とりあえず、もう一回やってから考えようぜ。夜は長いんだし?」
「……アンタ、本当に狡いな」
 くすくすと笑いながら、二人は唇を重ねた。



END






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