■錆びた天使(10)■
アジトに帰着した後、報告もそこそこに、宮田は木村を医務室へ連れて行った。
事前に連絡を受けていた山口医師は慌てることなく、処置に取り掛かった。
「服、切るわよ」
ボロボロになったボディスーツを切り落とし、包帯を解く。赤黒く染まった包帯に、宮田は拳を握りしめた。
痛み止めが切れたのだろう、木村は包帯が擦れる感触にすら呻き声をあげる。その、痛みを必死に噛み殺す様子に、山口はため息をついた。
「宮田君」
「はい」
必死の形相で木村から目を離さない宮田に、山口は言い放った。
「あなた、邪魔だから廊下で待ってなさい」
廊下の椅子に腰かけ、宮田は額に手をあてて床を見つめた。
医務室の中からは、時折、悲鳴のような呻き声が聞こえる。
──あの時、オレがもう一体に気付いていれば、あんな怪我をすることはなかったのに──
埒も無い後悔が、ぐるぐると頭を駆け巡る。
廊下の向こうから、ブーツの大きな足音が近づいてきた。
「よお。まるで女房の出産を待つ旦那だな」
「……何の用ですか」
心の底から冷めた声で、宮田は鷹村を睨んだ。鷹村は医務室のドアを見ながら口を開いた。
「例の科学者、K・B・Gが保護したぜ。感動の親子再会まで見ちまった」
「……そうですか」
どうでもいい、と宮田は思った。ミッションは成功し、K・B・Gは貴重な情報を手に入れた。それだけだ。その情報がどう使われようが、戦闘員には関係ない。
「それと、あの子供……チエっていったか? その子から伝言だ。『おにいちゃんたち、ありがとう』だとさ」
「……『たち』じゃないでしょう」
自嘲気味に、宮田は笑った。あの子供を助けたのは木村だ。自分は『怖い』とさえ言われたのだ。
「そうでもねえだろ」
意外に真面目な鷹村の声に、宮田は顔をあげた。
「え?」
鷹村はにやっと笑い、ひらひらと手を振った。
「ま、今回はあいつもがんばったからな。せいぜい大事に看病してやれ。……ただし、夜は静かにしろよ」
俺様の安眠を妨害するんじゃねえぞ。
そう言いながら、鷹村は立ち去っていった。
カチャリ、と医務室のドアが開いた。
「木村さん!」
駆け寄る宮田に、木村は照れくさそうに笑った。きれいに包帯を巻かれた上半身が、痛々しい。顔色も少し悪い。
「後遺症が残るような傷ではなかったわ。でも一週間は安静にしていなさい」
鎮痛剤と、熱が出るかもしれないから、と解熱剤を渡される。二人は頭を下げて、医務室を後にした。
木村の部屋に戻り、宮田は木村をベッドに座らせた。
そっと唇を近づけると、木村は目を閉じて、薄く唇を開いた。
「……ん……」
触れるだけの口づけはすぐに離れた。宮田は木村の頬を撫でた。汚れや血がこびりついたままだ。
「身体拭いてあげますよ。当分、風呂は入れないんでしょ?」
木村が嬉しそう答えた。
「あ、助かる。もうあちことベトベトで気持ち悪りぃし」
「じゃあ、準備してきますね」
バスルームへ行こうとする宮田に、木村は声をかけた。
「っていうかさ、お前、先に身体流してこいよ。お前も汚れっぱなしだぞ」
そう言われ、改めて宮田は自分の身体を見た。確かに、服にも身体にも、何ともつかない汚れがこびりついている。
「じゃあちょっと待っててください。ざっと流してきますから」
「ゆっくりでいいよー」
木村の呑気な声を背に、宮田はバスルームへ向かった。
「……痛……っ」
シャワーの湯が、そこかしこについた傷に染みる。左肩の大きな痣は、あのデカい化け物に吹っ飛ばされた時に打ち付けた痕だ。湿布くらいは貼った方がいいかもしれない。
頭から湯を被りながら、宮田はその痕を見つめた。
結果的に、今回はなんとか無事だった。でも、次も無事だという保証など無い。自分の選択は正しかったのだろうか。
──木村さんのことを想うなら、木村さんの生存を第一に考えるのが当たり前だ。例え嫌われても、成功率の高い方を選択すべきだ。なのにオレは──
それでも、あの人を失いたくなかった。いっそ、一緒に死ねるならそれでもいい、とすら思った。
自分のこの昏い感情は、この先も木村さんを危険に晒すかもしれない。分かっている。分かっているけど──
「それでも、オレにはアンタが全てなんだ……」
宮田の呟きは、シャワーの音にかき消された。
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