■錆びた天使(5)■


 エレベーターの階数を示す数字が、ゆっくりと小さくなっていく。
「さっきのキメラ……あんなのまでいるなんて、いったい何やってたんだよこの研究所は!」
「ロクでもないことに変わりはないですよ」
 冷静に答えながら、宮田は銃弾を確認した。
「でもまあ、このまま七階まで行ければ、楽勝だな」
 呑気に木村が笑う。エレベーターが静かに降下していく。
 階数を示す表示が『21』を刻んだ時、突然、エレベーターがガタンと揺れた。
「うわっ」
 明りが二、三回瞬き、消えた。降下音も聞こえない。
「ちっ、電気系統がやられたか」
「楽はさせてもらえなそうですね」
 ドアにそっと耳をつける。動くものの気配は無い。暗闇の中、二人は力任せに、エレベータのドアをこじ開けた。
 エレベーターから出ると、廊下が明るくなった。非常用の電源が作動したらしい。
 背中合わせに銃を構え、ゆっくりと廊下を進む。
 壁にも床にも天井にも、べったりとした赤黒いものが飛び散っている。人影はない。
 不意に、廊下の向こうから唸り声が聞こえた。犬だ。ドーベルマンだったらしい犬のゾンビが三体、唸りを上げながら近づいてくる。脚の筋肉が異様に発達し、口からは涎を垂らしている。
「うへえ、やだなー、俺、なんでか犬に好かれるんだよ」
「木村さん!」
 宮田の声にちらりと目線を送ると、いつの間にか後ろにも三体の犬がいる。
「マジかよ」
 言い終わらないうちに、犬たちが一斉に飛び掛かってきた。
 木村は背中を宮田に預け、正面の犬に向かってトリガーを引いた。
 正確に脚の腱を撃って動きを止め、頭を撃つ。小脳を壊さない限り、こいつらは何度でも蘇る。
──一匹、二匹──
 三匹目は脚が間に合わなかった。唸りをあげながら、赤い目の獣が木村に襲いかかる。牙が喉元に喰らいつく寸前、木村の銃弾は正確に眉間を射抜いていた。
 息をつく暇も無く、木村は宮田の方を振り返った。二匹は既に屍体となり、三匹目が突進してくる。
 反射的に木村が銃口を向ける。トリガーを引くより早く、宮田の身体がふわりと浮いた。黒いコートを翻し、犬の頭を蹴り飛ばす。頭を失った犬の屍体が壁に叩きつけられ、べちゃんっと床に落ちる。
 着地した宮田に、木村がヒュゥッと口笛を吹いた。
「おー、カッコいいー!」
「何言ってんですか」
「宙に浮いてる時間がなげーのな。お前、羽根ついてんじゃねえの?」
「馬鹿なこと言わないでください」
 冷たく答えた宮田が、不意に、木村の腕を掴んだ。
「木村さん、血……っ」
「え? ああ、これ?」
 木村の顔と首筋に、赤いものがこびりついている。
「犬の体液だよ。ちょっと近づかれたからさ。大丈夫、噛まれてねえよ」
 気持ち悪りぃ、と言いながら、木村はそれを拭った。
 傷のない皮膚にほっとしたように、宮田が手を離した。
「よかった……」
「心配しすぎだって。それとも俺、そんなに信用ないか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
 唇を噛みしめながら、宮田は木村を見た。その目に、あまり見たことのない光が宿っていることに木村は気付いた。身体も少し強張り、肩に力が入りすぎている。
「にしも、化け物が多すぎねえか? ちょっと想定外だ」
 木村は残り少ない弾倉を確認した。
 宮田が何かを思い出したように、床を見下ろした。
「確か、二十階に警備用の武器保管庫があったはずです。このすぐ下ですね」
「お、ラッキー。使わせてもらおうぜ」
 宮田の様子が少しだけおかしいことに気付かないふりをして、木村は階段へと向かった。



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