■錆びた天使(2)■
ミッションが発令されたのはその日の午後だった。
戦闘員全員がアジトのミッションルームに集められた。
組織の発足当初に比べてメンバーは増え、イスの数はとっくに足りない。メンバーたちは気にすることなく、立つか壁にもたれて会長を待つ。
むすっとした鷹村の隣に立っていた青木が、木村に向かって軽く手をあげた。近づいてくるなり、がっと首を腕でホールドされ、木村の口からぐえっという音が漏れる。
「いきなりなんだよ!」
宮田がこちらを睨んでいる。それを避けるように、青木は木村を部屋の隅にひっぱっていった。
「あのよぉ、俺もこんなこと言いたくねえけどさ……」
「なんだよ」
「お前もう少し……声抑えらんねえ?」
「声って?」
「だからぁっ、あの時の声だよぉっ」
あくまでひそひそとした小声で、青木が泣き叫ぶように言う。
途端に木村の顔が真っ赤になる。
「え、聞こえて……?」
「いや、さすがに俺の部屋までは聞こえねえけどさ、鷹村さんの部屋がお前らの隣だろ? もう今朝から、声がうるさくて眠れねえ!って機嫌が悪くてよ……」
いや、それ、逆隣りのお前とトミ子の声じゃねえの?
木村はそう思ったが、あまり深くは聞きたくない話なので黙っていた。
青木はちらっと宮田を見た。宮田は、何かしたら殺す、とばかりに青木を睨んでいる。
その視線に首をすくめながら、青木が言った。
「いや、でもまあ、仕事もうまくやれてるようで良かったぜ。俺もアタッカーの方が性に合ってるみたいだし」
「……悪りぃな」
「よせよ、そんな意味じゃねえんだからさぁ」
青木は笑いながら、木村の背中をばんばんと叩いた。その変わらない気安さに、木村は安堵した。
宮田が入隊してから、組織内での役割分担は若干変わった。
元々は、アタッカーは鷹村を筆頭に、千堂、ヴォルグ、一歩。制圧や殲滅が主な任務だ。
板垣が爆弾処理と情報操作、間柴はその間の援護にまわることが多い。
そして、戦闘を最小限に抑えながら目的地まで駆け抜け、要人射殺や資料回収などを行うのが木村と青木の役割だった。宮田が入隊するまでは。
青木がにやぁっと笑った。
「まあ仲が良いのはいいけどよ、足腰立たなくなってドジ踏むなよ」
「……テメエこそ、女にうつつぬかして、やられんじゃねえぞ」
「大ー丈ー夫! トミ子は俺の勝利の女神だから〜」
愛する女がいれば男は無敵だぜ〜と変な歌を歌いながら、青木は鷹村の方へと戻っていた。
その、昔から変わらない様子に苦笑しながら、木村は宮田の方を見た。今の会話はなんだかんだで聞こえていたはずだ。これは絶対何か言われるぞ、と身構えたが、宮田は目をそらし何も言わなかった。
「宮田?」
その時、ドアが開いて会長と板垣が入ってきた。
「全員、揃っておるようじゃな」
つかつかと机に向かい、厳しい口調で話しはじめる。
「ラクーンシティのパンドラの研究所で事故が発生した」
全員に緊張が走る。
会長は淡々と事実を告げた。逃げ遅れた職員はもちろん、住人もゾンビ化し街は既に壊滅した、と。
「で、ミッションは?」
「これじゃ」
スクリーンに映像が映し出される。それは少女の写真だった。
「子供!?」
年の頃は七歳くらいだ。誕生日の写真だろうか、ふわふわしたワンピースを着て、リボンがついたくまのぬいぐるみを抱え、無邪気に笑っている。
「この少女を六時間以内に救出する」
救出、と聞いて木村は小さく安堵の息を漏らした。今まで殺した人数など最早覚えてはいないが、それでも、意図的に子供を殺すのは気が重い。
板垣が説明を引き継いだ。
「ウイルスは既に蔓延し、街は壊滅状態です。先ほど、パンドラがラクーンシティの破棄を決定したと情報が入りました」
スクリーンに、ラクーンシティの地図が映し出される。
「じゃあ、このガキもとっくにゾンビなんじゃねえのか」
間柴が苦々しく言う。
「いえ、まだ無事です」
スクリーンの地図が距離を狭め、研究所が拡大される。三十階建の建物の七階部分に、青い生体反応が表示される。
「どういうことや?」
千堂の問いに、板垣が手短に説明をした。
ウイルスが蔓延する直前、パンドラの幹部や科学者たちはさっさと脱出した。だがその時、科学者の一人の娘が研究室に取り残された。たまたま父親の職場へ遊びに来ていたのた。研究室のドアはロックされており、ゾンビたちは入ってこない。空気感染するウイルスではないので、少女も感染はしていないはずだ。
「その科学者はパンドラを脱走し、K・B・Gに連絡をしてきました。娘を助けてくれたら、このウイルスとワクチンの生成方法を話す、と」
「……勝手なものですね、街を一つ壊滅させておいて……」
一歩が珍しく、怒りを含んだ口調で呟く。ヴォルグは何も言わず、静かにスクリーンを睨んでいる。
ダンッ、と会長の杖の音が響いた。
「パンドラは六時間後にラクーンシティを『消毒』する。それまでにこの少女を救出する。これは決定事項じゃ」
消毒、の意味は、その場にいる全員が理解していた。熱と炎──おそらくはミサイルの類で、街をウイルスごと消し去るのだ。
板垣が、研究所の見取り図をスクリーンに映した。
「街の外壁は既に封鎖されています。ゾンビが多いので、陸路で近づくのは無理です」
「となると、ヘリ、か」
木村はじっとりと汗ばむ手を握りしめた。時間制限のある中でターゲットを回収する──それは俺たちの役割だ──
会長が告げた。
「大人数では行けん。木村と宮田はターゲット救出、鷹村と青木は援護と退路確保、それ以外は待機じゃ」
「ヘリは僕が操作します」
板垣が言った。
木村はちらりと、隣の宮田を見た。宮田はうつむき加減で、何かを呑み込むように唇を引き結んでいた。
|