■孤独の代償(4)■
それからの日々は、まさに蜜月だった。
オフィスで目線が合うだけで、ビバリは照れたように笑った。正確には、本人はまわりにばれないように無表情を装っているつもりでいたが、少なくともレオンにはバレバレだった。
メール、携帯、すれ違いざまの伝言。あらゆる手段を使ってスケジュールをあわせ、残業後の遅い時間にホテルで身体を貪った。
いつしか、ビバリは「好きだよ」という言葉を囁くようになった。それは時に「愛している」に変わることもあった。
今まで寝てきたすべての相手に言った言葉だろう──レオンはそう思った。そう思いながら、レオンもまたその言葉に溺れた。同じ言葉を返すと、ビバリは嬉しそうに笑った。
ビバリはいつも優しかった。レオンの意地悪で我儘な、時には良識を踏みにじるような要求でさえも、笑って受け入れた。
人気のないオフィスで、行為を要求したのも、レオンからだった。
後ろから抱きついてネクタイの結び目に指をかけた時、困った顔をしながら、それでもビバリは駄目だとは言わず、甘い口づけをくれた。
「おい、早乙女、大丈夫か?」
同僚の声に、ビバリははっとした。
仕事中だというのに、机の前で意識を飛ばしていたらしい。頭の芯が重い。
「あ、ああ……」
曖昧に笑うビバリに、同僚が心配そうに言う。
「お前、顔色悪いぞ。最近、ミスも多いし……」
悪い女にでも捉まったか?──からかい半分に同僚が笑う。
「まあ、仕事も女も、ほどほどにしておけよ。お前は同期の期待の星なんだから」
今度こそ完全にからかわれ、ビバリは苦笑した。いやみのない軽口に、少しだけ心が軽くなる。変な対抗心を燃やしてくる同僚もいることはいるが、ほとんどの人間はビバリに好意的だ。
まあ、頑張りすぎるなよ、と笑い、同僚はぽんぽんと背中を叩いて、戻っていった。
背中に甘い痛みが走る。ビバリの顔が僅かに歪む。激痛というほどではなく、むしろ恋人との夜を思い出させる甘い痛みだ。
だが、痛みは痛みなのだ。
鏡を見るまでもない。自分の身体には、何本もの赤い痕があることをビバリは知っていた。
痛みが徐々に遠のき、ビバリは浅く呼吸をした。
──ミスが多い──
その自覚はもちろんあった。遠まわしに、上司からも注意を受けた。上層部の評価も今では逆転した──そんな噂も聞こえてくる。それでも大事に至っていないのは、今までの実績があるからだ。
ビバリは拳を握りしめた。
評価の順位などどうでもいい。ただ、このままでは駄目だ。
仕事と恋人を天秤にかけたくはない。だが、両方を手に入れることはできない。それは、常識とか熱意とか、そういったレベルの話ではない。
自分に力がないからだ。欲しいものを両方手に入れるだけの力量が、今の自分にはないのだ。
悔しいが、それが現実だった。
仕事をするふりをしながら、レオンはビバリの方を見た。
ビバリはディスプレイを見つめている。手が動いていない。
熱心に考えをまとめているのか、あるいは意識が飛んでいるのか──おそらく後者だろう。
ビバリは優しい。
それはレオンの予想を遥かに超えていた。何をしても嫌がらない。ただただ笑って、許し、愛していると囁く。
自分に加虐の性癖があることをレオンは知っていた。それはもちろん、合意と常識の範囲内で、だ。お互いに楽しめるのなら、何も問題はない。今までの相手なら、ある程度の段階で拒絶され、そこからの駆け引きでボーダーラインを知ることができた。
だが、ビバリは拒絶しない。だから試されているような気になるのだ。どこまでできるのか、と。
自分の感情と行為は、いつかビバリを壊す。
レオンにはそれが分かっていた。
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