■君のいる世界(2)■
「なあ、いいだろ」
二人きりのオフィスで、いつものようにビバリの手がルイの肩を抱いた。
その声と体温に、ルイの身体の奥に甘い期待が湧き上がる。もちろんそんなそぶりは全く見せず、いつものとおり、ルイは冷たくその手を振り払った。
「駄目ですよ、誰が見ているか分かりませんから」
あの気味の悪い男のことが頭をよぎる。
───『君だけを見ていたよ』───
あの時、見せつけるようにばらまかれた大量の写真にビバリは気付いていない。性質の悪い冗談だとは思うが、隠し撮りされたことは事実だ。行動には気を付けた方がいい。
「ルイ」
ビバリの手が強引にルイを捉えた。黒い瞳が正面から自分を見つめている。
───ああ、駄目だ───
息があがる。ルイの唇が理性を裏切り、目の前の男へ愛の言葉を紡ぐ。
強引だから逆らえないのか、それとも逆らいたくないのか、ルイは自分でも分からないまま、近づいてくる唇を受け止めた。
ガチャリ、とドアが開く音がした。
ビバリが反射的に身体を離し、さりげなく相手の視界からルイを遮る。
入ってきた男の顔を見て、ルイは背筋がぞくりとした。
あの男だ。
バサラと名乗ったその男は、にこやかにビバリに用件を伝える。
部屋を出ていくビバリを見送り、ルイは顔を背けた。ぞわぞわとした視線が、こちらを見ているのが分かる。
「ここはオフィスですよ、我修院君」
「……ええ」
ルイは唇を噛んだ。間違いない、見られたのだ。
バサラは歪んだ笑みを浮かべながら、ルイを舐めるように眺めた。携帯電話を取り出し、これ見よがしに開いて見せる。
「こんなことが会社中に知れたら、いったいどうするつもりなんでしょうねえ」
「僕をゆするつもりですか……目的は何ですか」
ルイは努めて冷静に言った。
どうすれば最悪の事態を避けられるのか──どうすればビバリの立場を守れるのか、必死でその答えを探る。
バサラの笑みがいっそう歪んだ。
「それじゃあ……一度だけ……」
不意に、バサラの腕がルイを捉えた。抵抗する間もなく抱き寄せられ、ルイの身体が硬直する。
「一度だけいいんだ……そうすれば我修院君のことは忘れるから」
うわずった声で囁かれ、ルイの中に驚きと嫌悪感が湧き上がった。
てっきり、金か部署の極秘情報を要求されると思っていた。それがよりによって───
───こういうことだったんだ───
エレベーターで聞いた、ビバリの言葉が蘇る。あの部長の真偽は別としても、話自体は冗談ではなかったのだ。
あの時、素直に忠告に従っていれば、あるいはこんな事態は防げたかもしれない。自分の迂闊さに、ルイは唇を噛みしめた。
バサラの手が、ルイの身体を這い回る。抵抗しながらも、ルイは逃げ出したくなる衝動をかろうじて堪えた。
この場を逃れて、ビバリに助けを求めて───それでどうなると言うのだ。二人の関係が知られたら、ビバリは今の位置には留まれない。
ルイはゆっくりと腕を下した。吐き気を堪えながら、言葉を絞り出す。
「分かりました……一度だけですよ……」
バサラの表情が、醜い歓喜に変わった。乱暴に後ろを向かせ、ネクタイとシャツを引きむしる。
───すいません……ビバリさん……悪いのは僕です───
荒い息が首筋にかかる。胸を這い回る手が気持ち悪い。
上半身を机に押し付けられ、スラックスと下着が引き下ろされる。前を乱暴に握りこまれ、ルイは悲鳴を噛み殺した。弄ぶように擦り上げられ、先端からはルイの意志に反して蜜が流れ落ちる。
「……っ」
ルイは腕で顔を覆い、机の端を握りしめた。熱い吐息が耳たぶにかかる。舌が首筋から顔へと這い回る。バサラの手が、後ろからルイの顎を捉えた。指が唇をなぞり、強引に自分の方へと向かせようとする。ルイは必死で顔を背けた。顔を見せたくなどなかった。キスなど絶対に嫌だった。
荒い息が耳たぶを嬲る。ぬめった舌が、背中を這い回る。
ルイはただただ耐えながら、時間が過ぎるのを待った。
顔を上げさせることを諦めたのか、バサラの手が後ろにまわった。
「……んっ……く」
指が侵入してくる。嫌悪感どころではなかった。
固いそこをこじ開けられる。中で指が蠢く。何の快感もない。ただただ、気持ちが悪い。
指が引き抜かれ、別のものがそこに押し当てられた。
「ひ……っ……」
ルイの喉から悲鳴が漏れた。熱くて硬いものが侵入してくる。そのまま突き上げられる。あまりの痛みに涙がにじんだ。
───早く終わってしまえ───
身体が苦痛にこわばる。
不意に、ルイの身体がびくりと跳ねた。萎えかけていた前の部分から、再び蜜が溢れる。
「や……あ……」
「ああ、やっと見つけたよ」
うわずった声でバサラが囁いた。
「ここが、君の気持ちのいいところなんだね」
───嫌だ……っ───
バサラが、執拗にその場所を狙って突き上げた。
ビバリしか知らないその部分が犯される。無理やり引き出された快感が、ルイに絶望を与える。
最後の抵抗として、ルイは自分の腕に噛みついた。せめて、これ以上、声をあげたくなかった。もうそれ以外、ルイにできることはなかった。
───ビバリさん───
背後で男が歓喜の呻き声をあげた。体内で熱いものが弾ける。ルイは歯を喰いしばり、その感覚に耐えた。
しばらくの後、ずるりと引き抜かれる感覚があった。溢れた液体がルイの太ももを流れ落ちる。
ルイはゆっくりと、腕から口を離した。そこには耐えた証のように、歯形がくっきりと残っている。
───終わった……これでビバリさんを守れる───
放心しつつ、最後の気力で、ルイは汚された場所を拭こうとした。その手を後ろから握りこまれ、ルイは振り向いた。怒りを絞り出し、男を睨みつける。
「もう、終わったでしょう……一度だけの約束です」
「でも、まだ君は気持ちよくなっていないでしょう?」
バサラの手が、ルイのものを扱きあげる。
「や……やめてください……」
もう限界だった。これ以上、こんな男に抱かれている現実に耐えられない。
───ビバリさん……助けてください……───
ルイは目を瞑った。脳裏に愛しい男を思い浮かべる。
───これはビバリさんの手……これはいつもの───
想像の中のビバリに導かれ、ルイは蜜を撒き散らした。甘い息を吐きながら、その場に崩れ落ちる。
その時、ドアが開いた。
ビバリが茫然と、そこに立っていた。
「ルイ……?」
反射的に、ルイは身体を隠そうとした。
「違うんです、これは……」
「ああ、早乙女さん、誤解しないでくださいよ」
バサラが取り澄ました顔で言った。
「我修院君が、私に抱かれてもいいと言ったのですから」
「な……っ」
ビバリの身体が固まる。バサラは薄笑いを浮かべながら、ルイの方を見た。
「ねえ、我修院君?」
「……っ」
ルイは思わず目を背けた。反論の余地はない。事実は事実だ。
ビバリの表情が、驚きから怒りに変わる。
「ルイ……おまえは……」
ビバリは握りこぶしを振り上げ、壁を叩いた。ダンッと大きな音が響く。音の大きさは、そのまま、ビバリの怒りの大きさだった。
「ビバリさ……」
ルイの呼びかけに応えず、ビバリは部屋を出て行った。
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