■蒼玉の涙・続(2)■
薄暗い部屋の中に雷鳴が轟く。雨が屋根を打つ音が激しく響く。襖を閉めた奥の間に稲光は届かず、ただ燭台の明りがゆらゆらと揺れる。
白い褥の上で、小十郎が頬を優しく撫でる。手つきだけは優しく、だが見下ろす瞳は完全に獣のそれだ。
重なり合って身を横たえ、首に腕をまわし、唇を重ね、舌を絡め合ってなお、政宗は自分の身体が強張っていることを自覚していた。初めて男に抱かれることに対する恐怖が無いと言えば嘘になる。だがそれを遥かに上回る感情、それは小十郎への対抗心だった。
蒼い光に包まれた小十郎の姿は、どうしようもなく、政宗の闘争心をかきたてる。時には鍛錬で、時には本気の喧嘩で、何度刃を交えたか分からない。まして戦場で背中を預けている時に、無様な姿など絶対に見せたくない。
そしてその光が今、自分に向けられている。戦場でも喧嘩でも無いと頭では分かっていても、この蒼い光はどうしようもなく政宗を昂らせる。
──負けたくねえ──
何年もの間、小十郎の想像の中にいたという自分。何度も奥まで辱めたというその自分は、おそらく小十郎の理想だ。そんなものと張り合うこと自体馬鹿げている。まして、色事の経験で小十郎に敵うはずもない。それでも、小十郎の前では余裕があるところを見せたい。これほどまでに己を望む、小十郎のその想いを受け止めたい。
「っ……!」
小十郎が政宗の右頸に歯を立てた。そこは昼間、灼熱の刃に切り裂かれた場所だ。
容赦なく噛みつかれ、同時に大きな手が着物の衿の中に滑り込む。胸の尖りを撫でるように押される感覚がむず痒い。その尖りが、ねっとりとしたものに包まれた。
「っ……」
ただむず痒いだけだったその場所が、次第に熱を帯びてくる。その部分を舌で舐りながら、小十郎はもう片方の尖りに触れる。政宗の身体がびくりと跳ねる。
「……っ……く……ん……」
胸から肋骨、脇腹、臍と、小十郎の舌が下りていく。同時に大きな手が身体のそこかしこに触れる。そのたびに政宗は、小さな声を喉で殺した。
小十郎の手が裾を割った。太腿を撫で上げられ、政宗の脚が震える。
「政宗様……」
低い声で囁かれ、政宗は自分を組み敷く男を見上げた。
「お声を我慢なさいますな」
「Ha! こんな声が……聞きてえのかよ……っ」
荒い息で途切れ途切れに、それでも挑発するように強気な言葉を政宗は選んだ。その言葉に、小十郎が真面目な声で応える。
「もちろんお聞かせいただきたいのは当然のこと。声を殺す余裕があるなら、その分、小十郎を感じていただきたい」
「……っ!?」
「たとえご自身のお声であっても、他に意識を向けるなど我慢なりません。どうか──」
──どうか今この時だけは、小十郎のこと以外、お考えなさるな──
獰猛さを孕んだ声が、政宗の耳に響く。背筋がぞくりと震える。垣間見えた小十郎の本性に、政宗の中に熱が湧き上がる。それは僅かな恐怖と、それを遥かに上回る──求められる悦びだった。
不意に、政宗の身体から力が抜けた。
自分はいったい、何と張り合っていたのか。目の前にいるのは己の右目だ。ただただ一途に己を欲する男だ。今この時は、己を犯すことだけを考えている男だ。その男に本性を見せろと言っておきながら、自分は何を取り繕っていたのか。
──本当に、coolじゃねえな──
政宗はふわりと笑った。改めて腕を伸ばし、小十郎の両頬を包む。
「政宗様?」
身に纏う空気が一変したことを察し、小十郎が驚いたように動きを止める。政宗はごく自然に、にやりと笑った。
「小十郎、ここまでしておいて男として酷なことは承知の上だが……仕切り直しだ」
「政宗様、何を……」
その顔を力ずくで引き寄せ、政宗は唇を重ねた。僅かに舌を絡ませ、小十郎が追う暇を与えず、唇を離す。
「もう一度、最初から──kissからやり直しだ。その代わり──」
──お前が聞きたがっていた声を全部聞かせてやる──
耳元で囁いたその瞬間、小十郎の手が政宗の手首を捉えた。褥に縫い付けるように押さえつけ、噛みつくように唇を重ねる。
「……ん、ふ……っ」
吐息の合間に、甘い声が漏れる。
胸の尖りに触れられた瞬間、政宗の身体が大きく震えた。
「……っ……ん……ッ」
先程さんざん嬲られたそこから、熱が広がる。無意識に、政宗は脚を動かした。小十郎の昂った熱が、布越しに太腿に触れる。
舌を貪りあいながら、小十郎の手が政宗の肌のそこかしこに触れる。それを感じるまま、政宗は甘い吐息を漏らした。首筋、腕、胸元。それは、もう何年も前から小十郎が触れ続けた場所だった。
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