■蒼玉の涙・続(1)■


 薄暗い部屋の中、燭台の炎がゆらりと揺れる。雨音が徐々に激しくなる。
 後ろ手に襖を閉め、政宗は男の腕の中で身を翻した。自分を抱きしめるその男の顔を正面から見つめる。
 逞しい腕の中に捉えられ、腰を強く抱き寄せられる。身体が密着し、痛いほどの熱が政宗を包み込む。
「政宗様……っ」
 心から愛おしむような、それでいてまだ僅かに苦しそうな声が、政宗の心臓を甘く締め付ける。
 小十郎が苦しむその理由が、主である政宗には充分に分かっていた。自分が主であるからこそ、小十郎は苦しみ葛藤している。だがそれはまた同時に、小十郎が小十郎であるが故の苦しみだ。己の想いなど斬り捨てて忠臣であろうとする小十郎と、その身を内側から食い破ろうとする獰猛な獣を飼う小十郎、その両方が小十郎であり、どちらかが欠ければそれは小十郎ではない。
 それが、政宗の腹心だ。竜の右目だ。片倉小十郎という男だ。
 ただただ力の限り自分を抱きしめる、その腕の中で政宗はゆっくりと言葉を紡いだ。
「小十郎、この世には、たとえ天地がひっくり返っても変わらねえことがある」
 小十郎の身体が僅かに強張る。
「だからお前が何を考えようと、何をしようと、それは変わらねえ」
「……承知しております」
 小十郎が僅かに震える声で応える。また何か覚悟を決めたようなその声に、政宗は焦れて声を荒げた。
「承知してねえだろうが!」
 逞しい腕に包まれたまま、政宗は強引に小十郎の襟を掴み上げた。
「政宗……様?」
「いいか、てめえが何を考えようと、何をしようと、お前は俺の右目だ! この独眼竜の右目だ! 俺の背中を守るのはお前だけだ! それは絶対に変わらねえ! You see!?」
「……政宗様……」
 茫然とする小十郎の襟から手を離し、政宗は自ら小十郎の首に腕をまわした。そのまま力をかけて、顔を自分の方に引き寄せる。
「分かったら今度こそ、てめえの本当の覚悟を見せろ」
 唇が触れ合うほどの距離まで引き寄せ、政宗は力を緩めた。
「……政宗様……」
 低い声とともに、熱い吐息が近づく。
 唇が触れ合う。青白い光が火花を散らす。ピリッとした痛みに、反射的に顔が後ろへと下がる。その頬に大きな手が触れ、逃げ道を塞いだ。痺れの残る薄い唇を、小十郎の唇が食んだ。
 熱い舌が痺れる部分を辿る。その肉厚な舌の感触に、政宗の身体がふるりと震える。小十郎の首に腕をまわしたまま、政宗はそっと唇を開いた。
「ん……っ」
 熱い滑りが侵入し、あっと言う間に政宗の舌を絡め取る。口腔内を侵すその熱い塊を、政宗は自分の舌で受け止めた。
 小十郎の舌が、小十郎の意志そのままに政宗の内側を蹂躙する。上顎を舐め、舌を強く吸い、そのまま下顎の付け根をねっとりと辿る。その全ての動きを政宗は自分の舌で追いかけた。脚から力が抜けていく。腕に力をこめてすがりつき、崩れそうになる身体をどうにか保つ。腰を抱く小十郎の腕により力が籠る。
「ふ……ン……」
 息が苦しい。涙が滲む。なのに一時たりとも離れたくない。己を侵すこの熱を永遠に感じていたい。僅かに空気を求めるたびに、政宗の唇から小さな声が漏れた。その声すら喰らおうとするかのように、小十郎の唇が覆いかぶさる。
「……っは……っ……」
 ようやく唇が僅かに離れる。乱れた呼吸を押し殺し、政宗は精一杯の余裕で笑った。
「今日、二度目のkiss、だな」
「っ……」
 小十郎が僅かに動揺する。
「昼間、しただろ、軍議の最中に」
「……気付いておいででしたか」
「気付かねえわけねえだろ! あんな顔でされる方の身にもなってみろ!」
「あれは……小十郎、今生最後の口づけのつもりでおりました。政宗様に気付かれたあの時、この命は無いものと覚悟しました故」
 大真面目に応えながら、小十郎の親指が政宗の濡れた唇をそっと拭った。その指がそのままそっと、政宗の歯列を擽る。政宗の内側がぞくりと震える。
「……それで? その覚悟はどうなった?」
 あくまで余裕の面持ちを装う政宗の、その身体を突然、小十郎が抱き上げた。
「この小十郎の命、政宗様のものであることに変わりはございません。振る舞いも心根も、政宗様が気に入らぬ時は、何時なりとお斬り捨てください。そうせぬ限り、いかな政宗様と言えども、もうこの小十郎を止めることはできません」
 抱えられたまま、政宗は小十郎を見上げた。内に暴れるものを隠そうともせず、静けさからはほど遠く、だがその瞳には揺らがぬ意志が宿っている。
 政宗はにやりと笑い、その首に腕をまわした。
「All right. 気に入らねえ時は俺が殺してやる。だから」
 小十郎の顔をひきよせ、熱い吐息で挑むように囁く。
「お前の本性を見せろ、小十郎」
 小十郎の喉がごくりと鳴る。
 政宗はその胸に顔をうずめた。悔しいが、限界だった。胸が熱くて心臓が爆発しそうだ。もうこれ以上、この男の顔を──己に対する欲望を隠そうとしない顔を直視し続けることが、政宗にはできなかった。



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