■Weekend Lover(6)■
そのままクリスマスが過ぎ、正月が過ぎた。
冬貴は悶々とした思いを抱えたまま、自分のアパートで年末年始の休暇を過ごしていた。
結局、あの日から一度も、凪に電話もメールもしていない。凪からも連絡はない。
凪は、自分のことを「ゲイ」だと言った。それは冬貴にとって、大きすぎるショックだった。今まで冬貴は、同性愛者と接した経験がほとんどない。せいぜい、テレビで見るか、会社の同僚と面白半分に行ったニューハーフバーくらいだ。どの人も、まるで本物の女性のように、綺麗に着飾っていた。
だが、凪はそれらの人々とは違う。優しい外見はしているが、見た目はごく普通の男だ。だから、凪の言葉にショックを受けた。「普通の男って何だろう」と考えすぎて、アイデンティティが崩壊しかけたくらいだ。
最後に見た、凪の寂しそうな笑顔を思い出すたび、冬貴は自分を殴りつけたいような衝動に駆られる。
今まで、自分は一体、凪の何を見てきたのだろう。「いい友達になれて良かった」なんて、無邪気に喜んでいた。凪の本当の気持ちなど、考えてもみなかった。
冬貴はため息をつくと、テーブルの上の携帯電話を見た。
自分はどうしたいのだろう。
一番都合がいいのは、何もなかったことにして、今までどおり凪と楽しく週末を過ごすことだ。
でも、それはもうかなわない。
好き嫌いで言えば、凪のことは大好きだ。
毎週末のように一緒に遊んで、今までのどんな彼女より友達より楽しかった。
凪のいない週末なんて、考えられない。
でも、それは恋愛感情なのだろうか。
正直言って、「女だったら彼女にしたい」と思ったことは何度もあった。柔らかな笑顔や穏やかな性格と、不意に見せる年上の大人の顔。そのギャップにドキリとしたこともある。
でも、凪は男なのだ。男を恋愛対象にするなんて、今まで考えたこともない。
それに、子供ではないのだから、付き合うということは身体の関係も当然、発生する。
──そもそも俺は、男相手にセックスできるのか──?
無理だ。
即座に冬貴は思った。試しに職場の同僚を相手に想像してみたが、気持ち悪いだけだった。
──でも、相手が凪さんなら──?
恐る恐る、凪と唇を重ねる自分を想像してみる。
──気持ち悪くは……ないかも──
冬貴の脳裏に、以前映画を見に行った時の凪の顔が浮かんだ。
潤んだ目で、乾いた唇を舐める仕草。記憶の中の凪が、映画のラブシーンのヒロインと重なる。
ズキンとした感覚が走り、股間が僅かに熱を帯びた。
思ってもみなかった身体の変化に、冬貴は狼狽した。
──俺は、凪さんのことを抱きたいのか──?
ふと、裕行とかいう男のことを思い出す。あの男は確実に、凪を抱いていたのだ。
それを想像した途端、腹の底から熱いものが込み上げてきた。
──なんなんだよ、あいつは! 好き勝手言いやがって! 俺だったら──!
俺だったら、凪さんに、あんな哀しい笑顔はさせないのに。
あんなに哀しそうな顔で、凪さんは俺を好きだと言ってくれた。
──そうだ。俺は凪さんに返事をしていない──
告白してくれた相手に対し、つきあうにしても断るにしても、返事をしないのはあまりにも失礼ではないか。
そう思い立つと、冬貴は携帯電話を手に取り、短縮の一番を押した。
コール音が聞こえるが、相手はなかなか出ない。
十コールほど経ち、冬貴が諦めて電話を切ろうとしたその時。
コール音がやんだ。
『……』
「……凪さん?」
『……倉田……くん?』
「えっと……お久しぶりです。元気でしたか?」
『うん。倉田くんは?』
「あ、俺も元気です。ピンピンしてます」
──違う。こんな世間話をするために電話をしたのではない。
冬貴は意を決して、本題にはいった。
「えっと、あの……」
『……』
「話があるんです。土曜の夜、会ってくれませんか?」
暫くの沈黙の後、凪の声が聞こえた。
『うん、いいよ」
「じゃあ、九時にいつもの場所でいいですか?」
『うん』
「じゃあ、待ってます。寒いから、気をつけて来てください」
それだけ言うと、冬貴は電話を切った。
勢いで約束だけは取り付けてしまったが、冬貴の中で、まだ結論は出ていなかった。
土曜日まであと二日。
──俺は、どうしたいんだ──?
冬貴は再びため息をつくと、テーブルの上に携帯電話を置いた。
※※※※※
携帯電話を切ると、凪はベッドに身体を投げ出し、腕で顔を覆った。
おそらく、冬貴はあの時の返事をするために、自分を呼び出したのだ。
十中八九、いや百パーセントの確率で、冬貴は謝るのだろう。
『ごめんなさい』とか『やっぱり男とは付き合えません』とか、そんな言葉で。
ゲイの自分が、ストレートの男に告白したのだ。無視されても、気持ち悪いと罵倒されてもおかしくはない。しかも、不倫を承知で男と付き合っていたことまで知られてしまった。そんな自分に、こうしてきちんと返事をしようとしてくれるほどに、冬貴は誠実な人なのだ。
凪は自分に、言い聞かせた。
一方的な片思いだったけれど、この人を好きになってよかったと。
週末だけでも、恋人だと思えて、とても幸せだったと……。
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