■Weekend Lover(5)■


 街路樹にイルミネーションが灯り、時折ちらつく雪が、幻想的な光景を作り出す。クリスマスが近いせいか、街にはいつもよりカップルが多い。
 アウトドアの季節が終わっても、冬貴と凪は相変わらず週末を共に過ごしていた。出かけるには寒いのと、凪が料理上手なせいもあり、どちらかの部屋で鍋をつついて過ごすことも多い。
 その日は珍しく、二人は街の居酒屋で飲んでいた。洒落た店構えのせいか、店内はほぼ満席で、八割方はカップルだった。
 ほろ酔い加減になった冬貴は、焼酎のグラスを片手に店内を見渡した。
「なんか、カップルばっかりだなー。いちゃいちゃしやがって」
「クリスマスが近いからね」
 凪がいつもどおり、笑いながら答える。
「あーあ、こっちは独り身だってのに。ちょっとは気を使えってんだ」
 そうだね、と凪は複雑な心を押し殺して笑った。
「あ、凪さん、クリスマスは暇ですか?」
 冬貴の無邪気な問いに、凪はドキリとしながらも平静を装った。
「うん、平日だから普通に仕事だけど、夜は暇だよ」
「じゃあさ、また二人で鍋でもしましょうよ。独り身の男二人で、色気ないけど」
「はは、そうだね、それもいいね」
 動揺を隠すため、凪はビールのグラスを一気に空け、店員を呼ぶために振り返った。
 その時、近くのテーブルから、一人の男が立ち上がった。
「──凪? 凪だよな?」
 凪の顔が、驚きに固まる。
「……裕行さん……?」
 冬貴は反射的に、男の方を見た。三十代半ばだろうか、会社の忘年会の二次会らしく、男も同じテーブルの人間も、スーツを着ている。
 男は凪の側に寄ると、自分のテーブルの人間には聞こえないよう、小声で言った。
「凪、会いたかった。お前ともう一度、話がしたかったんだ」
「……僕には話すことなんてありません」
 凪が硬い声で答える。その声には怒りが含まれていた。冬貴が知る限り、凪がこんな声を出したのは初めてだった。
 呆然とする冬貴を無視し、男は凪の肩に手を回した。
「なあ、凪、頼むよ。ちょっとだけ時間をくれ。会社の連中に、抜けるって言ってくるから。どこか静かなところで、もう一度話そう」
「……話すことなどないと言ったでしょう。奥さんと……お子さんのところへ帰ってください」
「駄目なんだ、凪。やっぱりお前でないと駄目なんだ。結婚するのは世間体のためだって、お前も納得してくれただろう?」
 凪は男の手を振り払おうとした。しかし男は手を放さない。それどころか、肩を抱く力が強くなる。
「痛い……っ、はなせ……っ」
 凪の顔が苦痛に歪む。その時。
「やめろ。嫌がってるだろ」
 冬貴の手が、男の腕を掴みあげた。
「倉田くん……」
「なんだお前は!?」
「なんだっていいだろう。俺の連れに妙なことしてんじゃねえよ」
 身体と口は反射的に動いたが、冬貴の頭は混乱していた。目の前で繰り広げられているのは、どう見ても修羅場だ。しかも、男同士の。凪がこの男とつきあっていたなんて、想像もできない。
 ただ冬貴は、この男がさも当然のように『凪』と呼び捨てにしたことに、無性に腹が立っていた。
 男は乱暴に冬貴の手を振り払い、凪の方を向いた。
 凪の心に恐怖が走る。
──言わないで。どうか、倉田くんのいる前で、過去のことを言わないで──
 だが、男は薄ら笑いを浮かべると、無情な言葉を投げつけた。
「凪、こいつと付き合っているのか?」
「裕行さん!」
「俺より若くて、いい男だもんな。お前のこと、満足させてくれるのか? 俺よりも?」
「やめてくれ!」
 男は冬貴の方に向き直った。
「あんた、知ってるのか? 凪は俺が結婚するって言った時、それでもいいから捨てないでくれって、泣きながら言ったんだぜ。なのに、子供が出来た途端に逃げ出しやがって……!」
「やめろ!」
 凪が叫んだのと、冬貴が男の胸ぐらを掴んだのは、ほぼ同時だった。冬貴の拳を顎に受け、男はその場に転がった。
 店内の客も店員も、呆然としてこちらを見ている。
 冬貴は無言のまま、再び男の胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。それを制したのは、凪の声だった。
「倉田くん、やめてくれ!」
 その声に、冬貴は手を放した。男が床に崩れ落ちる。
 凪は財布から数枚の札を取り出すと、テーブルに置いて、店員に頭を下げた。
 そのまま出口へと向かう。
「凪! 待ってくれ……!」
「出よう、倉田くん」
 男の声を無視し、凪は冬貴の腕を引っ張って、店を出た。



 店の外は、イルミネーションの洪水だった。雪がちらつく街路樹の間を、凪は歩いていく。三歩ほど遅れて、冬貴はその後を歩いた。どう声をかけていいのか分からない。
 不意に、凪の歩みが止まった。くるりと振り向いた凪の顔は、哀しそうに笑っていた。
「びっくりした?」
 何も言えない冬貴に、凪は言葉を続けた。
「さっきの……裕行さんの話は本当だよ。僕は裕行さんと付き合っていた。結婚するって言われても、別れたくないくらい好きだった。裕行さんも、結婚するのは世間体のためだって言ってた。一番好きなのは僕だって……。いずれ離婚するからって……。でも、子供が出来たって聞かされて……絶対に奥さんとは別れないんだって思い知らされて……それで僕は逃げ出しちゃったんだ……」
 一気に言って、凪は自嘲気味に笑った。
「黙っててごめん。僕、ゲイなんだ」
 冬貴は何も言えなかった。
「正直に言うよ。君が週末ごとに僕を誘ってくれて、とても嬉しかった。だって僕には下心があったから」
 一呼吸おいて、凪は言った。
「君が好きだよ」
 冬貴はただ、立ち尽くしていた。凪の言葉が耳をすり抜けていく。
 凪は寂しそうに笑うと、「ごめんね」と言い、踵を返して去っていった。



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