■Weekend Lover(3)■


 翌週、金曜日の夜。
 冬貴は溜息をつきながら、テーブルの上に投げ出してあった映画のチケットを眺めていた。彼女と行くために買っておいたものだ。最終上映日は、明後日の日曜日。
 ロマンチックな雰囲気になろうと目論んで、話題の恋愛ものを選んだのだが、今となっては虚しいだけだ。
 捨ててしまうのはもったいないが、独りで行くのはあまりにも寂しい。
 誰か友達を誘うか。そう思って頭の中に知り合いの顔を並べてみるが、男二人で恋愛映画、というのはなんだか気持ちが悪い。
 ふと、凪の顔が浮かんだ。
 あのふわふわとした、たんぽぽの綿毛のような笑顔の人なら気持ち悪くはない気がする。
 冬貴は凪が置いていった手帳の切れ端を手に取ると、携帯電話のキーを押した。
 凪は突然の電話に驚いているようだったが、冬貴が映画に誘うと、嬉しそうな声で「行くよ」と答えた。
 土曜日は凪が仕事だと言うので、日曜日の昼に待ち合わせの約束をして電話を切る。
 そのまま何気なくキーを操作していた冬貴は、自分を捨てた彼女の番号を消していなかったことを思い出した。少々の未練を引きずりながらも、覚悟を決めて、削除する。
 自動的に、短縮の1番も未登録になってしまった。歴代の彼女の指定席だった番号だ。本当に別れてしまったんだ、という実感がじわじわと湧いてきて、急に寂しい気持ちになる。
 とりあえず、番号を埋めておけば、寂しさはまぎれるかもしれない。また彼女が出来たら登録し直せばいい。そんな軽い気持ちで、冬貴は短縮の1番に凪の電話番号を登録した。

 ********

 冬貴との電話を終えた凪は、自分のアパートで携帯電話を握ったまま立ち尽くしていた。
 心臓がバクバクと音を立て、顔が火照っているのが自分でも分かる。
 日曜日に二人で映画って! まるっきりデートだよ!?
 落ち着け、と自分に言い聞かせてみる。
 どう考えても彼はノンケだ。だからこそ、平気で男を恋愛映画に誘えるのだ。間違っても、自分を恋愛対象として見ることはない。
 別れた恋人の話をした時も、咄嗟に性別についてだけ嘘をついた。だから、まさか自分が男にしか興味を持てないだなんて、思ってもいないだろう。
 分かっていても、動悸は治まらなかった。
 彼はとても面倒見が良い好青年だ。話していても楽しかったし、気が合いそうだ。できれば、もっと親しい友人になれたらいいな、と思う。
 だが、だからこそ、彼には自分が真性のゲイだと知られたくない。知られて、嫌われるのが怖い。
 何故嫌われたくないのか……その理由を頭に浮かべ、凪は溜息をついた。
 まだ二回しか会っていないが、明らかに自分は冬貴に惹かれている。
 でも、ノンケに恋をしたって、いいことなんかない。自分がつらいだけだ。過去の経験から、凪にはそれが痛いほど分かっていた。だから、この恋心がまだ小さいうちに、なかったことにしてしまえばいい。
 ──大丈夫、この気持ちさえ殺してしまえば、僕はきっと彼の「いい友達」になれる──
 凪は携帯電話を握り締めながら、自分に言い聞かせた。

 ********

 日曜日。
 約束どおり、冬貴は凪と待ち合わせをして映画館へと行った。
 ストーリーは、男女が様々な苦難にあいながら、それを乗り越えて結ばれる、という、ありがちなものだったが、心理描写などに趣向が凝らされ、なかなか楽しめた。
 特に終盤、離れ離れになった二人が命の危険を乗り越えて再会するシーンは感動的で、冬貴もちょっと、胸に来るものがあった。
 と、それまで隣でじっと映画を見ていた凪が、ごそごそと身体を動かしている。
 どうしたのかと思って見ると、何と凪はボロボロに涙を流しながら、必死でポケットティッシュを取り出していた。
 これが彼女だったら手でも握ってやるところだ。だが、凪は彼女ではないし、そもそも、男だ。
 ここは見ぬふりをするのが男の友情だろう、と思い、冬貴は気づかないふりで視線をスクリーンに戻した。

 映画館を出ると、冬貴は日差しの眩しさに目を細めた。
 振り向くと、凪はもう泣いてはいなかったが、真っ赤な目を擦っている。潤んだ瞳がボーっと冬貴の方を向き、泣いて喉が渇いたのか、唇が半開きの状態で浅く呼吸をしている。
 乾いた唇を舐める仕草が、映画のラブシーンのヒロインと重なった。
 ──うわっ! 凪さん、よくわかんないけどその顔はヤバいって!
 ただの男だったらどうということもない仕草だが、凪がやると妙に色気がある。しかも無防備な顔をしているため、放っておいたら誰かに連れて行かれてしまいそうな雰囲気だ。
 冬貴は男性に興味は全くなかったが、この状態の凪を放っておいてはいけない気がした。
「な、凪さん、喉乾きませんか? どこかでちょっと休んでいきましょう」
「え?」
「あ、いや、その辺のカフェとかで……」
 凪は目を赤くしたまま、「そうだね」と答えた。
 適当な店に入り、冬貴はアイスコーヒー、凪はグレープフルーツジュースを注文する。
「ごめんね、僕、涙もろくって」
「あ、いえ……」
「でも、あのシーン良かったよね。彼女が主人公に会うために、一人で砂漠を越えるところ」
「あ! 俺もあのシーン好きです。なんかジーンとしちゃいますよね。あんな健気な彼女だったら欲しいなぁ」
「はは、そうだね」
「あと、あのシーンも良くないですか? 主人公の親友が、主人公の身代わりになって………」
 いつの間にか二人の会話は盛り上がり、止まらなくなっていた。
 結局、店を変えて夕食まで食べ、二人が各自のアパートに帰ったのは終電間際の時間だった。



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