■目を閉じて、声で感じて(5)■


 胸の突起を口に含むと、それだけで健司の口からは熱い吐息が漏れた。
 腹筋から下腹部へと指を這わせながら、桧垣は目の前の光景が信じられなかった。
 健司は今、何の抵抗もせず、桧垣に組み敷かれている。目隠しを取ろうともせず、それどころか甘やかな声を漏らしながら、ねだるように自らの腰を浮かせ、桧垣の太腿に擦り付けてくる。
「あ……ぁ……」
 その、本能をむき出しにした扇情的な姿に、桧垣は異常な興奮を覚えた。
 桧垣が知っている健司は気性が荒く、常に強気だった。上司や客と大喧嘩をし、ドスの効いた怒鳴り声が会議室から聞こえて来る事もしょっちゅうだ。そんな時の健司は、恐ろしいほどの迫力がある。もしかしたら堅気の人間ではないのではないか、と思えるほどだ。部下に対しても厳しく、ミスをすると罵声が飛んでくるが、成果を上げたときは子供のように無邪気に笑って喜んでくれる。
 全ては、より良い仕事をするため、そして真の意味で部下のため。それを知っているからこそ、部下たちは健司を尊敬し、社内一のチームワークで健司をサポートしてきた。
 それは桧垣も同じだ。尊敬はいつしか心酔に変わった。もっともっと力をつけて、いつか、健司と対等になりたい。部下の一人ではなく、一人の男として認められたい。
 だが、その気持ちが恋であることに気づいたとき、健司は既に三条のものだった。あの健司がどんな顔で男に抱かれるのか。想像したことはあったが、現実の健司は、その想像を遥かに超えていた。
 薄く開かれた唇から漏れる声、少し触れただけで反応を示す敏感な身体、そして、貪欲に快感を貪ろうとする仕草。
 普段の健司からは想像もできない、淫らな姿だった。
 興奮と同時に、桧垣は腹の底が煮えくり返るような感覚を覚えた。この身体をここまで仕込んだのは、間違いなく三条なのだ。嫉妬がマグマのように駆け巡る。
 健司の腰が、先を促すように蠢いた。
 桧垣は乱暴に、健司のズボンを下着ごとひき下ろした。空気に晒されたそこは熱を持って立ち上がり、愛撫を待ちわびている。
 先端の割れ目から裏側へと指を滑らせると、それだけで蜜が溢れ出た。桧垣は健司の両膝に手をかけて大きく割り広げると、涙を流す先端を口に含んだ。
「あっ……や……っ」
 言葉とは裏腹に、健司の手が桧垣の頭を掴む。先端をこじ開けるように舌を差し入れると、健司は腰を震わせて悲鳴をあげた。
 流れ落ちる唾液と蜜が、健司の蕾を塗らす。十分にそこを愛撫した後、桧垣は口を放し、健司の腰の下にクッションを押し込んだ。あらわになったそこは既に赤く熟れて収縮を繰り返し、男に貫かれるのを待ちわびているかのようだ。
 ゆっくりと指を差し入れると、熱いそこは桧垣を抵抗なく受け入れた。それどころか、もっと欲しいと言わんばかりに、きつく締め付けてくる。最も感じる部分を探り当てて刺激すると、健司の身体が跳ね上がった。
「いいっ……そこ……もっと……っ」
 二本、三本と増やすたびに、健司の口からは淫らな言葉が溢れ出る。おそらく、もう理性が飛んでいるのだろう。
 だが、その姿に興奮を感じる反面、桧垣の中には虚しさがこみ上げてきた。
 健司にとって、今、自分を抱いているのは桧垣ではなく三条なのだ。ここで健司を貫いても、桧垣の思いが健司に伝わることはない。
 しかし、それを望んだのは桧垣自身なのだ。もうこれ以上、健司の辛そうな顔は見ていたくなかった。せめて、一時の夢を見て欲しい、そして、気持ちを吐き出してしまって欲しい。それが自分にできる精一杯のことだと、桧垣は思った。
 桧垣は指を引き抜くと、ズボンのファスナーを下ろし、健司の入り口に自分の雄を押しあてた。
 耳元に唇を寄せ、三条の口調を真似て、健司に囁く。
「『健司』」
 健司の身体がびくりと震える。
 自分の心を三条の声に乗せて、桧垣は囁いた。
「『健司、愛しているよ。 君の本当の気持ちを聞かせてくれないか』」
「あ……俺……」
 健司の口から、熱に浮かされた声が漏れる。
 桧垣は心を引き裂かれるような痛みを感じながら、健司の言葉を待った。
 聞きたくない、でも言わせなくてならない。三条を愛していると、健司の口から吐き出させない限り、健司はこれからもきっと辛い思いを抱え続けることになる。
 桧垣が覚悟を決めた時、不意に健司が動いた。片手で目隠しのタオルをむしり取ると、桧垣の胸ぐらを掴み、勢い良く自分の方へと引き寄せる。
「健司……さん!?」
「俺を見くびるなよ、桧垣」
 熱い吐息のまま、健司は真っ直ぐに桧垣を見ていた。快感に潤んでいるにもかかわらず、それは桧垣を萎縮させるのに十分なほど、鋭く力強い視線だった。



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