■目を閉じて、声で感じて(6)■


「どうして……健司さん……」
 呆然とする桧垣を目で威圧したまま、健司は薄く笑った。
「さすがに血が繋がってるだけあるな。 声もそっくりなら、抱き方までそっくりだ。 目え瞑って頭空っぽにしてりゃ、区別はつかねえな。 うっかり俺も流されそうになった」
「なら……どうして……! どうして愛してるって言ってくれないんですか! そんなに辛そうな顔をしているのに……っ! お願いです、言って楽になってください!」
「さっきも言っただろうが。 俺は絶対に言わねえ。 これは……俺の意地だ。 お前が口出す問題じゃねえ」
 健司の声には、有無を言わさぬ迫力があった。
 桧垣は声を出せずにいた。今まで自分は心のどこかで、健司を侮っていた。本心を吐き出させれば、それで楽になってくれると思っていた。そして、自分にはそれができると思っていた。
 だが、現実の健司は、桧垣が思っていたよりもずっと強かった。意地っ張りでプライドが高くて──哀しいほどに強かったのだ。
 うなだれる桧垣に健司が声をかけた。
「おい、桧垣」
「……はい……」
「お前、俺に言うことがあるだろ」
「え……?」
「三条さんを口実にするなって言ってるんだ」
 その言葉に、桧垣は愕然とした。
 正直な気持ちを口にできなかったのは自分の方だと気づいたのだ。
 ずっと憧れていた。好きだった。なのに、三条と関係があると知って「それで健司さんが幸せなら」と理由をつけて身を引いた。そして今度は相手の弱みに付け込んで、楽にしてあげたいなどどいう尤もらしい理由をつけ、身体だけを繋げようとした。
 最後まで意地を通した健司に比べ、自分の情けなさに桧垣はいたたまれなくなった。
 いつか、健司と対等になれたら、その時は告白しようと思っていた。だが、以前、健司に言われた言葉が蘇る。昇進試験を受けるように言われ、「いつか実力がついたら受験します」と答えた桧垣に、健司は冷笑しながら言ったのだ。「いつかって、いつだ」と。
 桧垣は顔を上げ、まっすぐに健司を見た。
「健司さん」
「なんだ」
「俺、健司さんが好きです。 俺とつきあってください」
 沈黙が、桧垣にはとてつもなく長い時間に感じられた。
 やがてゆっくりと、健司が口を開いた。
「……条件がある」
「何ですか?」
「俺を惚れさせろ」
「……え?」
「俺がお前に夢中になって、他の事なんて考えられなくなるくらい、いい男になれ」
「……期限は?」
「俺がお前に飽きるまで、だ」
 一瞬の後、桧垣は健司の言葉の意味を理解した。つまり、付き合うと健司は言っているのだ。そして同時に、健司に認められる男になれなかったら容赦なく捨てる、とも。
 桧垣は夢中で健司を抱きしめた。
「健司さん、俺、絶対に叔父さんを超えてみせますよ」
 健司は苦笑しながら、桧垣の頭に軽くゲンコツを当てた。
「馬鹿か。 お前はお前だろうが」
「……はい」
 桧垣は腕に力を込めた。二人の身体が密着し、下腹部の熱が先ほどまでの行為の名残を伝える。
「あの……健司さん」
「……なんだ」
「その……さっきの続き、してもいいですか?」
 その途端、健司の拳が桧垣の腹にめりこんだ。
「け、健司さん!?」
「そういうことは聞くんじゃねえ! っていうか、さっきまでの強引さはどこへ行った!」
「す、すみません……」
 涙目になった桧垣の肩に手をかけ、健司は桧垣を押し倒した。
「健司さん!?」
「さっき中断させた、侘びだ」
 健司は桧垣の足の間に身体を滑る込ませると、雄を握り口に含んだ。
「……っ!……健司……さ……んっ」
 巧みな舌使いに、桧垣の雄はあっという間に硬さを取り戻した。
 健司は身体を起こし、桧垣の腰に跨ると、ゆっくりと腰を落とした。
「……っ……あぁっ……!」
 桧垣のペニスが、健司の入り口をこじ開ける。狭い秘肉を割って、征服される快感が健司を貫く。半年ぶりに男を受け入れたそこは、指とは比べものにならない圧迫感に悦びの悲鳴をあげる。
「く……」
 さすがに一気に根元までは入れられない。健司がゆるゆると腰を沈めていると、不意に桧垣が身体を起こした。健司の身体を抱え上げ、ベッドに押し付ける。
「ひっ……ああぁっ……!」
 急激に擦りあげられ、健司は悲鳴をあげた。それにもかかわらず、桧垣は腰を押し進めてくる。
「あ、や……っ! ま……てよ……」
「無理です……っ!」
「ひっ……あ……っ」
 狭い部分を強引にこじ開けられ、感じる部分を擦り上げられる。
「あ、あ、あぁ……っ!」
「……っ!」
 健司の雄が弾け、二人の腹に飛び散る。
 一瞬の後、桧垣もまた健司の中に熱を迸らせた。
 暫くの間、抱き合ったまま荒い息をつく。
 やがて、健司が口を開いた。
「前言撤回だ……」
「え?」
 桧垣の胸に不安がよぎる。まさか、付き合うと言った事をなかったことにされてしまうのか──?
「お前、三条さんに似てねえよ。 こんな乱暴なことされたのは初めてだ」
「す、すみません、俺、夢中になっちゃって……」
 しゅんとして俯く桧垣に、健司は笑いかけた。
「悪くねえな、こういうのも」
「え?」
 顔をあげた桧垣の頭を、健司は軽く小突いた。
「お前はお前だ、ってことだ」
「健司さん……っ!」
 桧垣に抱きしめられながら、健司はぼんやりと考えた。

──三条のことを今でも好きかと聞かれれば、答えはイエスだ。だが、もう二度と三条とつきあうつもりはないし、過去に縛られて生きていくつもりもない。
 将来──多分、桧垣は化ける。三条とは違った意味で、大物になる確信がある。
 その時、自分が桧垣に惚れているか、桧垣がまだ自分を好きでいるのか、そんなことは分からない。
 ただ今は、ひたむきな桧垣が愛おしいと思った。ただ、それだけだ。
 未来のことは、未来になってから考えればいい──

 健司は桧垣の顔を引き寄せると、薄く唇を開いた。桧垣の顔が近づいてくる。
 唇を重ね、舌を絡め、二人はそれぞれの思いを胸に、互いを貪り合った。



END



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