目が覚めたとき、鶯は自分がどこにいるのかわからなかった。腹と左顎がズキズキと痛む。起き上がろうと身体をよじるが、両手を後ろで縛られているらしく自由に身動きができない。首だけを動かし、周りを見渡す。
 どうやらマンションの一室のようだった。フローリングの床には、自分が転がされているベッドの他に、テレビやソファなどの家具が置かれている。物が少ないせいか、やけに部屋が広く見える。
 窓際に置かれたソファセットで、男が一人、グラスを傾けていた。上半身は素肌にシャツを羽織っただけの状態であり、良く見るとシャツの左腕の部分が赤黒く染まっている。
 鶯が身じろぎしたのに気づいたのか、男はグラスを置いて立ち上がり、ベッドに近づいてきた。
 鶯は男を睨みあげた。顔に見覚えがある。自分が狙った高尾恵治、本人だ。
「目が覚めたか、『狂犬』」
 揶揄するように男が笑う。シャツの下の左腕には、やはり赤黒く染まった包帯が巻かれていた。
 その瞬間、鶯は身体をねじ曲げて跳ね起きた。自由になる足でベッドを蹴り、目の前の男に体当たりする。
 だが高尾は鶯の身体を右手だけで軽々と受け止めた。頭一つ背が高い高尾に左肩を掴みあげられ、鶯の動きはあっさりと封じ込まれてしまう。
「くっ……」
 掴まれた肩の痛みに、鶯が呻き声をあげる。
「気の強い犬だな」
 苦笑しながら、高尾は鶯を勢い良くベッドへ突き倒した。
 再びベッドに転がされた鶯は、もう一度跳ね起きようとする。だが、すかさず高尾は鶯の上にのしかかった。馬乗りの体制になり、仰向けの鶯をベッドに押し付ける。
「離せ!」
 鶯は身体をよじって暴れたが、高尾の身体はびくともしない。それでも鶯は、どうにか自分を押さえつける男を跳ね除けようと、僅かに自由になる上半身と脚を使って全力で暴れ続けた。
「畜生! どきやがれ!」
 高尾は、その様子を面白そうに眺めていた。組み伏せられた状態で、なお獰猛な色を失わない瞳が、自分を真正面から睨みつけている。薄い唇がせわしなく動き、罵詈雑言を浴びせる。自分の太腿の下で、押さえつけられた肉体が躍動的に抵抗を続ける。高尾の下から抜け出そうと身体をうわずらせるため、時折、のけぞった細い顎と首、そしてシャツの襟元から鎖骨がのぞく。
 高尾は身体の芯が熱く昂ぶるのを感じた。その熱は征服欲だった。
 この男を服従させたい。自らの意思で、自分の命じるままに従わせたい。
 やがて、鶯の抵抗が弱まってきた。体力が限界なのだろう、身体はもう、高尾の下から抜け出そうともがきはしない。ただ、荒い息を吐きながら、爛々とした瞳だけは力を失わず高尾を見据えていた。
 高尾は、自分の下にいる男の顎を捉えた。上を向かせるように軽く持ち上げ、その獣のような瞳を正面から覗き込んだ。
「名前は?」
「……」
 鶯は目を逸らさず、真正面から睨み返す。まさに獲物を狙う犬の目だ。この状況でなお、相手を食い殺すことしか考えていない、狂犬の眼だ。
 ぞくぞくする。この獣をどうやって手なずけようか。考えるだけで気分が高揚する。生半可に手を出せば、食いちぎられてしまう。さてどうするか。
「言いたくなければそれでもいい。俺が知っているお前の名前は『萩乃町の狂犬』だ」
 萩乃町、という言葉に鶯がびくりと反応する。
 数秒のためらいの後、鶯は高尾から目をそらした。力が抜け、身体がベッドに崩れ落ちる。
 萩乃町の名前が出た時点で、真島組が絡んでいることは既に知られているだろう。だが、渥美のことまではばれていないはずだ。
「……小田島」
 顔を背けたまま、鶯は言った。
「下の名前は?」
「……鶯」
「狂犬と呼ばれる割には、随分と可愛らしい名前だな」
 微笑を浮かべた高尾の言葉に、鶯は唇を噛み締めた。
 その顎を捉え、高尾は再び自分の方へ向かせた。
「では、鶯、教えてもらおうか。誰の指図で俺を襲った?」
 コンプレックスを刺激するように、高尾は鶯をわざと名前で呼ぶ。
 鶯は返事の代わりに、高尾を睨みつけた。
 先程までの獣のような光の代わりに、その瞳には屈辱の色が浮かんでいた。
 いい顔だ。高尾は思った。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだがな。どうせ調べればわかることだ」
 あっさりとした高尾の言葉に、鶯の顔に驚きの表情が浮かんだ。
 てっきり、暴力で依頼者の名を吐かされると思っていた。もちろん、どんな目に遭おうと渥美や岸本の名を吐くつもりはなかった。渥美はともかく、岸本に義理立てする理由は全くない。それは単なるプライドの問題だった。そしてそのプライドこそが、鶯が鶯であるための拠り所だった。
 高尾は鶯の顎を捉えたまま、耳元に唇を寄せた。
「だが、俺の命(タマ)を狙ってくれたんだ、落とし前はつけてもらわないとな」
 高尾はそのまま、鶯の耳に舌を這わせた。鶯の身体が硬直する。
 馬乗りになったまま、高尾は鶯の腕を縛っていたネクタイを器用に外した。そのネクタイとタオルを使い、鶯の両腕をベッドの支柱に括り付ける。
「何しやがるんだ! 離せ!」
 鶯は上体を捻って抵抗したが、無駄に終わった。
 高尾は左手で鶯の股間をズボンの上から撫で上げた。片手だけでフロントボタンを外し、ファスナーを下ろす。
「畜生! やめろ!」
 身をよじる鶯の顎を捉え、高尾は深く口付けた。
「……っ!」
 シーツの上に鮮血が飛び散る。
「まさに狂犬だな」
 高尾は苦笑しながら、噛み付かれた唇を指で拭った。鶯は荒い息をつきながら、高尾を睨む。鶯の唇も、高尾の血で鮮やかに濡れていた。
 高尾の目がすっと細くなり、微笑が消えた。大きな手が鶯の顔に近づく。
 ──殴られる──!?
 鶯は反射的に歯を喰いしばった。だが、高尾は鶯の顎を下から強く掴みあげ、そのまま、再び口付けた。下顎を固定するように掴まれ、鶯は歯を動かすことができない。高尾の舌は鶯の唇を割り、歯肉をやさしくたどっていく。
「……ん……くっ……」
 呼吸もままならない鶯の喉から、苦痛の声が漏れる。
 高尾の手の力が少し緩んだ。鶯は思わず空気を求めて力を抜く。その隙を高尾は逃さなかった。厚い舌が歯列を割り、口腔に侵入する。鶯の舌は絡め取られ、高尾の思うまま蹂躙される。
「うん……っ……ふ……っ……」
 唾液が溢れ、頬を伝って滴り落ちる。逃げる鶯の舌を高尾は逃さない。どんなに逃げても絡め取られる。いつしか鶯は、舌先の攻防に意識を奪われていた。自分が追われているのか、それとも追っているのか、区別がつかない。
 ようやく高尾が唇を離す。鶯はただ荒い息をつきながら、焦点のあわない目で天井を見上げていた。
 高尾は肩口に唇を這わせながら、鶯のシャツのボタンを外していく。
 ぬめった舌が胸の突起を這う感触に、鶯は身震いした。わずかだが理性が戻る。
 気色が悪い。鳥肌が立つ。かつて、大人数を相手に乱闘をし、腹いせに輪姦された記憶が蘇る。ただ乱暴につっこまれるだけの、セックスとすら呼べない行為。それは、屈辱と苦痛の記憶しかなく、嫌悪の対象でしかない。
 かすれた声で、鶯は叫んだ。
「俺は女じゃねぇ!」
「女扱いしているつもりはないんだがな」
 高尾は片手で鶯のズボンを下ろし、下着の中から雄を取り出した。そこはゆるやかに、頭をもたげ始めている。
「キスだけで感じたのか?」
 高尾は鶯の耳元で囁いた。鶯の身体が羞恥に震える。その様子を愉しそうに眺めながら、胸の突起を舌で愛撫し、雄をやさしく扱く。
「……っ」
 その感触に、鶯は歯を喰いしばった。声を出したら負けだ。それは鶯の最後のプライドだった。だが気色悪さは消えないのに、同時に抑えきれない快感が湧き上がってくる。男であれば抗うことの出来ない、それは本能的な快感だった。
 高尾の舌は胸から腹へと徐々に降りていき、やがて下腹部に到達した。柔らかな体毛を分け、高尾が鶯の雄を握りこむ。熱い息がかかる。
「よせ! やめろ!」
 高尾の意図を察し、慌てた鶯の抗議の声は、次の瞬間、甘い悲鳴に変わった。
「ひ……あっ……」
 高尾の唇が、鶯の雄を包み込む。幹を唇が扱き、先端から溢れ出る液体を舌先が丁寧に舐め取る。熱い口腔に取り込まれ、鶯は体験したことのない感覚に翻弄された。
「や……めて……くれ……っ……」
 ぴちゃぴちゃと湿った音が、鶯の耳を犯す。同じ男に与えられる、屈辱と羞恥。そしてそれをはるかに上回る快感。
「ひっ……!あ……ぅ……っ」
 一度出始めた声は、最早止めることはできなかった。熱いぬめりに翻弄されながら、鶯は甘い声を上げ続けた。必死にしがみついていた、最後のプライドは砕け散っていた。
 高尾の口の中で、鶯の雄ははちきれそうに膨らんでいた。
「はなせ……っ……もう……出る……!」
 高尾の舌が、先端のくびれに最後の刺激を与えた。
「……くっ……ぁあ……っ」
 鶯の雄は弾け、高尾の口腔内に熱い液を放った。
 高尾はそれをむせることなく受け止めて嚥下した。そのまま残滓を搾り出すように吸い上げる。
「……っ……」
 全てを吸い上げ、高尾はようやく顔を上げた。
 鶯は放心したようにベッドに身を預けていた。縛られたままの両手首がズキズキと痛むが、その痛みすら他人事のようで現実感がない。
 高尾はそんな鶯の様子に満足感を覚えていてた。目線だけでも人を殺せそうな凶暴な獣が、自分の下で無抵抗に淫らな姿を見せている。その様は、高尾の征服欲を満たしつつあった。
 だが、まだ足りない。もっとだ。この獣を完全に服従させて、自分のものにしたい。
 高尾は、鶯の両腕をベッドの支柱から外した。鶯は起き上がる気力もなく、ただされるがままになっていた。
 高尾はベッドサイドの引き出しから、ローションの容器とコンドームを取り出した。
 鶯の脚を大きく広げる。鶯は無抵抗だった。後ろの部分に粘り気のある液体を垂らす。その冷たい感触に、鶯の身体がびくりと震える。
 高尾は鶯の上に覆いかぶさると、片手で鶯の肩を抱きしめた。もう片方の手を下に滑らせると、後孔に指をあて、ゆっくりと挿入する。
「あ……っ」
 鶯の身体が硬直した。焦点のあわなかった目が、高尾の方を見る。
「やめろ……! それ以上、するな……っ」
 恐怖に顔を歪める鶯を、高尾はあやすように抱きしめた。
「大丈夫だ、力を抜いていろ」
 ゆっくりと、高尾の指が出入りする。あせらず、ただそこが広がるまでゆっくりと、高尾の指は鶯の後孔を慣らしていく。
「痛かったら言え」
 言いながら、高尾はゆっくりと二本目の指を挿入した。鶯を安心させるように、やさしく額や耳に口付ける。
「なんでだ!」
 鶯の口から、悲鳴にも近い言葉が出た。
「なんでそんなことをするんだ! ヤりたいなら、ただ突っ込めばいいじゃねぇか! なんでそんなに……!」
 そんなにやさしくするんだ。
 鶯は泣きそうな顔で高尾を見つめた。
 鶯の過去を知っているはずもないのに、高尾は言う。
「お前をレイプしたいわけじゃない。ただ、抱きたいだけだ」
「なんで……っ」
「さあな」
 高尾の指が、鶯の内側で蠢く。違和感に耐えるようにシーツを握り締めていた鶯の身体が、突然跳ね上がった。
「……あっ!……や……」
「ここ、か?」
 高尾がその一点をこすりあげる。
「ひ……っ! やっ……そこ……!」
 鶯の口から悲鳴が漏れる。雄は触れられてもいないのに完全に立ち上がり、先端から溢れた液体が体毛を濡らす。未知の感覚に翻弄されながら、鶯は無意識のうちに自分で腰を揺らしていた。指はいつの間にか三本に増やされ、ローションがぐちゅぐちゅと音を立てている。
 高尾は指を引き抜くと、鶯の両腕を取り、自分の首に巻きつけた。
「しっかりつかまってろ」
 言いながら、高尾はズボンのファスナーを下ろし、自分の雄を取り出した。そこは既に、十分な硬さで張り詰めている。高尾は手早くコンドームをつけると、鶯の後孔にあてがい、ゆっくりと腰を進めた。
「……ぁあっ……!」
 切り裂かれるような痛みが、鶯を貫く。だが高尾は鶯の身体が馴染むのを待ちながら、根気良く腰を進めていく。
 やがて全てが納まった。鶯はもう声もなく、ただ高尾の背中に腕を回して痛みに耐えている。
 高尾は、そんな鶯の前の部分に指をかけた。
「あっ……!」
「動くぞ」
 低い声で囁き、高尾は腰を動かし始めた。同時に鶯の雄を扱く。最初は苦痛しか感じていなかった鶯の身体が、徐々に快感を求めて緩み始める。
「……や……ぁ……」
 前のくびれの部分を刺激され、後ろの感じる部分を擦り上げられる。もう、何も考えられなかった。
「あ……っ……! ……く……っ」
 絶頂感の中で、鶯は白濁した体液を溢れさせた。
「くっ……」
 鶯の内部が締まり、高尾も鶯の内部に熱い迸りを注ぎ込んだ。



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