■マシンガン・キャット(2)■
貮方が鍵を開けると、達哉はドアの隙間を猫のようにすり抜け、中へ入った。
部屋はごくありふれた、ビジネスホテルの一室だった。ベッドと小さなクロゼット、それに申し訳程度のライティングテーブルが壁際に作り付けられている。
「ふーん、案外、フツーの所に泊まってるんだね」
部屋を一瞥し、達哉はくるりと振り向いた。
「おじさんって、ヤクザ?」
顔を覗き込むように首を傾げ、達哉は無邪気に続けた。
「それとも、もしかして殺し屋とか?」
好奇心を隠そうともしない言葉にも、貮方の表情は変わらなかった。
達哉はくすりと笑うと、ベッドにぽんっと腰掛けた。
「ま、どっちでもいいんだけどね。あ、そうだ、料金は前払いね」
貮方は黙ったまま、内ポケットから財布を取り出した。一万円札を三枚抜き取り、達哉に渡す。
「お買い上げありがとうございます」
おどけるように言いながら、達哉は受け取った札の枚数を確かめ、ポケットにねじ込む。
「ねえ、さっきから黙ってるけど、もしかして緊張してる?男とヤるのは初めてとか──」
その言葉が終わらないうちに、貮方が動いた。達哉の腕を掴んで強引に立たせ、右手で顎を、左手で腰を固定する。
「う……ん……っ」
突然の口付けに、達哉は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに唇を開いて応えた。貮方の肉厚な舌が、達哉の薄い唇の内側を蹂躙する。出会ったばかりとは思えない、それはまるで恋人同士のような激しいキスだった。
やがて唇が離れた。真っ直ぐに向けられる貮方の視線を、達哉は微笑みながら挑発的な瞳で受け止めた。
身体を密着させたまま、達哉の指が貮方のシャツのボタンをゆっくりと外していく。
「ねえ、おじさん、名前は?」
無言の貮方の胸に、達哉は指を滑らせる。
「偽名でもいいからさ、教えてよ。でないと、ずっとおじさんって呼ぶよ?」
貮方は僅かに眉をしかめ、答えた。
「……貮方だ」
「へえ、カッコいい名前だね」
達哉はシャツのボタンを全て外し、逞しい胸に指を滑らせた。その指が、皮膚の上の不自然に盛り上がった痕を捉える。
「これってもしかして……弾傷?」
貮方は答えなかった、
達哉は傷跡に舌を這わせながら、指を滑らせて貮方のスラックスのファスナーをゆっくりと引き下ろした。
※※※※※※※※※
ベッドの上で、達哉は貮方の股間に顔を埋めていた。
体型から想像したとおりの雄々しいペニスを口に含み、吸いつき、舐めあげる。客のモノなど見慣れている達哉でも、それはめったにお目にかかれないほど逞しかった。
貮方は相変わらず無言だったが、徐々に息が荒くなり、ペニスは硬くなっていく。
このまま口の中に出させようと、達哉は舌使いを早めた。もう少しで達する、というその時、不意に貮方が達哉の頭を掴んで持ち上げた。
「え……?」
顔にかけられる……? と一瞬身構えた達哉の思惑は外れた。
貮方の腕が達哉の腰を掴み、身体を入れ替える。
「な、なに?」
仰向けになった達哉の両腕を片手でシーツに縫い止め、貮方はもう片方の手で達哉のパンツを下着ごと引き下ろすと、股間を弄り始めた。
「ひ……うっ……」
大きな手が幹を擦り、先端を指先で捏ね回す。慣れたその手管に、達哉のペニスからはあっという間に先走りの液が溢れ出す。
「や……っ…だ…め……っ」
相手に先に、しかも一方的にイかされるなど、プロとしてのプライドが許さない。貮方の厚い胸に腕をつっぱり、必死に逃れようとする。
「……あ……っ」
だが容赦なく攻められ、達哉はあっけなく、白濁した液を迸らせた。
屈辱と羞恥に頬を染めたまま、はあはあと浅い呼吸を繰り返す達哉の耳元で、貮方が囁いた。
「何か塗るものはあるか?」
「……ジャケットのポケットに……ローションが……」
貮方は達哉の足からパンツと下着を引き抜いた。脱ぎ捨てられたジャケットのポケットを探り、ローションの容器を取り出す。一緒に入っていたゴムの封を噛み切り、手早くつける。
「あ…」
貮方の手が、達哉の両足を大きく広げた。達哉はされるがままになっている。
達哉の蕾は、流れ落ちた自分自身の液体で白く光っていた。
そこを眺めながら、ローションをたらしていく。
「ひゃ…っ」
その冷たい感触に、達哉は思わず声をあげた。
貮方は何故か少しだけ笑いながら言った。
「以外ときれいな色をしているな」
達哉は開き直ったのか、そこを見せつけるように、わざと自分で足を開いた。
「もっと使い込んでると思った?」
貮方の指がゆっくりと侵入してくる。その感覚に達哉の背筋がぞわりと逆立つ。何度受け入れても、最初のこの感覚には慣れない。
「狭いな……」
独り言のように貮方が呟いた。
「客って、結構、ネコ…が多いんだよ……っ…いつもそこを使う……わけじゃないから……」
達哉がしゃべる間にも、貮方の指は奥へと侵入し、内壁を擦りあげる。
「ひ……ゃ……っ」
静かな部屋の中、ぐちゅぐちゅという音が響く。
やがて指が引き抜かれ、熱く猛った物が押し当てられた。
「……いれるぞ」
貮方の声が僅かに上擦っているのを達哉は聞き逃さなかった。
腕を伸ばして貮方の首を抱き、精一杯の甘い声でねだる。
「いれて……貮方さんのが欲しいよ……」
商売柄、言い慣れた台詞。なのに今夜は本気で心が欲しがっている。
影のある、とても堅気には見えないこの男を少しでも癒したいと、何故か達哉はその時思った。
「う……ん……っ」
熱い塊が、狭い入り口を分け入ってくる。慣れているとはいえ、入れ始めはきつい。
それを知っているのか、貮方は達哉の身体が馴染むまで、腰を動かそうとはしなかった。
やがて、達哉の身体から徐々に力が抜け、感じる部分を求めて内壁が蠢き始める。
それを見計らったかのように、貮方が激しく突き上げ始めた。
「ひ……っ……ぁあっ……」
達哉の嬌声と、貮方の荒い息遣い、それにベッドのきしむ音だけが部屋を支配した。
「あ、もう……い…く……」
感じる部分を激しく擦り上げられ、達哉のペニスが弾けた。
同時に内壁が締まり、貮方も低い呻き声をあげて達哉の中で達した。
※※※※※※※※※
薄暗い部屋の中。
貮方はそっとベッドを出ると、スラックスを身につけシャツを羽織った。
達哉はあの後、何度も貮方を求めた。貮方も求められるままに応じた。
今、達哉はベッドの上でうつ伏せになり、ぴくりとも動かない。おそらく疲れて眠っているのだろう。
貮方はクロゼットの中から小型のスーツケースを取り出した。
音を立てないように蓋を開け、中から拳銃を取り出す。次の仕事で使うために、仕入れたものだ。殺しの仕事をする時は、愛用の銃など使わない。足がつかないよう、使い捨てにするのが鉄則だ。
一ヶ月前の晩、達哉が貮方を見たというのは本当だろう。その証拠に、貮方自身ですら曖昧にしか覚えていない、あの日の服装を言い当てた。ならば、ここで始末しておいた方が安全だ。
貮方は乱れたベッドの下から枕を拾い上げると、達哉の背中にそっと乗せた。枕に銃口を押し付け、ぐっと力を込める。
「俺を殺すの?」
その声に、貮方の動きが止まる。達哉はうつ伏せたまま、顔だけをあげてゆっくりと振り向いた。その顔には、うっとりとした笑顔が浮かんでいた。
「いいよ。あんたみたいないい男にベッドの上で殺されるなんて、本望だね」
達哉はまっすぐに貮方を見つめていた。その瞳に、迷いや恐怖はない。ただただ、無邪気な笑顔だった。
数秒、時が止まったまま沈黙が流れた。
やがて貮方は、拳銃を下ろした。
「……出て行け」
「え?」
「見逃してやる。さっさと出て行け」
貮方はドアを指した。
「えー、シャワーぐらい浴びさせてよ。俺、もうベトベト」
無邪気な笑顔のまま、達哉はバスルームへと消えた。
貮方は脱力してベッドに腰掛けた。
──口を封じないと、いつ警察にタレこまれるかわからない。そうなったら厄介なことになる。
頭では分かっていたが、何故か、達哉を撃つ気にはなれなかった。
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